阪急電鉄炎上「ハタコトレイン」は何がマズかったか

電車の企画広告が炎上した阪急電鉄(写真:アフロ)

阪急電鉄の車内広告「ハタコトレイン」がネット上で批判を集めました。阪急電鉄は企画自体を取りやめたそうです。

「月50万円で生きがいない生活か、30万円で仕事が楽しい生活か」 物議醸した阪急電鉄の広告が中止に - ねとらぼ

阪急電鉄の公式Twitterによると、

明治から数えて5つ目の元号を走り始めた令和の節目に、働く全ての人を応援する企画列車「 #ハタコトレイン 」を運行します。

様々な業界・世代の働く人々の思いを紡いだ言葉集「はたらく言葉たち」とコラボし、仕事に誇りと志を見出す人々の言葉たちで電車内をジャックします!

出典:阪急電鉄公式Twitter

だそうです。良い趣旨だと思います。

しかし、集められた言葉たちのなかに「月収50万円の生きがいのない生活より月収30万円の仕事が楽しくて仕方ない生活がいい」、「私たちの目的はお金を集めることではなく、ありがとうを集めることだ」という、庶民の価値観とほど遠い内容があったとのこと。ネット上の批判の高まりを受けて、阪急電鉄と企画会社は「ハタコトレイン」の運行を取りやめました。6月1日から30日までの予定でしたが、10日間で終わりました。

もったいないな、と思います。たしかに違和感のある言葉もあったにせよ、ネットにアップされた写真を見ると、良さそうな言葉もいくつかあります。「数十年前に富士山に積もった雪が自宅で飲める。私は水ではなくてロマンを売っている」とか。飲む側にとっては水ですけど、売る側の誇りを感じます。「いま47歳、3度目の思春期がきています」ああ、なんかいいことあったんですね。いいなあ。52歳の私にはグッときます。

ダメだったら取り下げよう程度の企画だったのか

確かに、誰かをイラッとさせるような言葉は選ばない方がいいと思います。しかし、いくつかの言葉に反感を持たれて炎上したとしても、時間をおいて「炎上してるアレだけど、こんないい言葉もあったよ」という意見も増えてきて、バランスが取れた形で終わったんじゃないか、とも思いました。

自信を持って送り出した企画なら、30日間静観して、その結果を受け止めて次に活かせば良かった。しかし「炎上したらすぐに取り下げ」では、企画自体に信念がなかったと疑わざるを得ません。安易な企画だったのかな。

ちなみに、ハタコトレインの企画の元になった「はたらく言葉たち」はパラドックスという企業ブランディングを手がける会社が展開しており、悪くない評価を得ていたようです。しかし、「ハタコトレイン」の公式サイトは削除され、パラドックス社のサイトは2019年6月11日14時現在で障害のためか「Apache 2 Test Page」が表示されています。Webサーバプログラムの初期状態。

「はたらく言葉たち」関連のダイレクトリンク先とインスタグラムアカウントは削除されました。まるで中坊のアカウント削除逃亡みたいです。企業の対応としては悪手になっています。企画に自信があるなら堂々としていればいいし、非を認めたら謝罪する。それが大人の対応というモノです。

アドボカシー広告の成功例

「ハタコトレイン」のような企画は「アドボカシー広告」といいます。特定の商品やサービスの告知ではなく、メッセージを前面に出して理解を得て、企業イメージを向上させる手法です。じつは、これ、とても難しい広告手法です。失敗すればイメージダウン。まさに諸刃の剣です。どんなにいいことを言っても、オチが商品だと「あざとい」と感じます。

成功例としてはサントリーが1973年から続けている「愛鳥活動」や、JR東日本の「ふるさとの森づくり」があります。不景気のせいか、CMの露出は減っています。しかしその背景にとても手間暇をかけています。お酒やきっぷの販売には直接関係ない話。しかし、環境を大切にし、住みやすい世の中にするために企業も責任を持つというメッセージです。それが遠回りでも企業の利益になって帰ってきます。

森永乳業は1975年から「エンゼル110番」という育児全般の相談窓口を運営しています。ミルクを売るためだけの活動ではありません。ミルクだけでは解決できない問題もサポートしたいという企業姿勢が40年以上も継続しています。広告ではありませんが、企業と人々のコミュニケーションの成功例でしょう。

私が知る中で、メッセージ広告の最大の成功例は、米国ユナイテッドテクノロジーズ社が1979年から展開した「GRAY MATTER」というシリーズでした。それはウォールストリートジャーナルの全面広告で展開された詩のような文章です。

たとえば「"女の子"を追い払おう (Let's Get Rid Of "The Girl")」というタイトル。これだけを見ると「女性蔑視か」といきり立つ人もいるし、普通の人もギョッとしますね。しかし、本文の主旨は「私たちと同じように、彼女にも名前があります。使おうじゃありませんか」です。「ウチの女の子に渡しておいて」などと、部下や秘書を女の子と呼ばず、ちゃんと名前を使いましょう。個人としてしっかり認識しましょうという話。

失敗を恐れるな(Don't Be Afraid To Fail)」は、「君は初めて歩こうとしたとき転んだ / ベーブルースは1330回三振したけど、714本のホームランを打った」と語り「だから失敗を恐れるな、トライをしないで逃すチャンスを恐れた方がいい」と結びます。「イライザ・マッカードルに借りがある? (Do You Owe Something To An Eliza McCardle)」は、無学な男だったアンドリュー・ジョンソン元大統領を支えた妻の話。「アメリカは1人のアンドリューが1人のイライザに同じようなお返しをしたときにやっと大人になる」と結びます。アメリカンスピリットに訴えます。

ユナイテッドテクノロジーズ社は、傘下にプラット・アンド・ホイットニーなどの航空宇宙産業のほか、オーチス・エレベータなどあり、広範囲な研究、製造を手がけます。しかし、ユナイテッドテクノロジーズ社としての一般消費者向けの商品やサービスはありません。同社は、GRAY MATTERについて、希望者が切手を送るとポスターをプレゼントしていました。ネットのない時代、ポスターの申し込みが殺到したそうです。この広告によって同社の知名度、好感度は大きく高まりました。商品を手にしない人にも。

「GRAY MATTER」を集めた日本語の本があります。「アメリカの心-GRAY MATTER- 全米を揺るがした75のメッセージ (UNITED TECHNOLOGIES CORPORATION / 岡田芳朗/楓セビル/田中洋 訳)」(学生社刊)です。もう廃刊になってしまったようで残念。私の手元の本は開きすぎてボロボロになってしまい、買い直したいと思っています。

企業からのメッセージで他人の言葉を借りるな

阪急電鉄の話に戻します。「ハタコトレイン」の主旨はとても良かったと思います。しかし、手法は残念でした。企業がメッセージ性の高い広告を出すときの表現としては失敗です。なぜなら「自分の言葉を使わなかった」からです。

「GRAY MATTER」は、ディック・カーというコピーライターが手がけています。しかし、当時の同社会長、ハリーグレイからのメッセージとして掲載されました。オリジナルの文章であり、企業からのメッセージとしてよくある手法です。

しかし「ハタコトレイン」はどうか、掲載された文章には話者のプロフィールが掲載された「誰か」の文章です。「阪急電鉄オリシナルのメッセージ」ではありません。阪急電鉄がはたらく人、通勤する人を応援したい気持ちは良いと思います。しかし、それなら、なぜ、自分の言葉で発信しなかったのか。とても残念です。

いまではラブレターの習慣もなさそうですが、もし、恋い慕う気持ちを相手に伝えようとしたとき、あなたはラブレターで「お気に入りの恋の歌の歌詞」を書きますか? それはあなたの気持ちですか? 受け取った相手はどうでしょう。「いい歌を教えてもらった」と思ってくれるかもしれませんが、あなたの真意は理解できないでしょうね。

他人の言葉を借りるとしても「ハタコトレイン」のような企画を実施するなら、私はこう提案します。

沿線の人々から「働いているなかで嬉しかったこと」を募集して、いい話を集めて中吊りに掲載しましょう。その人のニックネームと最寄り駅を添えましょう。

沿線の人々が主役となれば、乗客も身近に感じ、共感を得られると思います。そして、それだけの手間をかけて応援メッセージを集め、選ぶという形で意思を表示し、掲載した鉄道会社に対して好感度が高まると思います。