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鮮烈KO劇の3階級制覇王者クロフォードの進む道は パッキャオ戦の成立が難しい理由

杉浦大介スポーツライター
Photo By Mikey Williams / Top Rank

11月14日 ラスベガス MGMグランド カンファレンス・センター

WBO世界ウェルター級タイトル戦

王者

テレンス・クロフォード(アメリカ/33歳/37戦全勝(28KO))

4回TKO

元IBF同級王者

ケル・ブルック(イギリス/34歳/39勝(27KO)3敗)

鮮烈なKO劇

 “現役最高級のフィニッシャー”と称されるクロフォードらしい詰めの鋭さだった。4回、カウンターの右ショートフックでブルックからダウンを奪った王者は、再開後に容赦ない連打でレフェリーのストップに持ち込む。その時点まではほぼ互角だっただけに、あっという間の出来事にも感じられた。

 2017年5月のエロール・スペンス・ジュニア(アメリカ)戦以来のウェルター級戦となったブルックは体調の良さを感じさせ、1、2回は挑戦者がジャブを有効に使って先制。ただ、2回終盤にそのジャブ対策としてクロフォードがサウスポーにスイッチして以降、戦況は王者に傾いていった。

 スロースターターで知られるクロフォードが序盤にポイントを失うのは珍しいことではないが、この日は相手を見切るのが普段より早かった印象もある。ブルックもすでにピークを過ぎたとはいえ底力がある選手だが、それだけの実力差があったということだろう。

 「今夜はより優れた選手が勝った。スパーリングでもあんなふうにやられたことはない。見えないパンチでやられてしまった」

 試合後、ブルックはそう述べ、素直に完敗を認めていた。ブルックが終盤まで粘ることを予期する声も少なからずあっただけに、前半KOはインパクト十分。パウンド・フォー・パウンド・ランキングでもトップ3の常連になったクロフォードは、この試合でさらに評価を高めたと言えそうだ。

パッキャオ戦のリアリティ

 試合を終えて、今後の注目はクロフォードがどこに向かうかに尽きる。

 今回の防衛戦前の話題も、ブルック戦と同等かそれ以上に3階級制覇王者の近未来に関するものが多かった。前回のコラムでも記した通り、クロフォードとトップランクの契約満了は来秋に迫っており、それまでにビッグファイトを成立させられるかどうかが焦点になる。

 「次に誰と戦いたいかはすでに言った通り。マニー・パッキャオだ。交渉再開させたい。(パッキャオ戦は)パンデミックで中東の客入れが不可能にならなかったらもう実現していた。すべては95%固まっていたんだ。会場は決まり、報酬は確定してなかったが、合意に近づいていた。あとはそれだけだった」

 試合後、クロフォードはそう語り、フィリピンが産んだレジェンド、パッキャオとの早期対戦を訴えていた。

 The Athleticの報道によると、クロフォードには報酬650万ドル(+PPV購買数30万件をクリアした場合、以降の1件あたり5ドルの歩合)、パッキャオには同2350万ドルが保証されたオファーが提示されていたという。一方、クロフォード側は保証額950万ドル、歩合の条件はPPV購買数50万件以上というカウンターオファーを出したといった詳細な記述もあり、実際に交渉がなされていたのは事実なのだろう。

ブルック戦で示した通り、クロフォードの実力は折り紙付き。パッキャオ戦が実現すれば大きな話題を呼ぶことは間違いないが・・・・・・。 Photo By Mikey Williams / Top Rank
ブルック戦で示した通り、クロフォードの実力は折り紙付き。パッキャオ戦が実現すれば大きな話題を呼ぶことは間違いないが・・・・・・。 Photo By Mikey Williams / Top Rank

 ただ・・・・・これらは中東からの莫大なサイトフィー(注)に依存したプランであり、新型コロナウイルスによるパンデミック下でのリアリティには疑問符もつく。

 注)サイトフィー:会場側がイベント招致のために支払う金額。ビッグイベントを売り物にしたいカジノなどが呼び寄せに大枚を叩くことがあり、これが得られればプロモーター側は会場使用料など経費の負担から解放、あるいは軽減される。

 昨年12月、サウジアラビアが6000万ドル以上というサイトフィーを提示したがゆえ、アンディ・ルイス・ジュニア(アメリカ)対アンソニー・ジョシュア(イギリス)戦が中東に流失した例がある。しかし、パンデミックで依然として世界的に様々な制約がある中で、トップランクが標的にするカタールからそれに近い額を引き出せるか。

 この点に関し、クロフォード陣営は懐疑的だという情報もある。実際に2020年を通じて、MPプロモーションズのショーン・ギボンズ・プロモーターがパッキャオの現実的な相手候補として挙げていたのはクロフォードではなくマイキー・ガルシア(アメリカ)の方だった。パッキャオ戦が難しかった場合、スペンス、キース・サーマン、ショーン・ポーター(アメリカ)といった他のPBC勢とクロフォードの対戦に楽観的になるのはさらに難しい。

 特にクロフォードとトップランクの契約終了が迫っている今、PBCがライバルと提携する理由はゼロ。クロフォードにとっての他の強力な選択肢は、ホぜ・ラミレス(アメリカ)対ジョシュ・テイラー(イギリス)のスーパーライト級統一戦の勝者くらいか。このオプションにクロフォードが魅力を感じなかった場合、トップランクは難しい選択を迫られるかもしれない。

クロフォードのジレンマ

 業界全体からリスペクトを集めるクロフォードだが、その実力に見合った人気、興行価値を勝ち得ているとは言えない。ビッグファイトの機会に恵まれず、売り出しのためのメディアへの露出も本人が積極的ではないからだ。 

 2018年2月、クロフォードはNBAオールスターのセレブリティゲームに参加し、まずまずの技量を披露したことがあった。それでもゲーム後にはほとんどメディアから囲まれることもなく、一般的な知名度の低さは明白。その際は駆け寄った数少ない記者である筆者に丁寧に接してくれたが、普段は取材を受ける際も無愛想なことが多く、いつしかインタビューの難しさでも知られるようになった。

 良くも悪くもゴーイングマイウェイの選手だけに、トップランク/ESPNの強力タッグとしても売り出しは容易ではなかったのだろう。

 ESPNで全米中継されたブルック戦の視聴率は優れたものを出すかもしれないが、今興行ではメインの報酬だけで約600万ドルが費やされており、費用対効果としては微妙か。そして、上記したパッキャオ戦が組めなかった場合、今後もクロフォードを軸に据えたメガイベントの挙行は難しいのが現実。だとすれば、この期に及んではもうそれぞれ別の方向に進むのも悪くないのではないか。

 「問題は私たちがクロフォードを残留させたいと思うかどうかだ。(クロフォードの)過去3戦で私たちビバリーヒルズに美しい家が買えるほどの巨額を費やしてきた。クロフォードの実力を疑う者はいない。ただ、世界最高のオペラ歌手を抱えていても、ファンのサポートがなければ破産してしまうんだ」

 The Athleticの記事内で紹介されたボブ・アラムのそんな言葉は、クロフォードのプロモートの難しさと、近未来が不確かであることを指し示す。

 もちろんPFPトップ3の選手は自前の興行シリーズに格を付与してくれる存在ゆえに、流失となればやはり痛い。その一方で、トップランクは他にもタイソン・フューリー(イギリス)、テオフィモ・ロペス、シャクール・スティーブンソン(ともにアメリカ)、井上尚弥(大橋)、テイラーといったスター、スター候補を抱えており、クロフォードへの投資額を今後は彼らに費やすのもいいだろう。クロフォードがPBCに移籍し、スペンス戦などが成立するとすれば、それはファンにとっても喜ぶべき流れのはずだ。

 今後、誰にもメリットがあるそんな方向に進んでいくのかどうか。まずはパンデミックの行方とパッキャオ戦の交渉に注目である。それらがどんな結果になろうと、2021年はクロフォードにとってターニングポイントと言える年になることは間違いなさそうだ。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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