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ウバーリ対ドネアなど好カード発表の裏側とは ファンに希望を与えた米中継局の復活

杉浦大介スポーツライター
(写真:ロイター/アフロ)

ファン垂涎のラインナップ

 7月22日、多くのボクシングファンが笑みを浮かべたのではないか。

 この日、米東部時間で午後12時から開催されたオンライン会見で、プレミアケーブル局のショータイム(Showtime)が8月以降の放送ラインナップを発表。全部で9つの興行(8日間)は、多くの好カードを含む上質なものだった。

 特に9月26日のジャモール・チャーロ(アメリカ)対セルゲイ・デレビャンチェンコ(ウクライナ)戦、ジャーメル・チャーロ(アメリカ)対ジェイソン・ロサリオ(ドミニカ共和国)戦、10月24日のジャーボンテ・デイビス(アメリカ)対レオ・サンタ・クルス(メキシコ)戦、そして12月12日のノルディーヌ・ウバーリ(フランス)対ノニト・ドネア(フィリピン)戦などはファン垂涎のマッチアップ。その他にも多くの注目選手が名を連ねており、パンデミックの中でも今年後半を楽しみにさせるに十分なものだった。

 今後、ショータイムは当面のイベントをコネチカット州のモヒガンサン・カジノで挙行するつもり。ここに小規模の“バブル”を形成し、米国内の状況をみながら東西の主要都市での興行再開を睨んでいく方向だという。

 注:記事最後に全体のスケジュールが掲載されている。

”ボクシング放送終了か”との噂すらあったが

 隔世の感がある。わずか1年前、ショータイムは遠からずボクシング中継から手を引くのではないかという噂は業界内でもまことしやかに囁かれていた。プレミア・ボクシング・チャンピオンズ(PBC)の代理人アル・ヘイモンは、主要ファイトの本拠地をショータイムから地上波FOXに移したことは明白だったからだ。

 冷徹なビジネスマンであるヘイモンは著名な傘下選手を地上波に登場させて宣伝し、ビッグファイトのPPVで稼ぐという手法を半ば確立。おかげでショータイムはPBC内で2番手扱いとなり、カードの質低下は明白だった。この状況が続けば、一足先にボクシング中継から撤退したHBO同様、ショータイムは厳しい時間を迎えていたかもしれない。

 ところがーーー。新型コロナウイルスによるパンデミックの発生ゆえに、業界の流れは激変する。3月以降は全米の興行が一時的に中断。6月から再開はしたものの、依然として先を見据えたビッグイベントの計画は難しい状況が続いている。こんな危機的状況下で、息を吹き返したのがショータイムだった。

FOXよりもボクシングの比重が大きく、フレキシブル

 ショータイムはESPNやDAZNのようなスポーツ専門局ではないため、ライブスポーツが喉から手が出るほど欲しかったESPNとトップランクのように再開を急ぐ必要はなかった。映画、オリジナルドラマのアーカイブを豊富に備えているため、自粛期間中の実績も良好。おかげで社内の解雇の話などはまったく聴こえてきておらず、ボクシング中継の予算も確保されたまま、じっくりと再開プランを準備できた。

 ショータイムが中継するライブスポーツは基本、ボクシングのみ。MLBと巨額契約を結び、土曜夜にはその週の好カードを中継するFOXと違い、フレキシブルなスケジュールを用意できるのも大きかった。少なくともスポーツに関しては、ショータイムはボクシングを軸に据えたプログラムを組むことができたのである。

 前述通り、年間約5000万ドルとされるボクシング予算の大半が今年はまだ残っているため、コロナ対策にコストをかけた後でも、再開後はそれなりの報酬を提示できる。おかげでショータイムは今年後半、再びファンを納得させるだけのマッチアップが準備できたのだった。

 このような業界の事情は元HBOのエバン・ルトコウスキーをはじめとする一部の専門家によって語られており、ショータイムが2020年後半に好カードを揃えてくることは予想できないことではなかった。語弊を恐れずにいえば、少なくとも一時的に、コロナ禍による業界の変化はショータイムに幸いに働いたのである。

先行きは依然、不透明としても

 もちろん依然としてパンデミックの脅威は残っているだけに、発表されたばかりのイベントが予定通りに挙行されるという保証はない。12月のウバーリ対ドネア戦なども楽しみなタイトル戦だが、現状、年末の状況を予想するのは不可能というのが正直なところだ。

 また、ここでのショータイムの投資を過大評価すべきではないという意見もある。一見すると豪華なラインナップに見えるが、チャーロ兄弟の試合、デイビス対サンタクルス戦はすべて視聴者が追加料金を支払うPPV放映。これらのファイトを組んでも、実は局側の懐は痛むわけではない。そういった試合が軸に据えられているのであれば、短絡的に”ショータイム復活”と捉えるべきではないのは事実だろう。

 FOXも今年後半、エロール・スペンス・ジュニア(アメリカ)対ダニー・ガルシア(アメリカ)戦など、ウェルター級、ヘビー級で好カードを組んでくるという情報もある。だとすれば、PBC内の序列が逆転したなどと考えるのも早計すぎる。

 ただ・・・・・・たとえそうだとしても、一時は先行きが危ぶまれたショータイムのボクシングが、良質なシリーズを発表することで体力を証明したのは業界にとってポジティブなニュースのはずだ。

 少なくとも、今年いっぱいのプログラムをリリースした後で、このスポーツから撤退することはもうあり得ない。まだまだ先の見通しははっきりしない中でも、ボクシングファンに新たな希望を与えたといっても大袈裟ではあるまい。

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 ショータイムの今後のスケジュール

8月1日 

WBO世界スーパーバンタム級王座決定戦

スティーブン・フルトン・ジュニア(アメリカ)対アンジェロ・レオ(アメリカ)

8月15日 

WBC世界スーパーミドル級タイトル戦

デビッド・ベナビデス(アメリカ)対ロアメル・アングロ(コロンビア)

WBA世界ライト級暫定王座決定戦

ローランド・ロメロ(アメリカ)対ジャクソン・マリネス(ドミニカ共和国)

9月19日

スーパーウェルター級10回戦

エリクソン・ルービン(アメリカ)対テレル・ガウシャ(アメリカ)

フェザー級10回戦

タグ・ニャンバヤル(モンゴル)対エデュアルド・ラミレス(メキシコ)

ウェルター級10回戦

ジャロン・エニス(アメリカ)対 相手未定

9月26日 PPV興行

WBC世界ミドル級タイトル戦

ジャモール・チャーロ(アメリカ)対セルゲイ・デレビャンチェンコ(ウクライナ)

WBA世界スーパーバンタム級タイトル戦

ブランドン・フィゲロア(アメリカ)対ダミアン・バスケス(アメリカ)

WBC、WBA、IBF世界スーパーウェルター級タイトル戦

ジャーメル・チャーロ(アメリカ)対ジェイソン・ロサリオ(ドミニカ共和国)

WBA世界スーパーライト級タイトル戦

マリオ・バリオス(アメリカ)対ライアン・カール(アメリカ)

スーパーバンタム級10回戦

ダニエル・ローマン(アメリカ)対 相手未定 

10月10日

IBF暫定世界ウェルター級タイトル戦

セルゲイ・リピネッツ(ロシア)対クアドラティロ・アブドカハロフ(ウズベキスタン)

10月24日 PPV興行

WBA世界スーパーフェザー級、ライト級タイトル戦

ジャーボンテ・デイビス(アメリカ)対レオ・サンタ・クルス(メキシコ)

11月28日

WBA世界スーパーフェザー級暫定タイトル戦

クリス・コルバート(アメリカ)対ハイメ・アルボレダ(パナマ)

12月12日

WBC世界バンタム級タイトル戦

ノルディーヌ・ウバーリ(フランス)対ノニト・ドネア(フィリピン)

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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