ユーロの現場で思う。「日本代表はW杯本大会で美しく散れ!」

終盤に来て、美しき敗者を続々と誕生させているユーロ2016。

ウェールズの散り方もまた鮮やかだった。

そのチームの真の姿が見て取れるのは終わった瞬間。どんな終わり方をするか。0-2。ウェールズは完敗だった。ラムジー不在というわけで、ポルトガルになすすべもなくやられた。しかし試合が終了するや、リヨンのスタジアムを埋めた観衆は、敗者をスタンディングオベーションで讃えた。

逆サイドのゴール裏席に陣取るポルトガルサポーターも例外ではない。ノーサイドとは、基本的にラグビー用語だが、この準決勝の現場も、まさにそうした美しい光景に包まれた。

日本のサッカー界では、まずお目にかかれないシーンだ。つくづくそう思う。日本のスポーツ界すべてに通底する傾向かもしれない。美しい敗者に遭遇しにくい国。そもそも敗者を讃える習慣がない。例外は甲子園の高校野球ぐらいではないだろうか。

勝利至上主義、結果至上主義に包まれた、敗戦に価値を見いだせない国。したがって、敗者に優しい目を傾ける余裕がない。ポルトガルサポーターのような振る舞いをする日本のサポーターの姿を想像することはできない。

「日本代表はW杯本大会で美しく散れ!」という原稿を、僕はこれまでのW杯本大会の前に必ず書いている。すると必ず、お叱りを頂く。戦う前から敗戦について語ることはナンセンスだ、と。しかし、僕は全くそう思わないので、その4年後にも必ず書く。現実的に考えて、日本が近いW杯で優勝する可能性はほとんどない。いつかどこかで必ず敗れる。日本は、敗れ方について考えることに必然性の高い国なのだ。

ポルトガル対ウェールズ戦の舞台となったリヨンは、W杯に初出場した日本が18年前、グループリーグの最終戦で、ジャマイカに敗れた場所だ。スタジアムは「ジェルラン」だったが、今大会は、新しく建設された「スタッド・リヨン」が使用されている。会場は異なるものの、この地には18年前の思い出が息づいている。第一次岡田ジャパンが終れ去った瞬間のことが、昨日のことのように思い出される。

当時の日本はウェールズであり、アイスランドだった。しかし、彼らが抱かせたような好印象を、発信できぬまま、舞台から去って行った。

よい終わり方か、悪い終わり方か。美しい終わり方か、そうではない終わり方かーーについて、誰も語ろうとしなかった。

僕がW杯本大会の取材に初めて出かけたのが82年スペイン大会で、日本が初出場を果たした98年大会までの4回大会は、もっぱら、外国チーム同士の対戦ばかりを観戦していた。第三者的な目線でW杯を眺めてきたが、その現場に日本代表が5回目にして現れた。当事者的な目線に100%シフトできないのは当然だった。当事者70、第三者30。第三者的な視点が気がつけば、どこからともなく頭をもたげてくるーーという感じだった。

リヨンの「ジェルラン」で行われた98年W杯の最終戦でも、敗戦を悔しがる気持ちはせいぜい70%だった。外国同士の試合を見ているような気分が3割を占めていた。

ユーロ2016の現場では、当たり前の話だが第三者目線100%だ。ウェールズ、アイスランドに限らず、今大会は技術的には高くないが、真面目に頑張る国の健闘が光る。16から24へ参加国が増えたことと、それは大きな関係にあるが、日本がW杯の本大会に出られるようになったのも、24から32にその枠が増えたことと関係深い。

この秋口からW杯6大会連続を懸けたアジア予選が始まるが、晴れて予選を突破しても、本大会でのポジショニングそのものに変化はない。アウトサイダー。ウェールズでありアイスランドなのだ。

本大会で常連風を吹かせれば、イチコロだろう。第三者から見られているという自覚や意識に欠けるなら、強国に一泡吹かすことはできない。日本の姿はまさにそれ。「日本代表はW杯本大会で美しく散れ!」。ユーロの現場で、僕は改めてそう強く思うのだ。

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、W杯は82年スペイン大会以降9大会連続現地取材。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、「崩壊以後」(じっぴコンパクト新書・実業之日本社)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「攻撃的サッカー」(PHP新書)など。最新刊は「監督図鑑」〜世界と日本の現役サッカー監督176人のすべて~日本代表次期監督を探せ!!(廣済堂出版・2016年10月18日発売)

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