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【NBA】ギャレット・テンプル(キングス) 30歳にして年俸7倍増の3年契約を手に入れた努力家の職人

杉浦大介スポーツライター
(写真:USA TODAY Sports/アフロ)

ギャレット・テンプル(サクラメント・キングス)

1986年5月8日生まれ、30歳

ルイジアナ州バトンルージュ出身 ポジジョンはSG

カレッジ時代はルイジアナ州立大学で4年を過ごし、2006年にはファイナルフォー進出に貢献。2009年のNBAドラフトでは指名を受けず、以降も10日間契約、解雇、Dリーグを往復するという厳しいキャリアを余儀なくされた。しかし、2012年に入団したワシントン・ウィザーズでは守備面の貢献とリーダーシップを認められ、2015〜16シーズンは80戦(43戦に先発)に出場。常に最低年俸だったが、FAになって迎えた昨年7月にキングスと3年2400万ドルの契約を結んだ。

ディフェンスが持ち味

ーー若い選手が多い現在のチーム内で自分の役割をどう定義する?

GT:多くのことをこなしていきたいと常に考えている。まず第一にディフェンダーとして貢献していきたい。ディフェンスこそが僕のプライオリティであり、攻撃面では機会に応じたロングジャンパーでフロアを広げることを心がけている。攻守両面で様々な形でチームに足りないものを供給するのが僕の役割だ。

ーー多くのことをこなす中で、自分でも誇りに思っている長所は?

GT:やはり守備力だね。PG、SG、SFに積極的にプレッシャーをかけていく。複数のポジションを守れる使い勝手の良さこそが僕の持ち味だ。

ーーカレッジ時代にはグレン・デイビス、タイラス・トーマスといった選手たちとチームメートだった。彼らはすでにNBAを去り、脚光を浴びることが少なかったあなたが最も長くNBAで生き残っていることに関して思うことは? 

GT:クレイジーだね。最近もそんな話を誰かとしていたところだ。2006年にファイナルフォーに進んだチームを思い出せば、その中でNBAで最後まで残るのが僕だなんて誰も思わなかったんじゃないかな。みんなグレン・デイビス、タイラスの方が長持ちすると思ったはずだ。僕は幸運であり、同時にハードワークが報われたのだろう。このリーグで長くプレーするにはハードワークが不可欠だということだ。

ーーデイビスとは今でも連絡を取り合っている? 

GT:彼らとはよく話しているよ。グレンも良いキャリアを過ごした。NBAで7、8年をプレーしたのだから、そのキャリアの長さは平均以上だ。

チームプレーヤーとしての確立が目標だった

ーー“自分は縁の下の力持ちであるべきだと高校時代に気づいた”といった記事を読んだことがある。キャリアの早い時期にそう思えるのは聡明さの表れではあるけれど、スターではないと認めるのは辛いことではなかった? 

GT:そんなことはなかったよ。僕はもともとアンセルフィッシュな性格なんだ。しっかりした両親に規律を持って育てられたのが大きかったのだろう。(ルイジアナ州で)地域活動に従事する両親の姿を見ながら育った。そんな僕にとって、アンセルフィッシュにプレーするのは当然のことだった。チームプレーができる選手になることが目標でもあった。

ーーここまでは容易な道のりではなく、NBAロックアウトがあった2011〜12シーズンにはイタリアリーグでもプレーした。イタリアで印象に残っているのは?

GT:5日間に8度も練習したことだ。練習量はとてつもなかったね。実は僕のエージェントは海外のチームの事情をあまり知らなくて、おかげで1週間に1度しかゲームをプレーしないチームに行くことになった。合間はずっと練習で、コーチはクレイジーなほど厳しい人だった(笑)。最も印象に残っているのは凄まじい練習量で、それが最大の驚きでもあった。

ーーうーん、日本の練習量はもっと上かもしれないけど。イタリアでの練習時間はどのくらいだった?

GT:1日5時間くらいだったかな。練習は1日2度行われ、2時間半ずつだったと思う。他の国の通例は分からないけれど、僕にはとても多いように思えたんだ。

ーー昨季まで常にリーグ最低年俸で、容易な道のりはなかっただろうと想像出来る。2011年までは10日間契約、解雇、Dリーグでのプレーを繰り返していたわけだけど、バスケットボールのキャリアを諦めようと思ったことは? 

GT:最悪だったのは、2012年のトレーニングキャンプでマイアミ・ヒートから解雇されたときだった。僕はチームに残れてしかるべきだと思っていたけど、前年もヒートに属していた選手の方が選ばれた。そのときは“NBAはビジネスに過ぎないんだ”と感じ、それは我慢ならなかった。ここにいるよりも、海外でプレーしてお金を稼ぎ、バスケットボールのキャリアを終えようという考えも頭をよぎった。その一方で、バスケットボール自体を辞めようと思ったことは一度もなかった。

遅咲きの努力家

ーーその後も地道に実績を積み上げ、昨オフ、30歳にしてキングスと3年2400万ドルの契約を手にした。達成感はあったと思うけど、興奮と安堵のどちらが大きかった?

GT:やはりエキサイトしたね。これまでハードワークを続けて来たおかげで、とうとう保証のある契約を手に入れることができた。長い道のりだった。しかし、それだけの価値のある日々だった。これまで苦労したからこそ、今回の複数年契約は僕にとってより甘美なものになったんだ。そうやって喜ぶ一方で、これで満足せず、あと5年はプレーしたいと決意を新たにすることもできた。 

ーー現時点での目標は? 

GT:プレーオフに出ることだ。これまでもそれが目標だった。プレーオフ進出を助けるためのベテランコアの一人としてここに呼ばれたんだと考えている。キングスのカルチャーを変え、プレーオフの舞台に立ちたい。

ーーあなたはコーチになるべき人材に思えるけど、引退後に指導者の道を歩むことも考えている? 

GT:考えたことはあるよ。しかし、これまで学んできたのは、コーチは物事が上手くいかないときにまっさきに解雇されてしまう立場だということ。だからフロントオフィスの方が良いかな(笑) 

ーー(笑) 

GT:もちろんまだそこまで真剣に思いを巡らせているわけではない。ただ、周囲の人も同じことを言ってくれてきたし、コーチのキャリアを考えることはある。選手としてのキャリアが終わったときにまた改めて模索することになるのだろう。

ーーとても辛抱強く、経験豊富な人材は海外からも引き手があるはずだ。いつか指導者として日本のバスケットボールの発展にも貢献して欲しい(笑) 

GT:ああ、分かったよ(笑)

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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