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宿敵ノニト・ドネア、井上尚弥のKOに「あの日のパンチと同じです」 独占インタビュー

杉浦大介スポーツライター
撮影・杉浦大介

 6月19日、ネバダ州ラスベガスのバージンホテルズ・ラスベガスで行われたWBAスーパー、IBF世界バンタム級王者・井上尚弥(大橋)対挑戦者マイケル・ダスマリナス(フィリピン)戦を、5階級制覇王者ノニト・ドネア(フィリピン)はリングサイドで生観戦した。

 5月29日にWBC世界バンタム級王座を獲得し、世界王者に戻ったばかりのドネアの目に、井上が3度のダウンを奪って3回KOで圧勝した一戦はどう映ったのか。この日、8月14日にWBO王者ジャンリエル・カシメロ(フィリピン)と統一戦を行うことも発表したドネアは、今後に向けてどんな未来予想図を描いているのか。ボクシングファンが待望する井上とのリマッチは実現するのか。

 井上対ダスマリナス戦後、バージンホテルズ・ラスベガス内にあるレストラン「NOBU」で夕食を楽しんでいたドネアにゆっくりと話を聞いた。

「井上は私との対戦で多くを学んだ」

――今日のダスマリナス戦での井上をどう見ましたか?

ノニト・ドネア(以下、ND) : とても良かったですね。感心させられました。力強く、以前よりさらに良いボクサーになっていたと思います。非常に落ち着いていたのも印象的でした。ダスマリナスはボディに深刻なダメージを受けていましたが、何度も立ち上がって戦い続けたことは賞賛しなければいけません。井上のパンチを浴びるのがどんなことか、私もよく知っていますからね(笑)

――ダスマリナスの技量が井上選手と同じレベルでないのは明らかでした。それでもあれほど綺麗に倒せるのはやはりすごいことですね。

ND : その通りです。レベルが違ったのは確かです。ただ、たとえ格下が相手でも、周囲の期待通りの形でKOするのは簡単なことではありません。井上の出来が良かったからそれが可能になったのだと考えています。

――2回、井上が左ボディで奪った最初のダウンでほとんど勝負は決まりました。あのボディブローは井上戦であなたがダウンを喫したのと同じパンチでは?

ND : そう、ほとんど同じパンチですね。かするように浅い角度で当たったパンチ。適切な場所にヒットすると効果を発揮します。私との試合のパンチがそうでしたし、今日の先制ダウンもあの日と同じだったはずです。

――「以前より良いボクサーになっていた」ということですが、井上は2019年11月にあなたと対戦したときよりもさらに向上していたと感じましたか?

ND : 井上は私との対戦で多くを学んだのだと思います。また、去年の(ジェイソン・マロニー(オーストラリア))との試合も貴重な経験になったのでしょう。あの落ち着きぶりは見事でしたし、パワーも以前より増したんではないでしょうか。

Mikey Williams/Top Rank via Getty Images
Mikey Williams/Top Rank via Getty Images

ドネア対カシメロ戦実現の経緯

――井上対ダスマリナス戦の試合当日、あなたはWBO王者カシメロとの統一戦を発表してボクシング界を騒然とさせました。先日の試合からわずか3週間弱で大きな試合が決まったことに、自分自身でも少し驚いたのでは?

ND : これほど早く成立に至ったことには実際にかなり驚かされました。両陣営がともに王座統一を望んでいたがために、こんなことが可能になったんだと思います。おかげで当初、同じ日程で予定されていたカシメロ対ギジェルモ・リゴンドー(キューバ)戦よりも大きな試合が実現することになりました。嬉しく思いますし、尽力してくれたリチャード・シェイファー・プロモーター、PBC、アル・ヘイモン、放送局のShowtimeに心から感謝したいです。

――このタイミングでのカード変更は誰のアイデアだったのでしょう?

ND : 私の妻のアイデアです。妻が思いつき、陣営、シェイファー・プロモーターの間で話し合いました。私たちは何とか統一戦を実現させたいという希望を持っており、次戦での井上との再戦が難しいのであれば、もう1人の王者であるカシメロに照準を合わせるべきだと考えたんです。ここでカシメロに勝てば、今年の年末に井上と4団体統一戦というラインが敷かれていくのでしょう。

――カシメロというボクサーにはどんな印象を持っていますか?

ND : 荒削りな選手ですね。パワーはありますが、井上のような知性、スキルを持っているわけではありません。

――井上は非常に基本がしっかりしていますが、カシメロは何をやってくるか読めないという怖さはあるのかなと感じますがいかがでしょう?

ND : いや、実際にはカシメロが何をやってくるかは非常に予測がつき易いですよ。彼の戦い方には典型的なパターンがあり、見極めるのは難しくないと思います。井上は基本に忠実なだけでなく、多彩な攻撃ができます。絶えず変化させ、何をやってくるかを相手に考えさせることもできる選手です。一方、カシメロは常に同じ戦い方で、よりパワーに依存した選手といえます。

――フィリピン人王者同士の戦いという点でも話題を呼んでいますが、そのことはあなたにとっても大きな意味を持っていますか?

ND : 私の目標はバンタム級4団体統一王者になることであり、この試合を望んだ理由が他にあるわけではありません。カシメロと対戦するのは、彼が世界タイトルを保持しているから。好カードではありますが、フィリピン人同士の対戦だからこのマッチアップを望んだというわけではないのです。

――この試合の勝者はもともとカシメロと戦う予定だったリゴンドーと対戦しなければいけないという見方もありますが、実際はどうなのでしょう?

ND : そんな推測が出ているのは知っています。私は契約書を隅から隅まですべて目を通したわけではありませんが、そのような条項はなかったように思います。ただ、その件の詳細は知りません。私が知っているのは、カシメロと戦い、彼を倒さなければいけないということだけです。

ウバーリ戦の完勝は妻のおかげ

――ここで5月29日のウバーリ戦のことも少し振り返って下さい。強烈な4回KO勝ちを飾りましたが、事前からやりたかったことができた一戦だったんでしょうか?

ND : もともと2年近くも前から計画されてきたタイトル戦で、何度も延期になり、その間はずっと練習を続けてきました。対戦相手のことを熟知し、隙がない形で準備ができました。その過程で私自身も向上したおかげで、ああいった良い試合ができたのです。

――先日、シェイファー・プロモーターは「ノニトは最初の2ラウンド、あえてウバーリに快適に感じさせようとした」と話してくれました。その話は本当でしょうか?

ND : 最初の2ラウンドを相手に与えたというよりも、その2回でウバーリを見極めようとしたという方が正しいですね。私が相手のテクニック、スタイル、距離、タイミングを掴めば、その瞬間に試合は終わります。1、2回はそのための時間だったということ。序盤の探り合いを終え、3回にはウバーリはより積極的に出てきて、そうなると隙が生まれ、ビッグパンチを打ち込めることはわかっていました。

――経験豊富なあなただからできる戦術でしょうか?

ND : 今回の試合ではそれが上手くいき、勝てるという自信はありました。以前の私はこのようにいろいろと考えず、よりリスクの大きな戦い方をしていました。今の私には妻がヘッドトレーナーとしてついてくれて、私が打たれないことを常に望んでくれています。かつては何も気にせずに打ち合っていましたが、妻のおかげでより規律の取れた戦い方をするようになったのです。その結果、ウバーリ戦でもあのような勝ち方ができたというわけです。

ウバーリ戦でのドネアは圧巻の強さだった Photo By Sean Michael Ham/TGB Promotions
ウバーリ戦でのドネアは圧巻の強さだった Photo By Sean Michael Ham/TGB Promotions

――あの会心の勝利で、今ではより多くのファンがあなたと井上のリマッチを望むようになったと思います。これまでも話してきた通り、再戦希望は変わりませんか?

ND : もちろん変わりませんよ。私と井上の間には相互理解とリスペクトがあるのを感じています。尊敬し合っていますが、同時にもう一度戦いたいと思っているのです。カシメロ戦後、井上との再戦が実現することは私にはわかっています。

井上との再戦は再び日本で挙行か

――井上との第1戦で、相手にダメージを与えて追い詰めた第9ラウンドのことは今でも思い出しますか?ウバーリ戦の前にこの質問をした際には「イエス」という答えでしたが、それは変わりませんか?

ND : もう考えなくなりました。井上との第1戦を戦った私と、ウバーリと戦った私は完全に違うボクサーです。井上も成長していると思いますが、私が当時と比べて大きく向上していることは誰の目にも明白なはず。もう一度対戦したら勝てると確信できているからこそ、第1戦のことを考える必要はなくなったのです。

――再戦が実現したら、戦い方のどこを変えていくつもりですか?

ND : また私の妻の話になりますが、彼女は私に規律を持ってゲームプラン通りに戦うことの大切さを思い知らせてくれました。井上戦でも良いゲームプランがあったのですが、途中からそれを守らず、打ち合いに行ってしまいました。適切なプラン通りに戦いさえすれば、再戦では勝てるはずです。また、チャンスを掴んだ際には迷わず詰めに行く以前のようなキラー・インスティンクトを私が取り戻したことも重要な意味を持ってくると考えています。

――第1戦は素晴らしい内容の試合でしたが、それと同時に互いに傷つけ合う激闘でもありました。再戦でもダメージを負うことはやはり避けられないとは思いますが、それでももう一度戦いたいと思う気持ちに変わりはありませんか?

ND : もちろん変わりませんよ。そんな相手と戦えるのはエキサイティングなこと。今日の井上の素晴らしいKO勝ちを見て、早くジムに戻って練習したいと感じています。また朝早くに起きて、喜んで外を走り、ジムでのトレーニングを続けるつもりです。

――先ほど「年末に」と話していましたが、井上との再戦は2021年中に挙行されると思いますか?リマッチは再び日本開催でも構いませんか?

ND : 私は今年中の実現を望んでいます。8月にカシメロに勝ち、交渉が迅速に進めば年内の統一戦&リマッチ開催は十分に可能だと考えています。日本が大好きなので、新型コロナウイルスが問題ないのであれば日本開催でも構いません。日本では毎年、年末に大興行が行われることももちろん知っています。

――キャリアのこの時点での井上との再戦は、あなたにとってどんな意味を持つファイトなのでしょう?

ND : 井上はパウンド・フォー・パウンドでも2、3位にランクされるほど高く評価されている選手です。その王者と戦うことで、私は依然として世界のトップに属していることを証明し、何ができるかを示すことができるのです。年齢を重ねても、私はバンタム級の誰が相手でも勝てると信じています。そうやって最高の選手たちとの戦いを望むことで、目的を持ち、楽しく、エキサイティングな日々を過ごすことができるのです。

Esther Lin/SHOWTIME
Esther Lin/SHOWTIME

■ノニト・ドネア プロフィール

 フィリピン出身、1982年11月16日(38歳)

 現WBC世界バンタム級王者、元世界5階級制覇王者。

 2019年11月7日、WBSS(ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ)決勝で井上尚弥と激闘の末に敗れる。2021年5月29日に行われたWBC世界バンタム級タイトルマッチで、ノルディーヌ・ウバーリに4回TKO勝ち、王座返り咲きに成功。8月14日にはWBOバンタム級王者ジョンリエル・カシメロとの統一戦が予定されている。戦績は41勝6敗(27KO)。

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スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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