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「井上尚弥は世代に一人の選手」米デビュー戦相手が負けて感じた“モンスターの衝撃”

杉浦大介スポーツライター

 今では世界最高のボクサーと評価されるようになった世界バンタム級3団体統一王者・井上尚弥(大橋)だが、2010年代後半まで、アメリカでは相当熱心なボクシングファンのみ名前を知る“YouTubeセンセーション”と呼びえる存在だった。そんな井上の初の渡米戦の相手を務めたが、スーパーフライ、バンタム級の元世界ランカー、アントニオ・ニエベス(アメリカ)である。

 2017年9月9日。当時はスタブハブセンター(現在はディグニティ・ヘルス・スポーツ・パーク)と呼ばれていたカリフォルニア州カーソンの屋外会場で、ニエベスはWBO世界スーパーフライ級王座時代の井上と対戦する。試合は一方的だった。5回にボディブローでダウンを奪われたニエベスは、そのまま成す術なく6回TKO負けを喫して“モンスター”の米国デビューの引き立て役になってしまった。

 あれから約5年―――。35歳になった今でも依然として現役を続けているニエベスに、井上対ノニト・ドネア(フィリピン)の再戦が目前に迫った5月下旬、井上の印象、対戦時に見たものを改めて振り返ってもらった。その言葉の一部は現在発売中のSports Graphic Numberに掲載されているが、ここでは完全版をお届けしたい。

世代に1人現れるかどうかのボクサー

――2017年の井上戦に関し、真っ先に思い出すことは何でしょう?

アントニオ・ニエベス(以下、AN) : 井上は総合的に優れたとてつもないボクサーでした。彼のジャブの使い方は比類なきもの。フィジカル面でも強く、なんでもできる選手です。スピード、パワー、リングジェネラルシップ、聡明さを備えており、世代に1人現れるかどうかという選手でしょう。こんなボクサーはなかなか出てくるものではありません。

――事前から井上の評判は聞いており、その上で試合を承諾したのだと思いますが、考えていたより強かったということでしょうか?

AN : ボクサーにとって最高の選手と戦えることこそが喜びですから、オファーを受けたときに断ることは考えませんでした。井上は連続KOを続けていましたが、下の階級の選手を倒しているというのが当初の私の認識。私の方がサイズでは優っており、彼のパワーがどれだけのものかを見てみようと考えたのです。

――実際にパンチを浴びてみて、定評ある井上選手のパワーはどうでしたか?

AN : 間違いなく喧伝されていた通りでした。すべてのパンチが強打であり、軽いパンチは1発もありませんでした。

――井上選手はパワー、スピードが特筆されがちですが、一方でボクシングIQの高さも高評価されています。リング上で向かい合い、それは感じましたか?

AN : 彼はリング上で何をやるべきか常にわかっている感じでした。私が何をやろうとしても、いつでも準備ができているんです。リング上のどこにいるべきかを察知し、こちらにとって近すぎるか、遠すぎるか、そのどちらかにいるという印象。距離の取り方を熟知していましたね。ボクシングIQは本当に高かったと思います。

――そんな井上に対し、あの試合ではどんなファイトプランを立てていたのでしょう?

AN : サイズを生かし、アウトボクシングをするつもりでした。あまり近づきすぎず、動き回るはずだったのですが、彼自身のボクシングスキルも特筆すべきものがありました。井上はジャブを上手に使い、パワーパンチを打ち込む機会を窺ってきました。フィジカルも強く、私はボディブローで弱らされ、5回にダウン。アウトボクシングでポイントを奪うというこちらのプランは完全に霧散したわけです。

井上に勝てる選手がいるとすれば

――すべてを振り返り、あの試合であなたが学んだこととは?

AN : 井上に負けてリングを降りる時に、「これ以上のボクサーと自分が戦うことはない」と感じたんです。世界最高級の選手と戦い、多くを学びました。あの試合ではコーナーからストップがかかりましたが、まだ戦い続けることもできました。負けはしましたが、自分は世界最高のボクサーとも競い合えるんだと感じたのです。その経験があるから、あの試合後はより自信を持ってリングに立てるようになったんです。

――アマチュア、ジムでのスパーリングを通じて、井上はあなたがこれまで戦った中で最高の選手でしたか?

AN : 100%、その通りです。アマでも、スパーリングでも、あれ以上のボクサーと対戦したことはありません。ローマン・“チョコラティート”・ゴンサレス(ニカラグア)、カルロス・クアドラス、ファン・フランシコ・エストラーダ(ともにメキシコ)、誰も井上とは対戦したがらなかったわけがわかりました。

――YouTubeのインタビューで、テレンス・クロフォード、エロール・スペンス・ジュニア(ともにアメリカ)、そして井上が現在世界最高のファイターだと話しているのを見ました。今でもその思いに変わりはありませんか?

AN : 井上、クロフォード、スペンスの3人がパウンド・フォー・パウンドでも最高の選手たちだと考えています。あとはサウス・カネロ・アルバレス(メキシコ)ですかね。

――最後になりますが、実際に拳を交えたあなたから見て、井上に勝てるとしたらどんな選手なのでしょう?

AN : それは難しい質問ですね。井上はアウトボクシングもできるし、距離を詰めても戦える選手ですから、タイプを特定するのは容易ではありません。勝機があるのは、ノニト・ドネア(フィリピン)のような選手だったのかもしれません。井上が負けることがあるとすれば、パンチを繰り出す際にカウンターを取られ、効かされたとき。井上との第1戦でのドネアは実際に井上にパンチを当て、ダメージを与えました。ドネアにはそれだけのパワー、スピードがありました。ただ、井上はそこで深い傷を負い、目を骨折しながら、戦い続けることでタフネスも証明しました。そんな経緯を思い出すと、やはりバンタム級で彼に勝てる選手がいるとは私には思えません。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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