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フェラーリで事故を起こした無敗王者が「ぶっつけ」で臨む防衛戦に後遺症の影響は?

杉浦大介スポーツライター
写真:ロイター/アフロ

12月5日(日本時間6日) テキサス州アーリントン AT&Tスタジアム

WBC、IBF世界ウェルター級タイトル戦

WBC、IBF王者

エロール・スペンス Jr. (アメリカ/30歳/26戦全勝(21KO))

元WBC王者

ダニー・ガルシア(アメリカ/32歳/36勝(21KO)2敗)

鍵はスペンスの状態

 タイソン・フューリー(イギリス)対デオンテイ・ワイルダー(アメリカ)、ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)対テオフィモ・ロペス(アメリカ)と並び、“2020年屈指の好カード”と呼んでいいのだろう。

 スペンス対ガルシアは昨年9月、スペンスがショーン・ポーター(アメリカ)に判定勝ちした直後に内定していたカード。本来なら1月25日、ブルックリンのバークレイズセンターで挙行される方向だった。

 ところが昨年10月10日、スペンスは愛車のフェラーリで派手な交通事故を起こし、戦線離脱。広く拡散した映像を見たファンはご存知の通り、一時は選手生命が危ぶまれたほどのショッキングなアクシデントだった。

 骨折はなしという奇跡的な軽症で済んだと伝えられた後でも、実際にリングに立ってみなければ後遺症があるかはわからない。そんな流れを考えれば、カムバック戦ではまず格下相手に力試ししても許されたはずだった。

 しかし、王者はここで実績あるビッグネームとの戦いを決め、一気にトップ戦線への帰還を目論む。ギャンブルにも見えるが、これ以上時間を無駄にはしたくないという気持ちの表れなのだろう。その意気込みは讃えられてしかるべきだが、事故後ぶっつけのリングであることがこの試合の予想を難しくしていることは間違いない。

事故の影響はないのか

 本来、下馬評は圧倒的にスペンスに傾いてしかるべきではある。

 ロンドン五輪後にプロ入りした大型サウスポーは順調に成長し、無敗街道を歩んできた。その強さは早いうちから評判になり、無冠時代から強豪に避けられ続けた近年では珍しい選手でもある。PBCという大プロモーターに属しながら、 2017年5月の世界初挑戦時は当時のIBF王者ケル・ブルックの母国イギリスに赴かなければならなかった。

 そのブルック戦で印象的な11回KO勝ちを飾って戴冠すると、ラモン・ピーターソン、マイキー・ガルシア、ショーン・ポーター(すべてアメリカ)といった著名選手たちを明白に撃破。スキル、パワーを備えた本格派であり、最近ではパウンド・フォー・パウンド・トップ10の常連にもなった。

 一方、ウェルター級に上げてからのガルシアには、スーパーライト級時代の勢いはない。キース・サーマン(アメリカ)、ポーターとの対戦では接戦の末に惜敗。ブランドン・リオス、エイドリアン・グラナドス(ともにアメリカ)、アイバン・レドキャッチ(ウクライナ)といった格下にはパワーを武器に圧勝するものの、強敵相手には単調さを露呈するようになった。

 スペンスが交通事故前の力を保ってさえいれば、やはり王者の方がスケールが一枚上に思える。ガルシアの強打を警戒しつつ、パワージャブと上下の打ち分けで崩していく姿が想像できる。徐々にペースを掌握し、大差の判定、あるいは後半ストップで順当勝ちする可能性は高いのではないが。

 ただ・・・・・・繰り返すが、例え外傷はなかったとしても、あれほどの壮絶なアクシデントの後でも同じように戦えるかはわからない。事故後、スペンスの言葉が不明瞭に感じられることがあるのが気になるところではある。

Photos from Frank Micelotta/FOX Sports
Photos from Frank Micelotta/FOX Sports

 相手の強打を受けた時、スペンスはどう反応するのか。持久力、耐久力、反射神経はこれまでと変わらずに備わっているのか。すべてはAT&Tスタジアムでゴングが鳴らされた後に明らかになる。

 元王者のサーマンは、これまでで最もパンチがあった選手としてガルシアの名前を挙げていた。特に左フックは独特のタイミングの良さを持っており、スペンスにとっても怖いパンチ。王者の戦力が以前と同じではなかった場合、ガルシアの手によってスリリングで戦慄的なシーンがもたらされる可能性も十分あるはずである。

ビジネス面で地上波FOXの期待に応えられるか

 最後に興行面に関しても触れておきたい。

 今戦は客入れが可能になったテキサス州の大スタジアムで開催される。同じテキサスのサンアントニオにあるアラモドームで10月31日に挙行されたジャーボンテ・デービス(アメリカ)対レオ・サンタクルス(アメリカ)戦では、約9000人の観客が動員され、ゲート収入は約120万ドルだった。スペンス対ガルシア戦の予想観客数は約15000〜16000人。2019年3月に行われたスペンス対マイキー・ガルシア戦でのゲート収入約500万ドルは大きく下回るとしても、デービス対サンタクルス戦よりもはるかに上のビジネスが見込まれてしかるべきだろう。

 テレビはFOXがPPV中継し、値段は74.99ドル。地上波FOXはこの試合の宣伝を効果的に行っている印象があり、感謝祭当日の11月26日に放送されたNFL恒例のライバル対決、ダラス・カウボーイズ対ワシントン・フットボール・チーム戦中にも頻繁に広告が流されていた。このNFL戦は実に視聴者約3030万件(10月17日のロマチェンコ対ロペス戦は同約300万件)というとてつもない数字を叩き出しており、その宣伝効果は楽しみではある。

 近年、ビッグスターの不在、違法ストリーミングの横行などが原因で、ボクシング中継のPPV購買数は長期低下傾向にある。スペンスはマイキー・ガルシア戦、ポーター戦でPPV30万件以上を売ったと一応は伝えられているが、傘下の人間がリークしたこれらの数字も怪しいもの。同じくFOXが力を入れたフューリー対ワイルダー2も約85万件という投資額を考えれば厳しい購買数に終わり、先週のマイク・タイソン(アメリカ)対ロイ・ジョーンズ・ジュニア(アメリカ)のエキシビション以外、ボクシングPPVは軒並み厳しい結果が出ている。

 コロナ渦ゆえにアメリカ人が愛するホームパーティが難しい状況で、今回も楽観的になるのは難しい。ただ、そんな中でも好数値が出れば、業界全体にとっての良いニュースになり得る。その際には、FOX からボクシングへのさらなる投資も望めるのだろう。だとすれば、スペンス対ガルシア戦は、リング内外の様々な意味で重要な一戦とも言えるはずである。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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