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「オーレ」のかけ声がマッチしない日本のパスサッカー。

杉山茂樹スポーツライター

コンフェデ杯グループリーグ第3戦。

ベロオリゾンチの「ミネイロン」で行われた日本対メキシコ戦は、準決勝進出の可能性が消えた者同士の、まさに消化試合というべき一戦だった。

客足が心配された。ブラジル人にしてみれば、日本とメキシコはいわば格下。注目したくなる選手もいない。日本人がバーレーン対ニュージーランドの試合を見に行くようなものだ。

サルバドールの「フォンチ・ノヴァ」で、この組の首位を懸けて戦うブラジル対イタリアの一戦と、開始時刻が重なっていたことも輪をかけた。

ブラジル人は、そちらの試合をテレビでナマ観戦するはずなので、日本対メキシコ戦は、がらがらのスタンドで行われるものと推測された。

ところが、ミネイロンは満員に膨れあがった。その数52690人。そして驚くべきことに、これはブラジル対イタリア(48874人)を上回る数字だった。ミネイロンがフォンチ・ノヴァを収容人員で上回ったからに過ぎないが、それを差し引いても、これは特筆に値する話になる。

思い出すのは、2011年にドイツで行われた女子W杯だ。開催国で、優勝候補の一角でもあったドイツは、準々決勝で日本にまさかの敗戦。大会は盛り下がるかと思われた。ところが、観衆の足はその後も途絶えなかった。決勝の日本対アメリカ戦は、48817人もの観衆を集めた中で行われた。

日本ではあり得ない話だ。

日本でコンフェデ杯が開催された2001年、ブラジルは鹿島でカメルーン、カナダと対戦した。しかし、スタンドはまるで埋まらなかった。その数それぞれ10519人と12095人。日本のサッカー史において、外国同士の試合が埋まったことは滅多にない。クラブW杯と、2002年W杯の時ぐらいだ。

他の競技も同様。バレーボールなどは、国際大会が頻繁に行われるが、日本戦以外、スタンドはがらがら。観客は数えられるほどしか集まらない。

それが、その競技を本当に好きな人の数を示したものとすれば、日本はスポーツ貧国に属することになる。

それはともかく、ミネイロンを埋めたブラジル人は、試合の盛り上げにも大きく貢献した。判官贔屓というより、その時、どちら側につけば、試合が盛り上がるかを常に考えている様子で、したがって、メキシコに2点先行され、追いかける立場にあった日本は、絶えず応援される側になった。

日本のパスが何本か繋がると、スタンドにはすかさず「オーレ、オーレ」の歓声が、まさに間の手のごとく沸きおこった。日本の追い上げムードは瞬間、一気に加速した。

日本のサッカーが、外国の観衆から「オーレ、オーレ」のかけ声を掛けられたことは、過去に多くない。主に、そうした声を掛けようとするのは本場のファンで、日本はこれまで彼らのお眼鏡にかなうようなサッカーを披露できずにいた。レベルが低かったからだが、そうした過去を踏まえながら、ミネイロンにこだまする「オーレ、オーレ」を耳にすると、サッカー後進国から脱皮したような、鑑賞物として合格圏に達したような、少しばかり喜ばしい気持ちになる。

しかし、目を凝らし、耳を澄ますと、音と映像がマッチしていないことも判明した。「オーレ」のかけ声は、日本のパス回しと共鳴していなかった。

日本のサッカーには、マイボールの時間を長くしようとか、奪われにくいサッカーをしようとか、いわゆる支配率を上げようとする意志が感じられなかった。よって、かけ声は観衆の期待とは裏腹に、すぐに途絶えてしまう。スタンドは、盛り上がりたくても、盛り上がれない状況(日本を応援したくても応援できない状況)に陥った。

難易度の高いパスワークにトライしようとするからだ。保持よりトライが優先するサッカー。よくいえばそうなるが、メキシコのサッカーと比較すると、それは無謀に見えた。サッカーゲームの本質にそぐわないように見えた。

日本のパスワークは、ボールを奪われそうな方向に進んでいった。その結果、ペースを失うことになった。

「オーレ」のかけ声にマッチしていたのはメキシコの方。瞬間的な冴えでは日本に劣ったが、安定したパス回しという点では、日本より格段に上だった。まず、ペースを握ろうとするサッカーであり、ゲームを確実にコントロールしようとするサッカーだ。

日本とメキシコ。ともにパスワークを売りにするチームながら方法論はまるで違っていた。そして、どちらが理に叶っているかは、スコア(2対1でメキシコ)に証明されていた。

日本に不足しているのは「オーレ」に相応しいリズム。ゲームをコントロールするためのパスワークだ。もちろん大切なのはバランスになるが、そうした要素がかなり欠落していることは疑いようもない事実だ。

試合後半、観衆の態度は変わった。日本贔屓からメキシコ贔屓へ。「オーレ」は、メキシコのパスワークに向けられるようになった。そしてそれは、日本に向けられる「オーレ」より、数段マッチしていた。

僕はそれに苛つきながらも、一方で納得していた。「オーレ」が似合うサッカー、何度も続けられるようなパスワークができないとでないと、マイペースでサッカーができない。90分の中で試合の流れをつかめない。すなわち世界を勝ち抜けない。コンフェデ杯を経たいま、その点について触れずにはいられないのだ。

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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