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今野泰幸投入で引き締まった、日本代表の現実を憂う

杉山茂樹スポーツライター

就任記者会見でアギーレは「9、10、11月の6試合は、アジアカップに向けての準備試合だ」と述べた。そして10月にシンガポールで行なわれたブラジル戦までは、その通りの戦いをした。多くの新顔をテスト。ザックジャパンとの違いを浮き彫りにした。

ところが、11月に入ると流れは一転。先のホンジュラス戦(5試合目)、そして今回のオーストラリア戦(6試合目)を、アギーレは「勝つための戦い」だと公言して戦った。

オーストラリア戦。アギーレは、前戦に続き2018年に38歳になる遠藤保仁と34歳になる長谷部誠を先発で起用した。後半頭からは、ゲームを落ち着かせようと、今野泰幸(2018年には35歳になる)も投入。ベテランに頼るサッカーで勝利をつかもうとした。メンバー交代も3人しか行なわなかった。まさに、”絶対に負けられない戦い”をした。

ホンジュラス戦後の原稿(11月15日配信『ホンジュラス戦大勝にも疑問符。アギーレ色はまだ半分』)でも触れたが、これは、アジアカップの位置づけが曖昧なことと大きな関係がある。2018年W杯と絡めるのか絡めないのか。世代交代をして臨むのか否か。どのような手段で、アジアカップを勝ちにいくのか。この基本方針を決めるのは、8月に来日したばかりのアギーレではない。協会だ。原博実専務理事と技術委員会が選択すべきことになる。

推測するに、当初は2018年W杯を見越した強化をするつもりだったと思う。文字通りの新チームで臨むつもりだった。少なくとも遠藤、今野は対象外にしていた。ブラジルに実験色の強いメンバーで0-4と敗れ、世の中、及び協会とその周辺から湧いた批判を抑えるために路線を変更した。アギーレは協会から何らかの要請を受けたのではないか。ブラジル戦までのアギーレと、その後の2試合のアギーレとは、別人と言っては大袈裟だが、実験から結果へ、求めるものが急変したような気がする。

アジアカップの準備試合と言うより、結果を欲しがった試合。ケーヒル、ブレシアーノといったベテランの実力者を、終盤に投入したオーストラリアと比べると、それはより鮮明になる。

ザッケローニが監督を続けていてもよかったのでないか。この流れでアジアカップに向かえば、監督を交代した意味、新チームになった意味は限りなく薄いものになる。

ここに来て、すっかり表に出てこなくなった協会首脳陣も情けないが、アギーレに対してカリスマ性が薄れたことも確かだ。

比較したくなるのは、2002年日韓共催W杯に韓国代表監督として臨んだヒディンクだ。韓国サッカー協会はヒディンクに「弱い国と対戦して、勝つ試合をして欲しい」と求めたそうだが、彼はそれを断り、ひたすら強いチームと対戦した。そして敗戦の山を築いた、意図的に。ファンは「ヒディンク辞めろ!」と騒いだが、チーム力は2002年本大会が近づくにつれ上昇。ヒディンクは、本番から逆算して考える強化プランを完璧に実行し、韓国代表をベスト4入りさせた。

国民を敵に回しても、自らの信念を貫こうとする真の頑固さ、改革者としての凄みを、いまのアギーレから見て取ることはできない。世論とうまく折り合いをつけながら、事を穏便に進めていこうとする現実主義者としての顔が覗く。

この流れで、アジアカップで優勝を逃せば、救いはない。ブラジル戦のように、実験を重ねながら優勝を逃しても、救いはある。2018年には生きてくる。

オーストラリア戦にスタメン出場した選手の中で、2018年W杯を20代で迎えられる選手は酒井高徳、吉田麻也、香川真司、武藤嘉紀のわずか4人。ベンチを眺めても塩谷司、昌司源、松原健、田口泰士、森岡亮太、柴崎岳の6人だ。30代の選手は1チーム3人までというチーム作りの常識に従えば、新戦力の開拓は急務。この他に10人は、26歳以下の選手を探す必要がある。

ブラジル戦後、あるイベントで、元日本代表監督、岡田武史氏は「代表のユニフォームを着る、日の丸をつけるという重みが、だんだん軽くなってきたと感じて残念だった」と述べたそうだが、それに相応しい人だけに代表のユニフォーム着させていると、日本の将来は危うくなる。

高齢化しつつある日本。世代交代が求められている日本の現状を踏まえれば、アジアカップは、勝つことも大切だが、可能性のある若手に経験を積ませる場に充てる必要がある。遠藤、今野、長谷部は、駒不足が深刻化した時に選べばいい。いま、アギーレと協会がやっていることは、目先の勝利欲しさに他ならない。2018年から逆算したプランには全く見えないのである。

オーストラリア戦に話を戻せば、前半と後半でこれほど内容が変わった試合も珍しい。布陣を4-3-3から4-2-3-1に変えたことが功を奏したと言われるが、それ以上に大きかったのは、後半から投入された今野の存在だ。彼が守備的MFに入ったことで、プレイ内容は締まった。日本の現実を突きつけられた気がした。

とはいえ、今野がこれまで代表チームで守備的MFとしてプレイしたことはほとんどない。過去83回、代表選手としてピッチに立っているが、サイドバック、センターバックとしてのプレイがほとんどだった。守備的MFは彼の本職ながら、代表チームの守備的MFとしては新人も同然。時の代表監督は、そのユーティリティ性の高さをいいことに、本職ではないポジションでばかり起用してきた。同じベテランでも、遠藤、長谷部とは事情が大きく違う。彼が「ボランチ」として、どこまでやれるのか。オーストラリア戦後半のプレイを見せられると、もっと見てみたい気はする。

逆に、2018年まで年齢的には十分持ちそうだが、先行きに不安を感じるのは香川だ。決定的な仕事ができない。ゴールが奪えないばかりか、そのシーンに有効に絡むことさえできなかった。この日に限った話ではない。ザックジャパン時代からそうだった。

ポジションが左から真ん中に移り、水を得た魚になるのかと期待したが、目下のところ迷走中だ。確かに俊敏ではあるが、周囲と調和していない。浮いた存在に見える。守備もサボらずに頑張っているが、貢献度は低い。独自の世界にはまり込んでいる感じだ。アギーレは香川とどう向き合うのか。アジアカップを戦う上での大きなカギだと僕は見る。

逆に、好印象を抱かせたのは、現在23歳の酒井高徳。多少荒いが、いま一番キレている選手だ。ホンジュラス戦は左を務めたが、この日は右。左右両方できるところも彼の強みだ。サイドバックとはいえ、これからの日本代表を背負っていく中心選手の一人になると見た。

ベテランに頼ることは、若手の出場機会を奪うことと同じだ。選手起用の優先順位を誤ると、日本の将来は怪しくなる。本番は2018年。アジアカップではない。

(集英社 Web Sportiva 11月19日 掲載原稿)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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