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映画「クリード チャンプを継ぐ男」がボクシングファンにも好評な理由

杉浦大介スポーツライター

名作シリーズ中でも興収では最高のスタート

映画「ロッキー」シリーズの9年ぶりの最新作であり、ロッキーが脇役に回ったスピンオフ作品「クリード チャンプを継ぐ男」が好評を博している。

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11月24日に封切られ、週末の3日間で興行収入3600万ドルとシリーズ中最高の好スタート。 12月13日時点ですでに7930万ドルの興収と、3500万ドルの予算で作られた作品は予想を上回る数字を叩き出している(日本では12月23日公開予定)。

ロッキーの宿敵、親友だったアポロ・クリードの息子アドニスが、生きがいを見出せぬまま余生を過ごしていたロッキーの前に現れる。ロッキーはアドニスのトレーナーになることを承諾し、2人は二人三脚で世界を目指す・・・・・・

この情緒たっぷりのストーリーの新作は、米評論サイト「Rotten Tomatoes」では支持率93%を記録。69歳のシルベスター・スタローンはゴールデン・グローブ賞で助演男優賞にノミネートされた。

何より特筆すべきは、今回の「ロッキー」は熱心なボクシングファンからも極めて好意的に捉えられていることだ。筆者の周囲にも、現時点で「クリード」にネガティブな反応のファン、メディアはまったく存在しない。その最大の理由は、ファイトシーンに迫力を出したことだろう。

(注/以下、ストーリー、核心に迫るエピソードは記していませんが、登場人物などの情報を知りたくない方は読むのはお止め下さい)

現役ボクサーたちの起用が成功

「ロッキー」シリーズ、特に1〜4の最大の欠点は、ボクシングの試合の場面が余りにもリアリティに欠けることだった。ディフェンスらしきものは基本的にゼロ。まずアポロのコンビネーションをロッキーがノーガードのまま顔面で受け止め、それが終わると今度はロッキーの放つ連打がすべてヒットする。アゴを突き出したまま打たれ続ける予定調和の戦いは見るに堪えなかった。

ボクシングに造詣の深いはずのスタローンが、なぜこのようなファイトシーンに甘んじたのか理解に苦しむ。特に普段から本物のボクシングに親しんでいる人間には、どうしても荒唐無稽に見え、軽く白けてしまう。ドラマ部分の素晴らしさを認めながら、筆者が「ロッキー」シリーズを最大限に愛せなかったのはそれが要因だった(もちろんボクシングマニアの中にも熱狂的な「ロッキー」ファンは数多く存在するが)。

しかし、「クリード」ではそこが見事に改善されている。アドニスを演じた主演のマイケル・B・ジョーダンのスキルも未経験者としてはまずまずだ。

そして、公式、非公式を問わず、主人公が今作品内で経験する3番勝負の相手役を演じる俳優に、アンドレ・ウォード(元WBA、WBC世界スーパーミドル級王者)、ガブリエル・ロサド(スーパーウェルター、ミドル級世界ランカー)、トニー・ベリュー(ライトヘビー、クルーザー級世界ランカー)という3人の現役ボクサーが起用されたことは正解だった。おかげで、ファイトシーンのみならず、ジムでの様子、会見での振る舞い、試合時の物腰など、すべてにリアリティを出すことに成功したのである。

中でもパウンド・フォー・パウンド最強王者を演じるベリューが良い。地元で絶大な人気を誇る無骨なトラッシュトーカー。往年のカール・フロッチを彷彿とさせるイギリスの勝気なボクサーを巧みに演じている。

クライマックスのファイトシーンは、HBOのジム・ランプリー、マックス・ケラーマンが本人役で実況、解説を担当。さらになんとお馴染みのドキュメンタリー番組「24/7」までが挟まれ、リーブ・シュライバーが独特の落ち着いたナレーションを繰り広げる手際の良さである。

その他、リアリティにこだわったと思える描写は数多い。ウォードが演じた選手は結局はビッグファイトをキャンセルし、訴訟を起こすというのは実際のキャリアのパロディか。また、イギリスで行われる最後の試合での派手な入場シーンなど、英国ファイターの嗜好を熟知するボクシングファンはニヤリとせずにはいられないはずだ。

シリーズさらに継続も?

実は2006年に公開された「ロッキー・ザ・ファイナル」から、リアリティ追求の傾向は見られていた。前作も相手役にアントニオ・ターバーが抜擢され、HBOも協力。また、「ロッキー」シリーズとは無関係だが、今夏に公開されたボクシング映画「サウスポー」でもランプリー、ロイ・ジョーンズがHBOの放送席に座っていた。

この2作はリアルではあったものの、ストーリーに深みがなかったがゆえに大ヒットには繋がらなかった。ただ、2013年には「フルートベール駅で」で評判を勝ち得たライアン・クーグラーが監督を任されたロッキー最新作には、そんな不満は存在しない。

「クリード」はキャラクターの掘り下げが実に上手くいっており、ドラマ性は抜群。中でもスタローンは年老いた元王者を抜群の上手さで演じており、ゴールデン・グローブ賞から評価されたことも納得だ。

伝統のトレーニングシーンも見せ場の1つになっている。ロードワーク時に地元の人々から歓声を浴びるシリーズではお馴染みの場面は、漫画「はじめの一歩」の千堂武士の登場時にも引用されたほど。そして、「クリード」でもその新バージョンが展開されている。やや感傷的だが、このドラマチックなロードワークこそが、筆者の今作最大のお気に入りシーンとなった。

長々と絶賛してきたが、もちろんすべてが完璧というわけではない。タイトル戦前だというのに、立会人もなしにボクサーが一人でバンテージを巻くシーンは現実に即していない。スパーリング時、ヘッドギアも着用せずにKOされてしまう場面の不可解さを指摘するライターもいた。

ただ、そういったマイナス材料を差し引いても、「クリード」の完成度は素晴らしい。オリジナルの「ロッキー」の衝撃を超えるものではやはりなくとも、洗練の度合いでは上。そして、やや漫画的になっていった3以降では明らかにベストの作品という評価には同意できる。

詳しくは書かないが、今作中にはロッキーの今後の人生に陰を落とすエピソードもあった。そんな物語も枕になり、さらなる続編が作られても不思議はない。特に今回のヒットの後だけに、アドニスを看板に据えた新シリーズ開始の予感も漂ってくる。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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