村田諒太が運命の五輪イヤーに語った――キャリア最大の戦いと金メダリストの生き方

(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

 WBA世界ミドル級王者・村田諒太(帝拳)にとって、2020年が極めて重要な1年になることはもう間違いない。

 日本ボクシング史上空前のビッグファイトが現実的なものとなっている。村田のターゲットは、4階級制覇王者のサウル・“カネロ”・アルバレスとIBF王者のゲンナディ・ゴロフキンという2人の世界的なスーパースター。1試合ごとに約3500万ドル(約37億円)を受け取るメキシコ人の英雄カネロ、2016年まで17戦連続KO防衛を果たしたカザフスタンの怪物ゴロフキンとの対決が日本で実現すれば、長く語り継がれるような特大イベントになるだろう。

 五輪、プロの両方で王者に輝いた村田が、東京オリンピックが開催される年にキャリアのハイライトを迎えようとしているのは運命的にも思える。大切な2020年を迎えるにあたり、村田に今後への決意と東京五輪についての思いを尋ねた。

撮影・倉増崇史
撮影・倉増崇史

――2019年は7月にロブ・ブラントとの再戦、12月にはスティーブン・バトラーとの初防衛戦に勝ち、世界的スーパースターとのビッグファイトの期待がかかる位置まで辿り着きました。ブラントとの初戦に敗れて無冠だった1年前と比べ、遠くまで来たなという感じはありますか?

村田諒太(以下RM):1年前の僕と今の僕が戦ったら、話にならない展開で今の僕が倒して勝つと思います。そういった意味では、成長できたなと感じています。遠くに行ったとか、元に戻ったとか、直線的な距離の問題ではなく、ただボクサーとして強くなったという感じ。パワーを生かす怖いボクシングができているんじゃないかと。自信もついてきましたね。

――キャリア最大の一戦が近づいていると報道されています。もちろん交渉がどうなるかはわかりませんが、標的とされるゲンナディ・ゴロフキン、サウル・“カネロ”・アルバレスとの対戦が実現するとして、この試合は村田選手の中でどういった位置付けになるのでしょう?

RM:終わってみないとわからないですね。ロンドン五輪のときは、オリンピックがすべてだと思っていました。取れるかな、いや絶対に取るんだっていう夢と目標の合間のような位置にあったのが金メダルでした。それを達成して、よし完成した、26歳にしてボクシング人生は終わったと感じたんです。しかし、そこからまた8年もやっているわけですから(笑)。そんな感じで、後から見たときに「これがゴールだった」「これがターニングポイントだった」とわかるんじゃないですかね。スティーブ・ジョブズの「コネクティング・ドット」って有名なスピーチがあるじゃないですか。後から点と点を繋げて線になっていくっていうあれです。僕の1戦1戦もドットの1つ。ただ、(ゴロフキン、カネロとの試合は)ものすごく濃いドットであるのは確かだと思います。

――これまで多くのボクサーを見てきましたが、日本での五輪金メダリストの位置付け、ミドル級のレベルなどを考慮しても、村田選手は重いものを背負って戦っている選手だなと感じてきました。もし世界的なビッグファイトが実現すれば、これまでで最も解放されて戦えるんじゃないかなとも思ったんです。

RM:ああ、なるほど。確かに今回のバトラー戦はプレッシャーはありました。精神的にしんどかったです。戦力的に比較しても僕が上でしょうし、だからこそ良い形で勝たなければいけなかった。そういう気持ちでやる試合はつらいですね。(12連続世界王座防衛の)山中慎介先輩も「ずっと防衛していくのはつらい」って同じことを言ってました。(アンセルノ・)モレノとの第2戦とか、(ルイス・)ネリが相手だったらモチベーションは上げられるけど、普通の防衛戦はつらいってことを話していて、すごく気持ちはわかりますね。そういったことから考えて、仰るように、いい意味でも、悪い意味でも、開き直って、気持ちよく試合ができるのはビッグファイトの方だと思います。

カネロは最強、ゴロフキンは“ラスボス”

――ゴロフキン、カネロという2人についての印象を聞かせてください。まずゴロフキンとは村田選手から見てどんなボクサーですか?

RM:ゴロフキンは僕の中で“ラスボス”で、クリーンなところが真っ先に頭に浮かびます。アスリートである以上、クリーンであるべき。この競技において、禁止薬物の使用はあり得ない。本来一番厳しくしなければいけない競技で、一番緩いというあり得ない現実がある。そんな中で、ゴロフキンはクリーンなことが素晴らしいと思います。一緒にキャンプもさせてもらいましたけど、人間的にも優れていますね。

――ボクサーとして卓越した部分は?

RM:パンチ力はすごいですよ。あと瞬発力みたいなのもすごいです。昔、彼のキャンプに参加した時に見たんですけど、ゴロフキンはバスケットボールのコートに足を伸ばして座って、手だけの力で3Pラインの後ろからシュートを決めてしまうんですよ。僕も他の選手も誰も入らない。ゴロフキンだけ楽々と届いちゃう。持っているバネは特別なものがあると感じましたね。

写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ
写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

――一方、カネロはイメージ的にゴロフキンほどクリーンではないですし、思うところもあるとは思います。ただ、ここではとりあえずそれは置いておいて、カネロの戦力で印象に残るのはどういったところですか?

RM:フィジカルの強さに裏付けられたものだと思うんですけど、ディフェンス技術はすごいです。連打も速いし、回転力もあるし、ボディワークもうまい。あの土台の強さはまるで戦車が攻めてきているみたい。まあ今、ミドル級では一番強いでしょう。 

――当初はオフェンスが目立つファイターでしたけど、途中から防御中心に印象が変わりましたね。(2013年に)フロイド・メイウェザーに負けたあたりからでしょうか。

RM:ディフェンスが目立ち始めたのは、メイウェザーに負けた後からでしょう。ゴロフキンとの1戦目(2017年9月)では押されたら下がってしまい、スタミナがないと思ったんですけど、再戦(2018年9月)では逆に前に出て行って、スタミナは続いてましたよね。それまではミドル級での実績は確立されてなかったのに、ゴロフキンとの2戦目で何かを掴んだ感じでした。 

――やはり現在のミドル級ではカネロが最強でしょうか?

RM:実力的にはそう思いますね。まだミドル級まで体重を落とせるなら、ということですが。

――カネロ戦を視野に入れた場合には、そのウェイト面が問題になってきます。スーパーミドル級の対戦でも構わないですか?

RM : 大丈夫ですよ。168パウンド(のスーパーミドル級)でもいいし、カネロ側の主導で165パウンドのキャッチウェイトでも構わないです。

撮影・倉増崇史
撮影・倉増崇史

――大一番が実現するとして、開催地は日本の方がいいですか?

RM:別にどこでもいいですけど、日本の方がいいです。日本を盛り上げたいという気持ちが僕には常にあります。ボクシングは僕を助けてくれたし、日本のボクシングを盛り上げるためには日本でやる必要がある。人間の関心ごとってどうしても外には向かず、内なんですよ。関西でやれば関西、関東でやれば関東、東北でやれば東北のテレビ視聴率が上がる。海外の放送を日本時間に合わせてやったとして、関心は低いんですよね。関心を高めていくことを考えたら、ビッグファイトは国内でやった方がメリットは大きいんじゃないかなと思います。

――海外、日本の両方で活躍してきたアスリートならではの意見ですね。

RM:もちろん広い世界を見ることも大事なんですが、小さいところでも、良い影響を与えている人間にはそれだけの影響力がある。世界、世界っていうけど、自分が生まれた日本に還元できるっていうのはものすごく幸せなことなんじゃないかなと。今の僕はそれでいいんじゃないかと思うんです。

「五輪が人生を変えてくれるわけではない」

――日本開催といえば、東京五輪も今夏に迫っています。元金メダリストとして、地元開催の五輪にどんな形で関わりたいですか?

RM:26歳まで何者でもなかった村田諒太は、オリンピックからいろいろなものをもらいました。25歳の時に世界選手権で銀メダルを取ったんですけど、実際には五輪の金メダルがこの8年間の僕を作ってくれた。何者でもない僕を何者かにしてくれたんです。今でも選手として出場しないのかと聞かれることがあるんですけど、僕はもうアマチュアの選手たちからチャンスを奪い取ってはいけないと思うんです。僕の経験からいろんなアドバイスができると思うので、あくまでサポートする形で関わりたいですね。

――メダルに近い位置にいる選手にアドバイスを送るとすれば、何と伝えますか?

RM:外国人の真似をするなと言いたいです。海外に行って強い選手を見ると、みんな真似をしようとする。それで良くなった日本人選手は見たことないです。もちろん吸収すべきところはあるけど、日本人には日本人に合ったスタイルがあって、そこで勝負すべき。こうやったら通じるというものを自分たちで見つけ、それを守りながら、(海外の強豪の)攻略法を見つけて欲しいですね。

――日本における五輪の熱気はすごいものがありますが、戦う選手にかかるプレッシャーもやはりすごかったですか?

RM:僕の場合は48年ぶりの金メダルがかかっていたので、メダリストになりたいという欲から、自分に重圧をかけていました。自身がすごいことをやっているという思い込みがプレッシャーになっていた。本質的には周りがじゃなく、自分が作り出した幻影に惑わされましたね。

写真:ロイター/アフロ
写真:ロイター/アフロ

――振り返ってみて、オリンピックの魅力とは?

RM:五輪って一番強い奴が金メダルを取るわけではなくて、本当に運と縁なんですよね。もちろん準決勝くらいまでいけるだけの最低限のレベルがないと、運も縁も得られない。それだけの実力は絶対的に必要です。ただ、あとは運と縁だと思いますし、そのあとに得られるものがすごい魅力なんです。

――“そのあと”とは具体的にはどういうことでしょう?

RM:五輪によって人生は変わるんですけど、五輪が変えてくれるわけではないんです。自分たちが夢見てきた金メダルというのは、切磋琢磨して、高いレベルのものを勝ち抜いていって、縁があって取れた奇跡のようなもの。それでも金メダルを取って手元に何が残るかというと、メダルと報奨金くらい。えっ、と思っちゃうんですよね。自分が思っている五輪金メダルの評価と、金銭的なものも含めた世俗的な評価、得られる名声とかには差があって、水ものだということを教えられてしまうんです。そこに寂しさがあり、僕もその気持ちがゆえにプロ入りしたっていうのが間違いなくあると思います。でも五輪は“きっかけ”にはなる。そのきっかけをうまく使えたら、魅力も大きくなるんです。五輪の魅力を語るとすれば、メダルを取ったあとの行動が大事だという気がします。

――金メダルそのものよりも、そこで得られた人間関係とかが役に立つ部分があるのでしょうか?

RM:人間関係が急に広がり、人脈もできます。そういうのを先にどう繋いでいけるか。だから五輪はゴールではなくスタートです。その経験を自分自身がどう使っていくかなんだ、というのをわかっていると大きいですよね。

――金メダルを獲得した8年前の自分に声をかけるとしたら、どんなことを伝えますか?

RM:この8年間を振り返っても、まったく後悔はないんです。もちろん今の僕は世界王者という立場なのでそう言えるのは当たり前なんですけど、他の選手を見ても、金銭的に安定している人と、金銭的に安定してなくても夢を追いかけている人の間で、幸せの優劣はつけられないんですよね。本当に夢を追いかけた人は、本人が願うほど成功してないにしてもそこに対して後悔はないんです。だから8年前の僕にも、「挑戦しろ」「やってみろ」とパンっと尻を叩いて言うと思いますね。そんなにいつもうまくはいかないけど、人生は悪くないよ、と。(笑)

2019年12月24日、帝拳ジムにてインタビュー実施。

撮影・倉増崇史
撮影・倉増崇史

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】