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トリニダード、コット後継者が鮮烈KO劇 かつての王者候補ベルデホは再浮上できるか?

杉浦大介スポーツライター
Photo By Mikey Williams/Top Rank

7月16日  

ラスベガス MGMグランド ボールルーム・カンファレンス・センター

ライト級10回戦

フェリックス・ベルデホ(プエルトリコ/27歳/27勝(17KO)1敗)

TKO1回2分59秒

ウィル・マデラ(アメリカ/29歳/15勝(8KO)1敗3分)

デビュー当初を思い起こさせるKO劇

 どこか懐かしさを感じさせる鮮烈なフィニッシュだった。

 初回終盤、右アッパーを決めて相手にダメージを与えたベルデホは、豪快な左右フックで追い打ちをかける。パワフルなパンチをまともに浴びたマデラはニュートラルコーナー付近で沈み、ロバート・ホイル・レフェリーがカウント途中で試合をストップ。テレビ画面を通じてでも、迫力が伝わってくる種類の見事なKO劇だった。

 「落ち着いて、時間をかけて戦えた。まず相手がどんな風に仕掛けてくるか、どれだけのパワーを持っているかを知りたかった。それを知った後、手数を増やしていった。常に落ち着いて戦った結果、KOを手にできたんだ」

 試合後、27歳になっても屈託のない笑顔を残したベルデホはそう勝ち誇った。

 デビュー当初、通称“ディアマンテ”の試合はいつもこうだった。試合内容、結果、終了後のインタビューまで含め、台頭期はキラキラするような強烈な輝きを放っていた。この日のKO劇は、そんな日々を久々に思い起こさせる勝利だったのである。

島国の期待を浴びた少年

 「フェリックス・ベルデホという名前だけは覚えておいた方がいい」

 2012~13年頃、プエルトリカンのメディア仲間たちからよくそう言われたのをまるで昨日のことのように覚えている。ボクシングを愛する島国においても、フェリックス・トリニダード、ミゲール・コットの後を継ぐスター候補と目されていたのがベルデホだった。

 「ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)がアマ時代に戦った中で、最も強かった選手としてベルデホの名前を挙げていた」 

 トップランクのトッド・ドゥブーフ社長がそう証言していたのも有名なエピソードである。

 トップランクは2012年のロンドン五輪後にオスカル・バルデス(メキシコ)、ホゼ・ラミレス(アメリカ)、エスキバ・ファルカン(ブラジル)、村田諒太(帝拳)といった多くのオリンピアンと契約したが、その中でも最大級の期待をかけられていたのがベルデホだった。期待通りに成長していれば、童顔の若者は特にプエルトリカンの多いニューヨークでビッグスターになっていたことだろう。

 ところが、当初は破壊的なKOを連発していたベルデホの勢いは、2015年夏頃にはストップしてしまう。ケガ、不調に加え、2016年夏にはバイク事故を起こして入院。その過程で「練習不足」「慢心」「未成熟」といったネガティブな声ばかりが聞こえてくるようにもなった。

急停車の原因

 早いうちから名声とお金を手にし、慢心した部分はあったのだろう。アメリカ東海岸でのリング登場が多く、筆者も取材の機会は少なくなかったが、子供っぽさは確かに目についた。周囲を喜ばせようとするタイプで、サービス精神旺盛なのもマイナスに働いたのではないか。練習場所をプエルトリコ以外に移せという声にもなかなか耳を貸さず、“新たな希望”の停滞は続いた。

 2018年3月、ニューヨークでアントニオ・ロサダ(メキシコ)に10回TKO負けを喫してついに初黒星。この頃には台頭期の輝きの大半が消え失せてしまっていただけに、マディソン・スクウェア・ガーデン・シアターで味わった敗北は番狂わせではあっても、まったく予想できないものではなかった。

 一時は大きな注目を浴びたプロスペクトが急降下。その上昇と停滞の過程は、2000年代に期待を集めたフランシスコ・“パンチト”・ボハド(メキシコ)を彷彿とさせた。メジャータイトルは手にできなかったボハドのケースと同様、ベルデホのキャリアもこのまま終わってしまうのか・・・・・?

Photo By Mikey Williams/Top Rank
Photo By Mikey Williams/Top Rank

 ロサダ戦後は3連勝したものの、KO勝ちはなく、ジリ貧の雰囲気の中で迎えたのが今回のマデラ戦だった。後がない状況下で、無敗の選手を完全KOした勝利のインパクトは大きい。ベルデホの自信回復という意味でも貴重な勝利だったはずだ。

 こうして商品価値を多少なりとも回復させ、これからしばらくがキャリアの正念場となりそうである。

トップランクの思惑とベルデホの未来

 トップランクといえばボブ・アラム・プロモーターの存在感が目立つが、その底力は首脳陣の層の厚さにある。ドゥブーフ社長、カール・モレッティ副社長に加え、ブルース・トランプラー、ブラッド・グッドマンというマッチメイカー・デュオも強力。このカルテットは特にアマエリートの育成に定評があり、オスカー・デラホーヤ、フロイド・メイウェザー(ともにアメリカ)、そしてコットといった多くの選手たちをスターダムに導いてきた。

 逆にいえば、同社のブレーンに同じようにレールを敷いてもらった上で、それでも芽が出ない選手は何かが欠けているとみなされても仕方ない。ここまで期待外れに終わってきたベルデホは、すでにエリート路線から外れているのは周知の事実。最新の圧勝の後でも、もう後がない位置にいることに変わりはない。

 このまま浮上できなかった場合には、トップランクもこれ以上の投資をよしとはしないだろう。早い時期の方向転換を考えても不思議はない。その場合にはもうAサイド扱いはされず、テオフィモ・ロペス(アメリカ)のような有望株の対戦相手として不利な条件で起用されることになるかもしれない。

 そういった立ち位置まで落ち込まないためにも、向こう1年ほどが勝負か。再び対戦相手の質が上がるであろう次戦以降も、キャリア初期の輝きの片鱗を見せ続けることができるか。マデラ戦は悪い部分が出る前に終わった感もあったが、長いラウンドの戦いでも課題の集中力とスタミナ不足を矯正できるか。

 すべての後で、バネ、リズム、好調時の瑞々しさ、そして爽やかな笑顔など、ベルデホが魅力的な要素を数多く持ったタレントであることに疑問の余地はない。今春から組み始めたキューバ人トレーナー、イスマエル・サラスとの相性も良さそう。元スーパープロスペクトの真価と底力が今後数戦で問われる。

 一時はベルデホに大きな期待を寄せ、失速に落胆したプエルトリカンたちも、かつてのスター候補が再び飛翔を始めることを、心のどこかでいまだに夢見ているに違いないのである。

Photo By Mikey Williams/Top Rank
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スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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