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ルーカス・マティセは“新パッキャオ”か

杉浦大介スポーツライター

Photo By Kotaro Ohashi

5月18日 アトランティックシティ/ボードウォーク・ホール

ノンタイトル12回戦(141パウンド契約)

WBC世界スーパーライト級級暫定王者

ルーカス・マティセ(アルゼンチン/34勝(32KO)2敗)

3回2分14秒TKO

IBF世界スーパーライト級王者

ラモント・ピーターソン(アメリカ/31勝(16KO)2敗1分)

注目の王者対決はマティセが圧勝

圧倒的なマティセの勝利で試合が終わった瞬間、アトランティックシティのボードウォーク・ホールには“新スター誕生”の雰囲気が漂った。

筆者も取材経験を辿り、思い出したのはケリー・パブリックがジャーメイン・テイラーを衝撃KOで下して初めて世界ミドル級王座に就いた2007年9月の一戦、さらにはセルヒオ・マルチネスがポール・ウィリアムスをワンパンチで斬って落とした2010年11月の試合。パブリックとマルチネスは同じボードウォーク・ホールでの劇的KO後にスターダムを駆け上がって行ったが、マティセも同じ道を辿ることになるのだろうか。

「ザブ・ジュダー、デボン・アレクサンダーに判定負けという苦い経験を味わった。そしてKOで勝たなければいけないと学んだんだ」

かつてはスロースターターであることが弱点と目されたマティセだが、本人の言葉通り、挫折は現在に生かされているのだろう。

この試合では第2ラウンドに早くも左フックをピーターソンのテンプルに当てて先制ダウンを奪うと、第3ラウンドにも2度のダウンを追加。身長、リーチでは上回るIBF王者にまったく付け入るスキを与えぬまま、簡単に仕事を終わらせてみせた。

過去2戦でアミア・カーン、ケンドール・ホルトといった実力者を下して来たピーターソンへの評価は決して低くなかった。マティセがやや有利との予想が多くとも、決着が付くのは中盤以降との見方が大方。“年間最高試合級の打ち合いになるのでは”という声も囁かれた中で、結局は目立ったのはマティセの尋常ではないパワーだけだった。

台頭期のパッキャオを彷彿とさせる

「新しいマニー・パッキャオが現れた。それはアルゼンチン出身のルーカス・マティセだ。彼がやったことは最高峰の偉業。ラモント・ピーターソンをあんな風に倒した選手はいない。言葉もないよ」

試合後、マティセの所属するゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)のリチャード・シェイファー社長はリング上でそう捲し立てた。

契約選手の価値を大げさに語るのはプロモーターの常套手段だが、破壊的なKO劇の後ではそれほどオーバーに感じられなかったのも事実。ミステリアスな外国選手であり、破格のパワー、アグレッシブなスタイルを持ち合わせている。ディフェンス面での欠点も試合を面白くする要素であり、無名の立場から昇竜の勢いで名を成した頃のパッキャオと共通する部分は確かに多い。

前記通り、ジュダー、アレクサンダーには微妙な判定ながら敗れており、これまで勝ったのはデマーカス・コーリー、ウンベルト・ソトといった一流やや手前のコンテンダーたち。おかげでなかなか知名度は上がらなかったが、ここでピーターソンを下してついにメインストリームに名前を売ったことの意味は大きい。

米国内でのファンベースは存在しないだけにまだ単品での観客動員は厳しいが、試合のたびに商品価値に上がるのではないか。この試合でのファイトマネーは70万ドル(ピーターソンは80万ドル)だったが、次戦は昇給濃厚だろう。

GBPの大興行をほぼ独占的に中継するSHOWTIMEにとっても、6連続KOを続けるマティセは目玉の1つとなっていくはず。”ボクシング・マニアの至宝”であり続けて来たアルゼンチンのスラッガーは、全国区スターへの第1歩を踏み出したと言って良い。

ガルシアとの“決勝戦”は

ピーターソン対マティセ戦のゴング前から、GBPはこの試合の勝者をWBA、WBC王者のダニー・ガルシア(26 戦全勝(16KO))と対戦させるプランを盛んに語っていた。

事実上の“準決勝”をそれぞれ勝ち抜いたガルシアとマティセの激突こそが、スーパーライト級の頂上決戦。今回のマティセの衝撃パフォーマンスの後でも青写真は代わらず、GBPは9月7日にワシントンD.C.のベライゾンセンター(NBAウィザーズの本拠地)で注目の統一戦を実現させる予定という。

しかし、エリック・モラレス、カーン、ザブ・ジュダーといったビッグネームを立て続けに下して来たガルシアにとっても、マティセは危険過ぎる相手。賭け率でもマティセ有利の数字が出ることは確実だろう。

「その試合はまだ観たくない。ダニーのスタイルはマティセにとっておあつらむきだよ。もし自分が(マティセと)対戦することになったら、ブーイングされてでも最初の6ラウンドは足を使うだろうな」

ガルシアと同じフィラデルフィア出身のバーナード・ホプキンスは、マティセ対ピーターソン戦の終了直後に記者席に足を運び、そんな自説を語っていた。

機動力やディフェンスに秀でているとは言えないガルシアは、マティセにとって捉え難いターゲットではない。そんなリスキーなリングに、東海岸の看板として育てて来たガルシアをGBPは本当に立たせるのか。ガルシア、マティセの両方を傘下に収める超強力アドバイザーのアル・ヘイモンは、契約ボクサー同士の危険な潰し合いを許すのか。

ガルシア対マティセは、挙行されれば近年のアメリカ東海岸では最大級に注目を集める一戦になる。セミにはワシントンDC出身のピーターソンとザブ・ジュダーの“3位決定戦”を組み込む意向とも伝えられており、集客も期待できるだろう。

ただ・・・・・・事前の青写真通りにはなかなか運ばないのがボクシング・ビジネスというもの。スーパーライト級の“決勝戦”も、実際に行なわれるか、あるいは消滅するまでに、様々な形で紆余曲折を辿りそうな予感がすでに漂っている。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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