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92分だけ寿命を延長された男は、人生をやり直せるのか。別の結末も撮っていた『ワン・モア・ライフ!』

杉谷伸子映画ライター

スクーターの無謀運転で命を落としたものの、自分の寿命に納得がいかない中年男パオロが、天国の入り口で猛抗議。92分だけ寿命を延長されて地上に戻り、家族との絆を取り戻そうとする。

人生をやり直すには92分は短すぎるので、主人公が慌ただしく駆け回る陽気なコメディを想像するかもしれない。けれども、監督は『ローマ法王になる日まで』('17年)で教皇フランシスコの激動の半生を丁寧に描き、その人となりを浮かびあがらせたダニエーレ・ルケッティである。

家庭を顧みずに好き放題に生きてきたのに、突然、良き夫・良き父として家族の記憶に残ろうとするパオロと、彼の変化を訝る家族の思いはすれ違うばかり。そんな人生のロスタイムの中で起きる出来事と、妻との出会いや浮気のかずかずも含めたパオロの回想を交錯させて描かれる物語は、茶目っ気たっぷりなユーモアを効かせつつも内省的だ。

ベストセラー短編集を原作者と共に脚色

原作は、イタリアでベストセラーとなったフランチェスコ・ピッコロの2冊の短編集『モメンティ ディ トラスクラビレ フェリチタ(取るに足らない幸せの瞬間)』『モメティ ディ トラスクラビレ インフェリチタ(取るに足らない不幸の瞬間)』(日本未出版)。監督もお気に入りの作品だという。その原作者とともに脚色したルケッティにインタビューした。

パレルモで撮影中のダニエーレ・ルケッティ監督。主演のピエールフランチェスコ・ディリベルトは、舞台となったパレルモ出身。
パレルモで撮影中のダニエーレ・ルケッティ監督。主演のピエールフランチェスコ・ディリベルトは、舞台となったパレルモ出身。

「プロデューサーがこの企画を持ってきてくれたんですが、フランチェスコ・ピッコロは自分の書いた物語を他人に語らせないだろうと思っていました。しかも、原作は短編集なので、エピソードだけがあって、ストーリーがあるわけではないし、主要な人物がいるわけでもない。映画にするのは不可能だと考えられるのはわかっていましたが、彼と会ってみると、楽しい会話ができた。そのなかでこの主人公を作り、彼が死ぬまでの1時間半の話にしようと決めましたし、原作のエピソードも入れて、半分寓話のような映画ができたらというアイディアが生まれたんです。

イタリア映画には、こうした寓話調の作品はあまりない。コメディや実話もの、あるいはアート志向といった基本的なカテゴリーに当てはまらないので、観客も最初は戸惑うようですが、観終わった時にはとても気に入ってくれるようです」

パレルモのような大きな街でなければ

この寓話的な物語は描けなかった

物語の舞台は、シチリア島のパレルモ。『ゴッドファーザー PART III』にも登場するように、マフィアを題材にしたかずかずの映画の舞台となってきた。

「パレルモを舞台にして優しい映画を撮るいいチャンスだと思いました。パレルモは、この何年かで非常に変わった。観光地化もしていて、観るべき美しいものもたくさんあるし、食事も美味しいし、海もある。主人公を死なせる場所として、悲惨な場所ではなくて、甘い生活が送られているような場所を選ぶのはいいんじゃないかと考えたわけです。イタリア映画には同じ場所ばかりが登場しがちなので、ひと味違うイタリアを見せたいというのもありました。外国の方にはわかりにくいかもしれないんですけども、シチリア出身の役者たちのおかげで、方言のアクセントもちゃんと聞いてもらえます」

 主人公パオロを演じるピエールフランチェスコ・ディリベルト(ピフ)と、妻アガタ役のトニー・エドゥアルトは、ともにパレルモ出身。ピフは、『マフィアは夏にしか殺らない』(‘13年)で映画監督デビューもしている。

パレルモの街並みも、温かみを感じさせるパオロたちの住居も魅力的だ。
パレルモの街並みも、温かみを感じさせるパオロたちの住居も魅力的だ。

そんな新生パレルモで繰り広げられる物語は、暮らしの息づかいを感じさせつつもどこかおしゃれなパオロ宅の内部や街中の風景も魅力的。

「この映画には一つ特徴的なことがあります。働いている人間がまったく映っていないんです(笑)。外で食事していたり、昼間から友達と会っていたり、恋していたり。自分の感情に捧げる時間ばかり描かれる。主人公たちは、子供や家庭に捧げる時間なんてなくて、自分がやりたいことばっかりやってる。ある意味、逃げてばかりいる人物像なんです。そうした人たちには、身を隠して、自分の時間を作ることができる居場所が必要。そして、そういう場所は小さな街にはありません。この寓話的な物語は、パレルモのような大きな街だからこそ描けたと言えます」

実は、もうひとつあった!

『ワン・モア・ライフ!』の結末

逃げてばかりいたパオロが、人生の最後に“取るに足らない瞬間の幸せや不幸せ”を見つめる物語は、ほろ苦さもありつつ、しみじみとした情感に溢れ、まさに人生の幸せを抱きしめさせてくれる。完成した作品を観た原作者の反応は?

「喜んでくれました。実は、もうひとつ別の結末も撮ったんですね。フランチェスコは、こちらの結末を選んだことを非常に喜んでいるんですよ。音楽も、最初は暗い音楽をつけていたんですけれども、そうじゃないほうがいいと考えて変更しました。

脚本家にはよくあることですが、この作品の主人公もフランチェスコにかなり重なるものがある。どれくらい重なるかはわからないんですけれども、決して遠くないだろうなと感じとることができました」

違う結末がどんなものだったかは書くわけにいかないが、本編をご覧になった方は想像していただけるはず。

では、監督自身とパオロには重なるところはあるのだろうか。

ダニエーレ・ルケッティ:1960年7月25日、ローマ生まれ。『イタリア不思議旅』('88年)でダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞の最優秀新人監督賞を受賞。
ダニエーレ・ルケッティ:1960年7月25日、ローマ生まれ。『イタリア不思議旅』('88年)でダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞の最優秀新人監督賞を受賞。

「いろいろ共通点はあると思うんですけど、もっとも感じるのは“時間を無駄にすること”ですね(笑)。“時間を無駄にしているという感覚を持ってること”も、そうです。で、自分がそうしている間に誰かがもっといいことをして稼いでるんじゃないかと思う(笑)。そういうことはよくあります。

あと、世界と家庭との間ですごく揺らぐところも似てると思います。ただ、この主人公のほうがずっと内的な自由を持っている。私にはそういうものはなくて、もうちょっとリアリストですね。ある意味でこの映画の中で描かれる社会は、こうあってほしい世界。もう一つの可能性がある、そんな世界を目指しました

大切なものは何かわかっているつもりでも、最期のときを迎えるまで、人はその大切さを実感できない。パオロの92分間のロスタイムは、誰にも自分を見つめ直させてくれる。長生きしたくて健康に気を配っていても、無謀な運転をしていては意味がないということとともに。

『ワン・モア・ライフ!』

ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかで公開中。全国順次公開

原題:Momenti di trascurabile felicita

配給:アルバトロスフィルム

(c) Copyright 2019 I.B.C. Movie

映画ライター

映画レビューやコラム、インタビューを中心に、『anan』『25ans』はじめ、女性誌・情報誌に執筆。インタビュー対象は、ふなっしーからマーティン・スコセッシまで多岐にわたる。日本映画ペンクラブ会員。

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