「代表チーム」の常識と日本社会の不一致。アジアカップベスト8から見えたこと

 準々決勝対UAE戦にPK戦の末、敗れた日本。PK負けそのものは不運以外の何ものでもないが、その散り際を見ながら、運のなさだけを恨んだわけではなかった。もしPK勝ちしても、続く準決勝では豪州に敗れていた。少なくとも優勝はなかった。散る時期がほんの少し早かったに過ぎない。このUAE戦でさえ、かなりの確率で延長戦に入る。試合前から苦戦必至と予想していたほどだ。

 それはアギーレが、UAE戦までの4試合を同じスタメンで戦ったことと大きな関係がある。優勝まで6試合、7試合の道のりを要するこの手の集中大会で、こうした手法をとるチームの先行きは暗い。フィールドプレイヤー20人ほぼ全てが戦力にならないと大会後半で、チームは息切れを起こす。回転しなくなる。先発の11人が空で言えるチームは危ない。優勝は狙えない。そうしたケースを僕は過去に何度となく見てきた。

 グループリーグを勝ち抜くことに汲々としている弱小チームならともかく、決勝トーナメントで存分に力を発揮しようとするなら、早い段階で、選手起用の選択肢を増やしておく必要がある。テストしながら勝ち上がる、バランス感覚が不可欠になる。それがアギーレにはできなかった。余裕のない汲々とした戦いをした。

 パレスチナ、イラク、ヨルダンと戦ったグループリーグを日本は3連勝で乗りきった。イラク戦は1点差ゲームで、ヨルダン戦も楽勝というわけではなかったが、終わってみれば得点7失点0。ダントツの首位通過だった。

 取りこぼしを極端に恐れた超安全運転。今回のアギーレ采配を、日本人は思い切り肯定する文化がある。背景に潜むのは、勝利至上主義、結果至上主義になるが、お馴染みのメンバー、ベストメンバーを好み、テストを嫌う。絶対負けられない戦いと称して行われる日本代表絡みの試合になると、その傾向がいっそう酷くなる。実際、僕の知る限り、スタメンを固定化して戦ったグループリーグ3試合の戦いを批判する人はほとんどいなかった(UAE戦後に口を開いた人はいたが)。

    

代表戦はテストの場ではない?

 負けても致命的な痛手にはならない親善試合でさえテストを嫌う。ベストメンバーでの戦いを求めようとする。何よりメディアが、率先してそうした立場を取る。最近では、10月にシンガポールで行われたブラジル戦がいい例になる。

 アギーレはこの試合、次のようなメンバーで臨んだ。

 川島、酒井、森重、塩谷、太田、柴崎、森岡、田口、田中、岡崎、小林。

 この時点では遠藤、長谷部、今野は復帰しておらず、香川、吉田も故障でメンバーから外れていた。メンバー入りしていながら、スタメンを外れたのは本田、長友、そして売り出し中の武藤だった。

 本田と武藤は後半早々からピッチに立ったものの、メディアの受けは悪かった。5度のメンバー交代で8箇所のポジションに変化を起こさせた戦術的交代を評価する声など、まるで聞こえなかった。ブラジル戦にベストメンバーで臨まないとは何事だ。世の中はそうした論調に支配されることになった。

 視聴率、販売部数、ページビュー等を気にするメディアにとって「テスト」は好ましくないフレーズだ。親善試合という言葉も好んで使おうとしない。国際Aマッチ。Aを強調しようとする。メンバー落ちで来日する相手の実情も、試合前には報じない。スペシャル感漂う真剣勝負。こうした看板を立てて煽らないと、商売に影響するからだ。

 目先の商売優先主義。長い目で見た商売をする余裕に欠けている。ブラジル戦にベストメンバーで臨まなかったアギーレ采配について、それを快く思っていないスポンサーサイドの声を引き合いに出しながら、その代弁者のように報じるメディアさえあったほどだ。

 メディアに限った話ではない。その直後に行われたあるJリーグの試合のテレビ中継でも、そのことに話題に及ぶと、実況、解説、ゲストの三者は揃って、アギーレ批判を繰り広げた。

「代表戦はテストの場ではないですから」

 解説者は、これこそが正論だとばかり、強い口調でそう言った。

 遠藤、長谷部、今野。お馴染みのベテランが代表に復帰したのは、ブラジル戦の次に行われたホンジュラス戦。アギーレのこの判断は、僕には何かの圧力に屈した結果、あるいは、日本人におもねた結果に思えて仕方なかった。

お馴染みのメンバーを見るとつい安心する日本人

 若手、新人の知名度は低い。Jリーグでそこそこ活躍しても、視聴率が低いので、知る人ぞ知る選手の域を脱しない。武藤、柴崎、宇佐美など一部を除けば、視聴率や販売部数、ページビューを伸ばす力に欠ける。

 片や、ベテランの知名度は高い。商売的(目先の)には、全国に名前が売れている広告的価値の高い彼らを起用してもらった方が好都合なのだ。

 アジアカップの4試合すべてに、ベテラン主体のベストメンバー、同じスタメンで臨んだアギーレ采配は、目先の商売を重視する人には好ましく映ったと思う。

 知名度優先。人気優先。選手は芸能人、タレントと同じ尺度で扱われているも同然だ。日本代表をAKBと同じ価値基準で語ろうとしがちな体質。これが、日本代表をめぐる報道には、残念ながら存在する。

 そしてアギーレは、その価値観に中に飲み込まれるような采配をした。まさに日本人受けするお馴染みのメンバーで、初戦のパレスチナ戦から100%ベストを尽くした。それはそれで問題だが、結果的に、代表監督に無言の圧力を掛けることになった可能性がある日本人の体質は、もっと問題だ。それと代表チームの強化がよい関係にないことを今回のアジアカップは証明した。アギーレを責めるだけで済む問題ではない。アギーレを責める資格を持ったメディアは、どれほど存在するだろうか。

 サッカーにはサッカーに相応しい考え方がある。他の勝負事にはないコンセプトがある。サッカーで勝とうと思えば、そこのところを徹底的に追求するしかない。ただ勝つだけではダメ。畑を耕しながら勝つ。選択肢を増やしながら勝つ。中には、負けても致し方ない親善試合もある。この感覚が常識として浸透しないと、日本のサッカーは飛躍しない。アギーレジャパンの敗戦と言うより、お馴染みのメンバーを見て安心する日本の敗戦。今回のベスト8敗退劇を、僕はそう見ている。

 

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、2018年ロシア大会で連続10回現地取材となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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たかがサッカーごときに、なぜ世界の人々は夢中になるのか。ある意味で余計なことに、一生懸命になれるのか。馬鹿になれるのか。たかがとされどのバランスを取りながら、スポーツとしてのサッカーの魅力に、忠実に迫っていくつもりです。世の中であまりいわれていないことを、出来るだけ原稿化していこうと思っています。刺激を求めたい方、現状に満足していない方にとりわけにお勧めです。

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