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「タバコが喫いたかっただけ」なダークヒーローに思うこと。40年を経た『ニューヨーク1997』。

杉谷伸子映画ライター
『ニューヨーク1997』

人気シリーズとなった『ハロウィン』(’78)やSFホラーの傑作『遊星からの物体X』(’82)など数々の名作を生み出しながらも、独自のB級路線を突き進むジョン・カーペンター。この鬼才を特集する『ジョン・カーペンター レトロスペクティブ2022』が開催されます。上映されるのは4Kレストアされた『ニューヨーク1997』(’81)、『ゼイリブ』(’88)、『ザ・フォッグ』(‘80)の3作。

特殊なサングラスをかけると、密かに地球侵略を進めるエイリアンの真の姿や広告や雑誌に隠された真のメッセージが見える『ゼイリブ』は、作品に描かれた社会の格差が公開当時以上に痛烈に感じられることに。

霧とともに亡霊たちが海辺の街を襲うという発想が斬新だった『ザ・フォッグ』は幻想的な美しさも魅力なら、島全体が刑務所となったマンハッタンから大統領を救出すべく、スネーク・プリスキンカート・ラッセル)が送り込まれる『ニューヨーク1997』も、時代を超えてハードボイルドな魅力を放っています。

ただ、『ニューヨーク1997』の登場人物の生き様や死に様には、40年を経た今だからこそ思うこともあります。

注:以下、『ニューヨーク1997』と続編『エスケープ・フロム・LA』の内容に触れる部分があります。未見の方は作品をご覧になってからお読みください。

あるサングラスをかけると、エイリアンの真の姿も広告や記事に隠されたメッセージも見えてしまう。『ゼイリブ』 (c)1988 STUDIOCANAL S.A.S. All Rights Reserved.
あるサングラスをかけると、エイリアンの真の姿も広告や記事に隠されたメッセージも見えてしまう。『ゼイリブ』 (c)1988 STUDIOCANAL S.A.S. All Rights Reserved.

たとえば、エイドリアン・バーボーが演じたマギー。彼女は、命を落とした愛人ブレインの後を追うかのように捨て身で追手に向かっていきます。公開当時はこうした描写を素直にドラマチックと感じ、男臭い世界の美学を感じたものですが、今見ると、愛する女には自分の後を追ってほしいという、男性中心に描かれた物語世界ならではの男のロマンのようなものを感じもするのです。きっと、今、こうした状況に置かれた女性を描くとしたら、命を落としたパートナーのぶんも生きるためにも、何より自分自身の人生をまっとうするために、なんとか生きてマンハッタン島を脱出しようとするのではないでしょうか。

一方、昨今はテレビドラマや映画の中でもめっきり喫煙シーンにはお目に掛からなくなりましたが、スネークという主人公は、80年代にはまだまだタバコが、ハードボイルドな男の象徴だったことを思い出させてくれる存在です。

『ニューヨーク1997』のラストシーン。使命を終えたスネークはタバコを喫いながらフレームアウトしていきます。一方、続編『エスケープ・フロム・LA』(’96)では、エネルギー供給が停止し、全世界が暗黒時代に逆戻りするなか、カメラ越しに観客を見つめながらタバコに火を点けたスネークが、マッチを吹き消すアップで終わります。

大統領救出に送り込まれたスネークは、旧知のブレインとその愛人マギーに出会う。『ニューヨーク1997』(c) 1981 STUDIOCANAL SAS - All Rights Reserved.
大統領救出に送り込まれたスネークは、旧知のブレインとその愛人マギーに出会う。『ニューヨーク1997』(c) 1981 STUDIOCANAL SAS - All Rights Reserved.

『エスケープ・フロム・LA』公開時に来日したカート・ラッセルに取材した際、このラストシーンについて、「テクノロジー文明への批判ですよね」と言ったところ、ラッセルは大爆笑して、こう答えました。

「彼はタバコが喫いたかっただけだと思うよ」と。

その言葉に続けて、「君は映画がわかっている」と喜んでもくれたのですが、喫煙しない筆者は、「タバコが喫いたかっただけ」というラッセルの言葉が当時はピンときていませんでした。けれども、今なら大仕事を終えたあとに一服したいスネークの気持ちがよくわかります。

そして、思うのです。何気なくタバコを喫っていた『ニューヨーク1997』のラストと違い、タバコをクローズアップした『エスケープ・フロム・LA』には脚本にも参加しているカート・ラッセル自身が感じていた以上に、無意識にしろ、喫煙者の嘆きが込められていたのではないかと。なにしろ、『エスケープ〜』が製作された90年代はLAでも禁煙が進んだ時代ですから。

スネークのように低い声で話すのもハードボイルドな男の必須条件。『ニューヨーク1997』 (c)1981 STUDIOCANAL SAS - All Rights Reserved.
スネークのように低い声で話すのもハードボイルドな男の必須条件。『ニューヨーク1997』 (c)1981 STUDIOCANAL SAS - All Rights Reserved.

『アバランチ』のようにキャラクター描写に必要性があれば地上波でも喫煙シーンが登場するドラマもありますが、タバコがクールじゃない文化の中で育った世代には、はたしてスネークはどう映るのか。そして、タバコを喫うことがかっこ良いことではなくなった時代に育つ世代は、映画の主人公のどんな仕草や習慣をクールと感じるようになるのか。40年を経て4Kレストアされた近未来SFアクションの傑作は、そんなことも考えさせるのでした。

時代が変わっても低い声で物憂げに喋るのはクールであることの必須条件であることは、スネークが再認識させてくれることでもありますが。

『ジョン・カーペンター レトロスペクティブ2022』

1/7(金)―1/27(木)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開

映画ライター

映画レビューやコラム、インタビューを中心に、『anan』『25ans』はじめ、女性誌・情報誌に執筆。インタビュー対象は、ふなっしーからマーティン・スコセッシまで多岐にわたる。日本映画ペンクラブ会員。

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