Yahoo!ニュース

アジア2次予選レベルに埋没。この勝利を喜ぶ日本代表に成長はない

杉山茂樹スポーツライター

絶対に負けそうもない相手とホーム&アウェー方式で各4試合、計8試合を戦うアジアW杯2次予選。これはどう見ても真っ当な戦いではない。

この日(12日)のシンガポール戦はその5試合目。前回ホームで引き分けたとはいえ、両者の実力に加え、試合に占める運の割合を考慮しても、引き分けの心配さえいらない、勝利を確認するためだけの試合。消化試合と言ってもいい。

メンバーを大きく落として臨むのが世界のスタンダードだ。常連をどこまで落としてオッケーか。3人なのか、5人なのか。相手との力関係を推し量り、馬鹿勝ちを避けようとする。競った試合になるよう、設定を工夫する。

日本も多少は落としていた。この日はセンターフォワードに金崎夢生、中盤に柏木陽介をそれぞれ抜擢。だが、読みは甘かった。結果は3−0だが、内容的には5−0。金崎、柏木クラスをあと3人並べても、勝ち点3は余裕で取れていた。

メンバーの落とし方、テストの仕方が不十分とは、W杯アジア2次予選すべての試合について言える。もっと落としても大丈夫なのに、それができない。試合後、ハリルホジッチは「新戦力を試すことはリスクを伴う。勇気が必要だ」と、語った。そうした中で、金崎、柏木を使った自分自身を半ば自画自賛したわけだが、もっとリスクを冒しても勝てると考える僕には、弱気を隠す言葉にしか聞こえないのだ。

ただ、ハリルホジッチはまだ来日して8ヵ月だ。日本とアジア諸国との力関係、つまり日本の立ち位置について、十分な認識があるとは思えない。日本人スタッフのリードが不可欠になる。責任者は原博実専務理事であり霜田正浩技術委員長。しかし、彼らがハリルホジッチとどこまでコミュニケーションが取れているかは不明だ。少なくとも「責任はこちらが取るから、もっと新メンバーを試してみてください」と、ハリルホジッチに注文しているようにはとても見えない。

もし何かあったら、万が一、2次リーグで落ちたらと、最悪のことを考え、つい小心になるのが一般的な日本人。原さんや霜田さんも例外ではない。彼らが代表監督なら、テストはもっと控え目になるだろう。

W杯アジア2次予選。この状態では期間中、チームの強化は進まないと思う。時間の無駄。弱小チームにテストの度合いが低いベストメンバーで向かっていき、当たり前すぎる勝利を収めても、得るものは少ない。弱いものイジメに近い大勝から学ぶことより、敗戦から学ぶことの方が遙かに大きいのだ。

前半20分。本田圭佑のセンタリングを武藤嘉紀が落とし、金崎が先制ゴールを決めたシーン。金崎が喜ぶのは分かる。代表初ゴール。相手がシンガポールでも記念すべきゴールに変わりはない。だが、ベンチの選手まで飛び出し、チーム全員がグシャグシャになって歓びを爆発させる姿はどうだろうか。「控えメンバーまでチーム一丸となって戦う日本のよさを見た」とは、僕はぜんぜん思わない。

あまり喜ぶと格好悪い。それは武藤のポストプレーを受けて、2点目のゴールを決めた本田についても言えた。かつてなら、格下相手にゴールを決めても、ここで大喜びするのは格好悪いと感情を抑えた行動に出る、中田英寿ばりの気位の高さを見せた本田。だが、この前半26分のシーンでは、こみ上げる何かを隠しきれないといった初心な表情を見せた。本当に嬉しかったのだとすれば、大丈夫かと言いたくなる。

試合はここから、後半42分に3点目のゴールを吉田麻也が決めるまで、60分間以上、音無しになる。日本は攻めてはいた。惜しいシーンもあった。だが、テンポは落ちていた。2−0というスコアに甘んじたサッカーをしてしまった。

6月に行われたホームのシンガポール戦は0−0。これは、あってはならないことが起きた日本サッカー史に残る汚点といっても言い過ぎではない。それこそ気位が高いチームなら、そのリターンマッチでは、汚点を晴らすべく相手を血祭りに上げようとするだろう。

だが、1点取って大喜び。2点取って大喜び。そして日本はそこから60分も沈黙した。第1戦と同じような姿をさらけ出した。後半の中頃、本田はミドルシュートを放つも、相手のGKにセーブされた。惜しいシーンであることは確かだ。しかしかつての本田なら、置きにいくようなシュートではなく、もっと強烈なキックを見舞うことができていたはずだ。

その他の選手も同じだ。明らかに格上のプレーを見せた選手はどれほどいるか。にもかかわらず、タイムアップの笛が鳴った瞬間、不満そうな表情を浮かべた選手はいなかった。チームはにこにこムードに包まれていた。

いつの間にか日本代表は、W杯アジア2次予選のレベルに埋没してしまった感じだ。この試合を中継していた日本のテレビがどう伝えたかは知らないが、もし大喜びだったとすれば、メディアもこのレベルに居心地のよさを見出していることになる。その影響を受けやすい国民もしかり。

W杯アジア2次予選は、五輪チームの強化に充てるべき。かねがねから僕はそう主張してきたが、その思いは深まるばかりだ。2試合に1回は五輪チーム主体で。そのくらいの設定でも首位通過するぐらいでないと、W杯本大会でベスト16は狙えない。残る2試合が行なわれるのは来年3月。おそらく、どちらかの試合に敗れても予選通過はできるはずなので、思い切ったメンバー編成で臨むべきと言いたいところだが、ハリルホジッチに言わせれば「試したい選手はあと1人か、2人」となる。

格下に中途半端に楽勝する試合はまだ続く。日本の成長はその間、確実に停滞する。いやな予感を覚えずにはいられない。

(Web Sportiva 11月13日掲載原稿)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

たかがサッカー。されどサッカー

税込550円/月初月無料投稿頻度:月4回程度(不定期)

たかがサッカーごときに、なぜ世界の人々は夢中になるのか。ある意味で余計なことに、一生懸命になれるのか。馬鹿になれるのか。たかがとされどのバランスを取りながら、スポーツとしてのサッカーの魅力に、忠実に迫っていくつもりです。世の中であまりいわれていないことを、出来るだけ原稿化していこうと思っています。刺激を求めたい方、現状に満足していない方にとりわけにお勧めです。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

杉山茂樹の最近の記事