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“ニューヨークの恋人”が復活へ 〜ゴロフキン対スティーブンス戦は実現するか

杉浦大介スポーツライター

8月3日

NABFミドル級タイトル戦

コネチカット州モヒガンサン・アリーナ

カーティス・スティーブンス(アメリカ/25勝(18KO)3敗) 

KO 1ラウンド2分26秒 

サウル・ローマン(メキシコ/37勝(31KO)10敗)

年間最高KO候補のノックアウト劇

それはスティーブンスの台頭期を彷彿とさせる見事なKO劇だった。

33歳のジャーニーマンとは言え、タフネスで知られるメキシカンを相手に、スティーブンスは最初の1分に左フックを決めてまず一度目のダウンを奪う。その後も手を緩めずに攻め立て、2分26秒で完全KO勝ち。これでメインイベンツ社と契約以降は4連勝(3KOはすべて1ラウンド)。派手な試合が多いことから“ショウタイム”のニックネームを冠された元トッププロスペクトは、かつての勢いを取り戻しつつあるようである。

「6週間のトレーニングキャンプ、スパーリングの成果を発揮できた。ハードワークが報われたね。以前より献身的にボクシングに取り組めていると思う。世界チャンピオンになりたいよ」

年間最高KO候補と目される豪快フィニッシュの後で、テレビインタヴューではユーモラスな受け答えもあったものの、会見時のスティーブンスは落ち着いたもの。28歳のベテランの域に達し、リング外の振る舞いでは新人時代との大きな違いを感じさせた。

ブロードウェイの顔役

全米的には依然としてほぼ無名に近くとも、ニューヨークのボクシングファンにとって、カーティス・“ショウタイム”・スティーブンスという名前は特別な意味を持つ響きであり続けて来た。

19歳でデヴューした当初のスティーブンスは、ニューヨークに本拠を置くルー・ディベラ・プロモーターが主催する“ブロードウェイ・ボクシング”の常連として活躍。最初の6戦、11戦中10戦をすべて2ラウンド以内のKOで片付けた破壊的パンチャーは、近未来のスター候補として将来を嘱望される存在だった。

“ブロードウェイ・ボクシング”の卒業生の中からはアンドレ・バート、ポーリー・マリナージといった世界タイトルホルダーも誕生。現在まで続く人気シリーズとなったが、中でもスティーブンス、ジェイドン・コドリントン、ゲイリー・スタークJr、ディミトリー・サリタといった地元のホープたちが台頭を始めた2005〜2006年頃が最も賑やかで活気があった。その中でも、最大のスター性を誇示していたのがスティーブンスだったのである。

失速、そして再上昇の季節へ

ただ、もともとスーパーミドル級では小柄だったスティーブンスは、対戦相手の質が上がるにつれて徐々に馬脚を表して行く。

2007年にはHBOの舞台でアンドレ・ディレルに大差の判定負け。2010年には中堅のジェシー・ブリンクリーにまで敗れ、アウトボクサーへの適応能力のなさを暴露するととともに、この頃には“スティーブンスは限界を示した”とみなされるようになってしまった。

「自分のキャリアに何が起こったかは分からない。(成功を)当たり前のものと思うようになってしまっていたのかもね」

そう振り返るスティーブンスは、ブリンクリー戦後には2年間に渡り休養を取る。復帰後はメインイベンツ社と契約し、ミドル級に転向した。

アマチュア時代にはヘビー級でも戦い、ライトヘビー級でプロデヴューし、その後に徐々に階級を下げて来た。そんなユニークな道筋を辿った身長170cmのファイターにとって、こうして可能な限り最も下のウェイトまで下げたことが転機になったのかもしれない。

「スーパーミドル級からミドル級に下げることで、僕のパワーはより有効になったと思う。常にスピードはあったと思うけど、それはミドル級でも変わらない。ジムでのトレーニングでもスピードに重点を置いているよ。スピードと合わされることによって、パワーもより増すものだからね」

今のスティーブンスからは、冒頭の言葉にあったように、台頭期と比べてもよりシリアスにボクシングに取り組んでいることが伝わってくる。それと再上昇の季節が重なったことは、決して偶然ではないはずだ。

キャリア最大の大勝負は近い

時は流れ、現在のスティーブンスはもうデヴュー直後のような“ニューヨークの恋人”ではなくなってしまった。

それでも、こうしてついに世界タイトル挑戦も間近と思える立場に再浮上。爆発的なパワーの魅力と合わせ、テレビ局も食指を伸ばすであろう貴重なタレントであることは確かである。時を同じくして、ミドル級に多くの強豪ボクサーが集まっていることもタイミング的には興味深い。

セルヒオ・マルチネス(WBC世界ミドル級王者)、ゲンナジー・ゴロフキン(WBA世界ミドル級王者)、ピーター・クィリン(WBO世界ミドル級王者)、ダニエル・ギール(WBA世界ミドル級スーパー王者)、フリオ・セサール・チャベス・ジュニア(WBC世界ミドル級元王者/スーパーミドル級に転向が濃厚と目されるが)・・・・・・好戦的なスタイルのスティーブンスは、これらの王者、元王者たちのどれと対戦させてもマッチアップ的には面白い。

中でも、カザフスタンの新怪物ゴロフキンは11月2日に次の防衛戦を予定している。その会場がマディソンスクウェア・ガーデン・シアターであることからも、ブルックリン出身のスティーブンスは相手候補としてはうってつけ。HBOが認可することも確実で、成立すれば今秋注目のカードの1つとなるだろう。

「もしも自分で決められるならゴロフキンと戦うよ。彼こそが現時点で最も恐れられているミドル級ボクサーだからね。誰もが彼を避けようとするけれど、僕は望むところだ」

本人はそう熱望するが、メインイベンツ社を含む陣営は早期のゴロフキン挑戦には積極的ではないという。カザフスタン人王者の迫力とを考えればそれも理解できるところで、あと何戦か重ねて商品価値を上げ、より与し易い相手を待つのも手ではあるかもしれない。

いずれにしても、スティーブンスの世界タイトル初挑戦は遠からず実現するはずだ。

上記リストの中の誰と対戦することになっても、廻り道を続けた“ショウタイム”はもはや“Aサイド(メインのアトラクション)”の選手ではない。それでも、一撃必殺の左フックを主武器に、番狂わせを起こす可能性は少なからず残っているようにも思える。

そして、スティーブンスの一世一代の勝負を、彼の台頭期には胸を熱くさせられたニューヨークのボクシングファンは、特別な感慨を持って見つめることになるのだろう。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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