Yahoo!ニュース

テレンス・クロフォードがアミア・カーンを撃破 それでもスペンスとのウェルター級頂上戦実現が難しい理由

杉浦大介スポーツライター
Photo By Mikey Williams / Top Rank

4月20日 

ニューヨーク マディソン・スクウェア・ガーデン

WBO世界ウェルター級タイトル戦

 

テレンス・クロフォード(アメリカ/31歳/35戦35勝(26KO))

6回47秒TKO

アミア・カーン(イギリス/32歳/33勝(20KO)5敗)

カーンの落日

 これまで勝っても負けても常にわかりやすい結果を演出してくれたカーンのファイトとしては、珍しく見ているものにフラストレーションを感じさせる終幕だった。

 第1ラウンドに右カウンターでダウンを奪われた英国人は、その後も万能派クロフォードの前に終始劣勢。全盛期は電光石火だったスピードも衰えは否めず、今が旬の王者に対抗するだけの武器がないことは明白だった。

 6ラウンド途中、クロフォードの左アッパーをベルトラインよりも遥か下に受けると、カーンはそのまま背を向けてしまう。しばしの休憩後、カーンのコーナーが棄権を決断。ここで王者のTKO防衛が宣せられ、殿堂MSGに集まった14.091人のファンからブーイングを浴びせられる結果になった。

 最終的にはバージル・ハンター・トレーナーが責任を負った形だが、戦意を見せなかったカーン本人が「Quitter(諦めてしまう人)」と罵られても仕方ない。

 過去のカーンはワンパンチで倒されることはあっても、ファイトを通じてここまで圧倒された経験はなかった。明白な実力差を見せつけられ、絶望感を感じたはず。このまま続けてもダメージを積み重ねるだけで、万に一つの勝機もないと考えたのだろう。

 圧倒的なスピード、無鉄砲なまでの負けん気、ガラス細工のような打たれ弱さをすべて持ったカーンは、多くの思い出深いファイトの主役になってくれた。負けっぷりの良さも魅力の1つで、現代ボクシングの貴重な役者だったことは間違いない。しかし、もともと毀誉褒貶の激しいカーンは、今戦でアンチに格好の材料を与えてしまった感がある。持ち前の身体能力の低下も相まって、今後に商品価値を元の位置まで戻すのは簡単ではなさそうだ。

盤石のクロフォード

 ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)と現役最強を争うクロフォードにとっては、まずは予定通りの内容での圧勝だった。スロースターターとして知られる王者が初回から見せ場を作り、以降も左右に自在にスイッチしながら余裕の試合運び。多少の被弾はあっても、危うさを感じさせるシーンはゼロ。決着がローブローだったのは残念だったが、いずれにしてもKO勝利は時間の問題に思えた。

 ジェフ・ホーン(オーストラリア)、ホゼ・ベナビデス・ジュニア(アメリカ)を相手にしたウェルターでの過去2戦ではサイズ、馬力でやや見劣りしたが、今戦ではそういった印象はなかった。3階級目への適応も完遂しつつあるのだろう。

 年齢的にも脂が乗った今、ネブラスカのスピードスターは競技者としての全盛期の真っ只中にいる。タイプ的にも格下に取りこぼす可能性は著しく低い選手だけに、余計によりハイレベルの相手との戦いが見たいもの。もっとも、クロフォードに関しては、マッチメイクこそが最も難しい部分になる。

ウェルター級頂上決戦の行方

 「次に戦いたいのはエロール・スペンスだ」

 カーン戦後のリング上でクロフォードはそうまくしたてた。

 クロフォードとIBF同級王者エロール・スペンス・ジュニア(アメリカ)との対戦こそがウェルター級の頂上対決であることに異論のあるファン、関係者はもう存在しないだろう。2人合わせて60戦全勝(47KO)。シュガー・レイ・レナード(アメリカ)対トーマス・ハーンズ(アメリカ)を彷彿とさせる今がピークの黒人王者同士の激突は、クロスオーバーの話題を集めるはずだ。

 ただ、この試合を成立させるのは容易ではない。ご存知の通り、クロフォードはトップランク/ESPN、スペンスはPBC/FOX、Showtimeの所属であり、この違いが重くのしかかる。共同PPVでの開催は可能だが、まだ両サイドが莫大な利益を得るレベルのメガファイトではない。

 「私たちはスペンス戦を行いたい。みんながその試合を望んでいる。それを止めようとするものが一人だけいて、それがアル・ヘイモンだ」

 ボブ・アラムのそんな言葉をヘイモンとPBC幹部は軽く聞き流すだろう。

 本人同士は実際にすぐにでも戦いたいだろうし、ウェルター級では駒不足のトップランクも同様だとしても、ヘイモン側にはリスキーな一戦に飛びつく理由はない。ショーン・ポーター、キース・サーマン、ダニー・ガルシア(すべてアメリカ)、マニー・パッキャオ(フィリピン)といった自前のウェルター級勢とスペンスを順番に対戦させる方が、PBCにとってははるかに割の良いビジネスだからだ。

 背景的にはレナード対ハーンズに相似する一戦は、ビジネス面ではフロイド・メイウェザー(アメリカ)対パッキャオ戦を思い起こさせる。もちろんそれは良い兆候ではない。2015年に6年越しでようやく実現した“世紀の一戦”同様、新たな最強決戦はなかなか話が進まず、ファンを苛立たせることになる可能性が高いように思えるのだ。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

杉浦大介の最近の記事