劇場公開前にオンライン先行配信中。アトラス山脈の少女の揺れる想い。『ハウス・イン・ザ・フィールズ』
新型コロナウイルスが映画界に大きなダメージを与えるなか、緊急事態宣言による自粛期間中にはさまざまな動きがありました。
当初の目標額1億円を大きく上回る3億円超が寄せられた「ミニシアター・エイド基金」。独立系配給会社が立ち上げた「Help! The 映画配給会社プロジェクト」では、参加各社の過去作の「映画配給会社別 見放題配信パック」がスタート。期間限定で新作映画をデジタル配信する「仮設の映画館」も生まれました。映画館も運営するアップリンクは、劇場公開に先駆けてオンラインで新作を配信しています。
『ハウス・イン・ザ・フィールズ』(原題:TIGM N IGREN)は、当初4月24日に劇場公開されるはずだった『ホドロフスキーのサイコマジック』がオンライン先行上映となったのに続いて、緊急配信されているタラ・ハディド監督のドキュメンタリー。
ハディドが見つめるのは、モロッコの山奥で暮らすアマジグ族。なかでも10代の姉妹に焦点をあて、数百年もの間ほとんど変わらない生活と、そうした中でも、やはり“今”という時代も感じさせる少女たちの希望や不安を、豊かな自然の中に映し出しています。
姉のファティマは、結婚が決まっていて、学校を辞めることに。夫となる相手のことはよく知らないものの、結婚とはそういうものだと思っていて不満はなさそうですし、むしろ結婚後の新しい生活に夢を抱いているよう。妹のカディジャは、将来は弁護士になりたいと考えていますが、学業を続けられるかどうかは父親の判断次第。昔ながらの共同体の価値観と、新しい世代が抱く夢や、姉が遠いところに行ってしまうことへの少女の寂しさなどなど、どこの国の若者も変わらない想いに親近感を抱かずにいられません。
そう、この作品の魅力は、失われゆくアマジグ族の人々の日々を映像に収めていることだけではありません。そこに生きる少女たちの揺れる想いこそが、この作品をみずみずしいものにしているのです。
ドキュメンタリーという言葉から想像する世界とは一味違い、ときに少女たちの独白がまるで叙情的なヨーロッパの劇映画の一場面のように見えることもあるほどなのも、5年間、村に通い、寝食をともにしたというハディドが単に被写体に密着するのではなく、彼女たちの心に寄り添っているからでしょう。プレス資料にある監督の言葉を借りれば、それが、彼女たちが「自分たちの物語を語る作業や自分たちの神話の創作に参加」しているということなのだろうと想像されます。
もちろん、アトラス山脈の豊かな自然の中での生活も、アマジグ族の人々の風習も、見どころ。厳しい冬を経て、風が揺らす葉音や溢れる陽光に癒される季節への移ろい。村を挙げて婚礼を祝うクライマックスには、伝統的な儀式の美しさとエネルギーにこちらの気分も高揚してしまいます。
映画館で観る映画は、その空間の特色や空気とあいまって、配信やDVDで観るのとは違う特別な体験になり、深く記憶に残ります。それが単館系ミニシアターなら、なおのこと。けれども、いつになったら観られるのかわからない、東京のミニシアターで上映中の作品に憧れる日々を過ごした地方育ちの身としては、住んでいる場所にかかわらず、いち早く新作が観られるのは、とてもありがたい試みに感じられます。
配信で映画を観ることが一般的になり、映画を観るかたちが多様化している今、新型コロナウイルスがもたらした日常の変化は、映画との出会い方についても考えさせてくれるのでした。
写真提供:アップリンク
『ハウス・イン・ザ・フィールズ』
オンライン先行上映中(緊急配信終了:6月30日)
8月劇場公開予定
『ホドロフスキーのサイコマジック』
オンライン先行上映中(緊急配信終了:6月11日14:00)
6月12日より劇場公開