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“ブルックリン・ダービー”は到達点ではない 〜WBA世界ミドル級タイトル戦 ジェイコブス対クイリン

杉浦大介スポーツライター

Photo By Rosie Cohe/SHOWTIME

12月5日 ブルックリン

バークレイズセンター

WBA世界ミドル級タイトル戦

王者

ダニエル・ジェイコブス(アメリカ/28歳/40勝(33KO)4敗)

ピーター・クイリン(アメリカ/32歳/32勝(23KO)無敗1分)

友人同士の地元決戦は一見すると”おとぎ話”だが・・・・・・

「ニューヨークで開催できる最高のファイトの1つだ。ブルックリンのプライドがかかっている。ミドル級の今後を占う上においても重要な一戦だよ」

10月7日にマンハッタンで行われたジェイコブス対クイリン戦のキックオフ会見で、興行のプロモーターを務めるルー・ディベラはそうまくし立てた。

WBAのタイトルホルダーであるジェイコブス、元WBO王者のクイリンとの対戦が好カードであるのは事実だろう。ともにブルックリン在住の友人同士が、地元アリーナで雌雄を決するというサブプロットもある。一見すると、ほとんどフェアリーテイル(おとぎ話)。東海岸の新たなメッカとして定着しつつあるバークレイズセンター開催ということもあり、かなりの観客を動員するのではないか。 

「この1戦を2年間も望んできたけど、機が熟さねばならなかった。2人とも立場を確立した今こそがベストのタイミングだよ」

会見の壇上に立ったジェイコブスも笑顔を見せた。

ただ・・・・・・当事者たちの言葉とは裏腹に、地元以外のボクシングファンはこのカードにそれほどエキサイトしていないのが現実でもある。

本当に”機は熟した”のか

脊椎の骨肉腫を乗り越えて話題を呼んだジェイコブスは、昨年8月にジャロッド・フレッチャーとのWBA王座決定戦に勝って悲願の初タイトルを奪取した。ただ、この試合はゲンナディ・ゴロフキンのスーパー王者昇格に伴って組まれたもの。その一戦を制したジェイコブスは、“チャンピオン(王者)”というよりも“タイトルホルダー(タイトル保持者)”の一人に過ぎない。

ミルトン・ヌネス、フレッチャー、カレブ・トゥルアックス、セルジオ・モーラと続いた過去4戦の対戦相手の質ももう一つ。ヒートアップを続ける現在のミドル級戦線で、ジェイコブスは必ずしも存在感がある選手ではない。

一方のクイリンも今年4月まで1年間のブランクを作り、復帰戦となった4月のIBF王者アンディ・リーへの挑戦もドローに終わった。9月の前戦では無名のマイケル・ゼラファにKO勝ちしたものの、ここ1年半の間でかなり影が薄くなってしまった感は否めない。

そんな2人のこの時点での直接対決。“機は熟した”とはとても言えまい。

10月17日のゴロフキン対デビッド・レミュー戦、11月21日のミゲール・コット対サウル・“カネロ”・アルバレス戦と比べると、イベントの規模、質ともに一段と二段も落ちる印象。リング誌のランキングではミドル級6位のジェイコブス、同3位のクイリンの激突は、“正真正銘のビッグファイト”というより、“スターダムに残るためのサバイバル戦”の印象が強い。

今後が不透明な者同士

何より残念なのが、ジェイコブスとクイリンには直接対決以外の選択肢がほとんど見えてきていないことだ。

本来であれば、10〜12月に相次いで行われるミドル級タイトル戦の勝者が以降も潰し合いを続けるのが最も魅力的な流れのはず。しかし、HBOと独占契約中のゴロフキン、カネロと、アル・ヘイモン傘下のジェイコブス、クイリンの間のマッチメイクはほとんど不可能に近い。

「HBO、ShowtimeのジョイントPPVでできるのでればぜひやりたい」

階級最強と多くの関係者が認めるゴロフキンとの対戦意思を聞かれた際、ジェイコブスとクイリンは揃ってそんな答えを返していた。

しかし、過去にフロイド・メイウェザー対マニー・パッキャオ、レノックス・ルイス対マイク・タイソン戦でしか手を組んだことのないHBOとShowtimeが、ボクシング界以外では知名度の低いミドル級の“タイトルホルダー”たちのために手を組むことは考え難い。

結論を言えば、12月5日のメインイベントに登場する2人は、今後もゴロフキン、カネロ、コット、レミューとは基本的に別リーグで戦っていくしかない。そんな物語の作り辛さも、“ブルックリン・ダービー”が全米的な支持を得るのが難しい一因に違いない。

好ファイトが不可欠

そんな状況下で行われるジェイコブス対クイリン戦は、何よりも内容が問われる一戦になるのだろう。

派手な攻防、決着が有力なゴロフキン対レミュー、コット対カネロ戦の後にお開催されるだけに、それはなおさら。地元の人々を中心にある程度の観客動員が期待できる興行で、凡戦を見せてしまえば両者のキャリアへのダメージは大きい。

再び評価と商品価値を高めるためには、ミックスアップが絶対不可欠。両者が持ち味を出し合った上でのKO決着が理想である。

「善玉と善玉の対決が実現するのはボクシングにとっても良いこと。強打を振るい続けるつもりだよ。最高のピーター・クイリンをお見せするつもりだ」

そう意気込むクイリンは、久々に全盛期のボクシングを取り戻し、ブルックリナイト以外の人々も喜ばせることができるか。

「ピーターには欠点があるけど、それを補える一発のパンチがある。僕もしっかりと準備して臨まないといけない。想定通りに戦えれば、素晴らしい結果を手に入れられるはずだよ」

これまでどちらかといえば“癌からの生還者”というリング外の英雄伝の方で有名になったジェイコブスは、冷静な分析通りのボクシングを披露し、リング上においても真の実力者であることを印象付けられるか。

ここでの“ブルックリン・ダービー”は、両者にとっての到達点ではなく、新たなスタート。手の内をよく知った同士の対戦では必ずしも激しい攻防は約束されないものだが、この2人には静かな睨み合いは許されない。

勢いを取り戻すような好ファイトをみせられれば、特に勝者には何らかの形で先に続く道も見えてくるはずである。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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