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大観衆の熱気が戻ってきた ワクチン接種が普及したアメリカ・スポーツ観戦の現在

杉浦大介スポーツライター
ヤンキースタジアムの観衆も徐々に増えてきた(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

ワクチン接種の拡がり、開かれた会場とその変化

 “パンデミックは終わった”などと宣言してしまうのはまだ早すぎるが、ここに来てアメリカのスポーツ観戦は急速に日常に近い姿に戻ってきている。まだ制約は存在するものの、以前のように大観衆を集めて試合を見ることが可能になったのだ。

 5月8日、テキサス州アーリントンのAT&Tスタジアムで行われたサウル・アルバレス(メキシコ)対ビリー・ジョー・サンダース(英国)の世界ミドル級3団体統一戦では、米国内の室内ボクシング興行としては史上最多の73126人のファンが集まった。大観衆を動員したのはこの日だけではなく、もともとテキサス州は他州に先駆けて政府が商業活動の全面再開を後押し。メジャーリーグ球団のテキサス・レンジャーズの試合も4月から2、3万以上の観衆を飲み込み続けている。

 風向きが変わったのはテキサスだけではない。ほとんどが屋外のスタジアムで挙行されるメジャーリーグは、全米各都市で開放が進んでいる。6月上旬時点ですでに全30チーム中11チームの本拠地がフルキャパシティ(=100%の客入れ)。予定通りなら7月5日までにニューヨーク・ヤンキース、ニューヨーク・メッツ、シアトル・マリナーズなど一部のチームを除く25球団の本拠地で観客動員制限が撤廃されるという。

 また、5月より始まったバスケットボールのNBAプレーオフでも多くのアリーナに1万人以上のファンが集まるようになった。NBAはMLBよりもハードルが高いはずの室内競技。それがこのプレーオフの時期に通常に近い熱気を帯び始めたことで、アメリカが復旧に向かっていると実感したファンは多かったのではないか。

ニューヨーク・ニックスのプレーオフ戦は大観衆を動員し、とてつもない熱気を帯びた
ニューヨーク・ニックスのプレーオフ戦は大観衆を動員し、とてつもない熱気を帯びた写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

 こうしてスポーツの試合会場が一気に開かれ始めた理由は、ワクチン接種が急速に普及していることに尽きる。アメリカでは6月4日の時点で国民の約40%が必要回数のワクチン接種を完了。それと比例するように、感染者、死亡者の数は減少してきた。

 ニューヨークのビル・デブラシオ市長は「ワクチンの力の証だ。危機に瀕したニューヨークの人々の意思の強さの証でもある」と高らかに宣言。このように状況が改善しているのはもちろんニューヨークだけではなく、おかげで多くの都市のスタジアム、アリーナで観客動員拡大のゴーサインが出るという流れになったのだ。

 規則や規制は各都市で異なるが、ニューヨークのアリーナ、スタジアムはまだフルキャパシティではないため、ワクチンを受けたものとそうでないもののセクションが分けられている。接種者は入場口で証明書かコピーを提示することで、指定セクションにソーシャルディスタンスなしで座ることができる。一方、6フィート(2メートル)以上を開けて座らなければいけないワクチン未接種者のセクションはまだガラガラ感があるが、席数そのものは徐々に減少中だ。このようにソーシャルディスタンス不要の席を増やしていくことで、キャパシティの拡大が可能になってきたというわけだ。

 ↑ワクチン接種者とそうではないもののセクションをそれぞれ撮影したニューヨーク・デイリーニューズ記者のツイート

 入場時はマスク着用が義務付けられるが、ワクチン接種者のセクションでは外すのも可。おかげで最近はスポーツ会場でのマスク着用率は確実に下がってきている。

 遠慮なく声援を送るファンを見ていると、2020年3月のパンデミック開始前にタイムスリップしたように感じるくらい。飲食、グッズなどの各種売店ももう大半がオープンしており、当時と明らかに変わったのは、チケットのペーパーレス化、売店のオンライン決済の徹底くらいだろう。

飲食物の販売時も可能な限り店員の手を通さない「グラブ・アンド・ゴー」のスタイルはパンデミック中にすっかり定着した(写真はグローブ・ライフ・フィールド) 撮影・杉浦大介 
飲食物の販売時も可能な限り店員の手を通さない「グラブ・アンド・ゴー」のスタイルはパンデミック中にすっかり定着した(写真はグローブ・ライフ・フィールド) 撮影・杉浦大介 

スポーツ観戦の復活は「街の復興」

 「テキサスは別世界のようで、ウイルスのことを気にしない人が多いように思えます。球場内も安全対策を万全にするのではなく、正常であるように振る舞うことで安心感を与えようとしているんじゃないかと感じられるくらいです」

 4月、いち早くフルキャパシティを始めたテキサス・レンジャーズの本拠地グローブ・ライフ・フィールドを訪れた際、ニューヨークからテキサスに移住したばかりというスタジアムの職員は不安そうな表情でそう話していた。

 ただ、時は流れ、今では“別世界”のテキサスだけでなく、ニューヨークでも不安そうな声はほとんど聞かれない。感染者の減少、ワクチン接種者の増加という2つのデータが心の支えになり、パンデミック中の鬱憤を晴らすかのようにこれまで以上に熱心に応援している印象すらある。

 「“ニックス復活”ではなく、“ニューヨークの復活”なんだ」

 NBAニューヨーク・ニックスのプレーオフ戦中、あるファンのそんな叫び声も聞こえてきた。多数の感染者を出したニューヨークが一時は“新型コロナウイルスの中枢地”のように語られたことを思い返せば、この街の人々はその言葉の意味を理解できるはずだ。

 スポーツが文化として定着したアメリカでは、スポーツ観戦の復活は街の復興と比例している。ヤンキースタジアム、シティフィールドといったMLBのスタジアムまでもがワクチンの接種会場となり、接種者には無料チケットさえ配布されるというサービスは実にアメリカらしいと言えるのだろう。

 もちろん今の時点で良い方向に進んでいるからといって、まだ油断はできないという声もある。新型コロナウイルスのいわゆる“第4波”がいずれ訪れ、スポーツ会場にも再び規制がかかっても誰も驚くべきではない。ただ、少なくともこれまでは多くの人が定められたルールを守り、再びスポーツが楽しめるところまで戻ってきたことの喜びと活気はニューヨーク市内で確実に感じられる。その勢いは、今後のさらなる復興への推進力となるはずである。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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