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香川照之、稲川淳二、そして猫ロス…ボクシングカメラマン福田直樹氏インタビュー

杉浦大介スポーツライター
提供:福田直樹

福田直樹

●プロフィール

 1965年東京生まれ。ボクシングカメラマン。1988年よりボクシング専門誌の編集にライターとして携わり、2001年に渡米。カメラマンに転向。以後はネバダ州ラスベガスに拠点を置き、全米各地で年間約400試合を撮影し続けた。パンチのインパクト、決定的瞬間を捉える能力を本場で高く評価され『パンチを予見する男』とも称される。

 2008年、世界で最も権威がある米国の専門誌『リングマガジン』にスカウトされて、同誌のメインカメラマンを8年間務めた。『BWAA(全米ボクシング記者協会)』主催の年間フォトアワードにおいて、初エントリーから6年連続で入賞し、その間に”最優秀写真賞”を4度受賞。2012年にはWBC(世界ボクシング評議会)の”フォトグラファー・オブ・ザ・イヤー”にも選ばれている。

 2016年に帰国。現在は米国での経験を活かして、日本のボクシング、ファイターの写真を世界各地へ発信する活動に取り組んでいる。

 インタビュー前編

 井上尚弥、村田諒太、メイウェザーの凄さを「世界最高のボクシングカメラマン」福田直樹氏が語る 

ボクシングと音楽の関係とは

――日本に主戦場を移した最近はアメリカに来る機会も減ってしまったと思いますが、欧米の現役選手で撮りたいと思うのは誰ですか?

福田直樹(以下、NF) : 交通事故に遭ったエロール・スペンス・ジュニア(アメリカ)がどんな形で復帰するのかというドラマには興味がありますね。マッチメイクは難しいでしょうけど、スペンスとテレンス・クロフォード(アメリカ)戦が実現したらやはり撮影したいなと感じます。あと、アルツール・ベテルビエフ(ロシア)は一度も撮ったことがないんで、どんなパンチ力を持っているのかリングサイドで感じてみたいという思いはあります。

――ベテルビエフは近い距離から物凄く力のあるパンチを打つ選手なので、撮影が容易ではないタイプでしょうか?

NF : ベテルビエフの打ち方はそんなに綺麗ではないですが、どこに当たっても倒れてしまうという意味でゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)、セルゲイ・コバレフ(ロシア)のようなタイプ。確かに撮り難いかもしれないです。

――一概には言えないとは思うんですけど、これまで多くのボクサーを撮影してきて、日本と欧米、南米のボクシングの違いはどういったところに感じますか?

NF : 私はメキシコやプエルトリコの選手が好きだったんですが、そういう国の選手って様式美を求めるようなちょっと無駄な動きがあったりするんですよね。プエルトリカンの滑らかなんだけど引っかかるような、ぎこちないフットワークだったり。メキシカンは左ガードの上げ方、ボディの打ち方なんか特徴的ですよね。また、黒人には黒人ボクサーらしい動きがある。その動きからメキシカンだったらマリアッチ、プエルトリカンだったらレゲエトン、サルサ、黒人だったらヒップホップ、白人だったらハードロックとか、それぞれの音楽の影響が感じられるような気もします。一方、日本はもっと厳かというか、厳格、真面目ですよね。もちろん日本には日本の、アメリカにはない良さがあるので、どちらが良いとは言えないと思いますが。

――ラテン系の選手といえば、福田さんはエドウィン・バレロ(ベネズエラ)とも個人的な付き合いがあったんですよね。

NF : バレロは個人的に家族写真などを撮ったこともあったので、あのようなことになったのは非常にショッキングでした。普段からクレイジーといえたのかはわかりませんが、豪快なイメージはありました。握手をする時も、手がゴツくて大きくて、とんでもない握力でこちらの手を握ってくるんですよ。ジムでのスパーリングを見てても、当時評判の良かったプロスペクトを容赦なくバタバタ倒してました。相手が少し力を抜いているタイミングで、強打をバンバン打ち込んでいく感じ。凄まじい強さだなと思いました。それらは本能的なものだったのか、練習で身に付けたものなのか、わかりませんが。

――リングマガジンのダグラス・フィッシャー編集長も、マニー・パッキャオ(フィリピン)よりもバレロの方が強かったといまだに言ってますもんね。

NF : マルコ・アントニオ・バレラ(メキシコ)がパッキャオに負けた後の会見で、「パッキャオよりもっと強い奴がいるよ」とか言ってバレロを壇上に上げたことがありましたね。引退宣言したバレラが、「こいつがパッキャオを倒してくれる」と。おかげでパッキャオが不機嫌になってしまったんです(笑)

盟友・香川照之

――親友でありボクシング仲間でもある香川照之さんとの関係はこれまで様々なところで聞かれてきたと思います。もしも香川さんと出会ってなかったら、ボクシングへの熱は多少なりとも変わっていたと思いますか?

NF : もう全然変わっていたと思いますね。私のボクシング観は香川と一緒に作ったものがすべてと言ってもいいくらいです。ずっと2人で一緒に同じものを見てきて、ボクシング以外の話もしてきました。香川はたぶん何をやっても一流になれる人間で、いろいろな能力を持っている人。実は香川がOKを出すかどうかは、私の中でも1つの重要な判断基準だったりするんです。

――それは興味深い話ですね。もう少し詳しく話して頂けますか?

NF : 写真に関しても、原稿に関しても、これを発表して大丈夫なのかを思案した時に、高い価値観を持っている香川がOKを出すかどうかを考えてしまうんです。OKかそうでないかは紙一重ですが、その価値観の基準が香川と私の中にはあります。ボクシングの話が一番ですけど、ボクシング以外の話をする際にもありますね。そういう基準を持ってやってきたことが、これまでプラスに働いてきたと思います。

――原稿なり、写真なりを事前に香川さんに見せるという意味ではなく、2人の間には確立された判断基準、価値基準があるということですよね?

NF : はい、事前に見せたりしたことはないです。自分の中でOKが出たものは、後で香川に見せても「これはいいね」と言ってもらえます。一方でここはちょっと引っかかるなと思ったものに関しては、たいてい香川も同じことを言います。1つ違うのは、演技という大変な世界で生きてきた香川の方が、瞬時にその答えを出せるということ。私が1時間くらいかかるところを、5秒くらいで判断できてしまうんです。

――これまで香川さんと試合なりボクサーの評価なりで、意見が大きく分かれたことはありますか?

NF : まだ観戦旅行でベガスに行ってた頃なんですけど、ナジーム・ハメド(イギリス)対マルコ・アントニオ・バレラ(メキシコ)戦を観に行った時に、スポーツブックで私はハメドに、香川はバレラに賭けたんです。実は私の唯一の自慢は、ハメドを日本メディアに初めて紹介したこと。新婚旅行の際にパリでテレビを見てたら、まだ6回戦か8回戦時代の酔っ払いみたいな選手が出てきて、凄い運動神経を持っていた。それがハメドだったんです。日本に帰ってから自分のコラムにそのことを書いたこともあり、何となくハメドには思い入れがあったんですよ。一方、香川はスタイル的にバレラの方が好みだった。結局、ご存知の通り、やはり香川の方が正解でした(笑)

――なるほど(笑)。仕事ではなく、香川さんと一緒にベガスまでファンとして観戦に行っていたというのも凄い話ですよね。

NF : 他にもフェリックス・トリニダード(プエルトリコ)対フェルナンド・バルガス(メキシコ)とか、バルガス対アイク・クォーティ(ガーナ)とか、当時はチケットを買ってよく観戦旅行に行ってましたね。ハメド対バレラもその中の1試合でした。

写真提供:福田直樹
写真提供:福田直樹

猫を飼っているカメラマン

――話は変わりますが、以前、試合前の不安をかき消すためにあえて「稲川淳二の怖い話」を聞くと仰ってました。日本に帰ってからもそのルーティーンは続けてらっしゃいますか?

NF : あれは取材前に「リングサイドの撮影ポジションが貰えるか」という不安を消すために、もっと怖いものを聴こうという考えからやっていたことでした。当時は撮影位置がすべてと言ってもいいくらい、毎日不安だったので。今はおかげさまで常にリングサイドが頂けているので、そういう不安もなくなりました。ただ、稲川淳二さんは大好きなので、今では2、3日に一度は聞いています。新作をYou Tubeで探したりして。 怪談とか怖い話は大好きでいろいろなものを聞いているんですけど、何だかもう稲川淳二さんの声でなければしっくりこなくなってしまいました(笑)

――撮影ポジションの話もそうですが、アメリカで様々な経験、実績を積んだ後に日本の現場に戻ってきて、他のカメラマンからもリスペクトを受けていると感じることはありますか?

NF : そもそも私がリスペクトされるようなカメラマンなのかどうか・・・・・・。それにもともと日本の人たちは、アメリカ人ほどはっきりとそういった態度を表に出しませんし。ただ、日本に帰った時に、日本のカメラマン、メディアの仲間たちからはすんなりと受け入れてもらえたのは嬉しかったです。日本ボクシングコミッションの方々、業界関係者に関してもそれは同じでした。おかげでまったく嫌な思いをすることもなく、新たな活動をすることができました。

――今後、ボクシングカメラマンはいつ頃まで続けるつもりですか?

NF : もうずっと、ですね。出禁になるまで、でしょうか(笑)。今後、コロナウイルスの影響で撮影のあり方が変わる可能性はあるとは思いますけど、それでも私にとってボクシング撮影は一生続けるものだと思っています。

――すでに様々なことを成し遂げてこられましたが、今後にこれがやりたいという目標はありますか?

NF : アメリカで自分がやりたかったことはやらせて貰ったので、特に頭に浮かんでこないというのが正直なところです。だから目の前の1試合を大切にしていきたいです。これからも「日本のボクシングを世界に伝えていきたい」というのが基本で、それプラス、これまでアメリカでも作ってきてきたパイプや実績を生かし、できることをやっていきたいです。あともう一つやりたいのは、これは目標とは違うのかもしれないですが・・・・・・

――それは何でしょう?

NF : 猫をもう一度、飼いたいんです。ラスベガスで里親になったロシアンブルーのバンビが去年、死んでしまったんです。これまでどんなに辛い時でも猫が救ってきてくれました。そんな猫がいなくなり、我が家はみんな猫ロスです。娘は「バンビが可愛そうだからまだちょっと」と言ってるし、妻もバンビが病気になった時の記憶が怖いらしく、まだ次の猫が飼えない状態なんです。私も写真を撮りながら、「帰っても癒されるものはないんだな」と考えてしまったり。だから、いつかまた「猫を飼っているカメラマン」になりたいというのが今の希望です。

●福田直樹の主な受賞歴

『BWAA(全米ボクシング記者協会)』2010年度・アクション部門・最優秀写真賞受賞

『BWAA』2011年度・アクション部門・最優秀写真賞受賞

『BWAA』2011年度・フィーチャー部門・第2位

『WBC』2012年度「フォトグラファー・オブ・ザ・イヤー」受賞

『BWAA』2012年度・アクション部門・佳作賞

『BWAA』2013年度・フィーチャー部門・最優秀写真賞受賞

『BWAA』2013年度・アクション部門・佳作賞

『BWAA』2014年度・アクション部門・最優秀写真賞受賞

『BWAA』2014年度・フィーチャー部門・佳作賞

『BWAA』2015年度・アクション部門・第3位

『英国ボクシングニュース』2016年度「ショット・オブ・ザ・イヤー」受賞

『BWAA』2018年度・フィーチャー部門・佳作賞

『BWAA』2019年度・アクション部門・佳作賞

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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