メイドと御曹司の恋なんて許されない。『あなたの名前を呼べたなら』が問いかけるものとは?

「変化というものは、ひとりひとりの内側から始まるもの。そういう意味で、ラブストーリーはとても好きなんです。 “あなたはこう考えるべきだ”と頭ごなしに説教するような作品では、人は変われないじゃないですか。でも、問題意識をラブストーリーというかたちで伝えれば、何かの変化のきっかけになるかもしれない。この作品も、ここで描かれている問題について話すきっかけになればいいと思います」

そう話すロヘナ・ゲラ監督が脚本・監督を手がけたのが、現在公開中の『あなたの名前を呼べたなら』(原題:SIR)。

メイドと御曹司の恋というと、ベタな物語を想像されるかもしれません。けれども、これは、ハリウッド映画ならシンデレラストーリー的に描かれそうな身分違いの恋を、上質のエンターテインメントとして楽しませるとともに、階級差が大きなインド社会の現実を映し出しつつ、そんな社会の変化への希望も抱かせる珠玉のラブストーリーです。

来日したゲラ監督のインタビューを交えて、作品をご紹介します。

本作が長編初監督作のロヘナ・ゲラ監督。
本作が長編初監督作のロヘナ・ゲラ監督。

ラトナ(ティロタマ・ショーム)は、建設会社の御曹司アシュヴィン(ヴィヴェーク・ゴーンバル)の高級マンションの住み込みメイド。夫亡きあと、故郷の農村を離れて、経済発展著しいムンバイで働きながら、デザイナーになることを夢見ています。一方のアシュヴィンは、挙式直前に結婚が破談になり、傷心の身。雇い主と使用人の間に厳然とした壁が存在するなか、ふたりはおたがいを気づかいあうようになっていきます。

しかし、惹かれあっても、階級意識の強いインドでは、身分違いの恋は許されません。節度を守ろうとする二人の間に漂う情感もこの作品の魅力ですが、ラトナは雇い主であるアシュヴィンのことを決して名前で呼ばず、原題である「サー(ご主人様)」と呼び続けます。はたして、そんな二人の関係を変えることができるのはどんなときなのか。その切なさと未来への願いを邦題がいっそう深く響かせます。

傷心のアシュヴィンは、ラトナの優しさと心のこもった料理に癒される。
傷心のアシュヴィンは、ラトナの優しさと心のこもった料理に癒される。

「脚本を書くにあたっては、誠実であることを心がけました。キャラクターをこうした状況に置くと、物書きとしてはドラマティックにしてしまいがちですが、何よりもキャラクターありき。ラトナについて一番大切にしたのは、彼女の尊厳が保たれること。そして、彼女が持っている喜び。彼女は何も考えていないような女性ではないわけですよね。すごく困難な人生を歩んできているんだけれども、日々、自分が幸せであることを選んでるという部分はしっかり見せたかった」

夫に先立たれても、ラトナは婚家に縛られる身。口減らしのために大都会へ働きに出され、婚家に仕送りを続けています。けれども、都会に出てきたからこそ自由を感じることができ、同時に自分の手で将来を切り拓く希望を抱くことができたのです。そして、そんなラトナの前向きな姿勢に、ままならない人生を送るアシュヴィンが惹かれていくことを、リアリティのある描写の積み重ねで見せていきます。

「親も含め、誰一人としてステレオタイプにはしたくなかった。たとえば、アシュヴィンの父親を悪い人にするのは簡単だったでしょう。 “なんだ、お前は!”と、ラトナを通りに放り出すようなシーンだって簡単に描けたけれども、物語をドラマティックにするために、そんなことをしたくなかった。そうではなくて、それぞれの登場人物たちにリスペクトを持って、リアルな人間にしたかった」

その父親が、終盤、ラトナへ恋心を抱くアシュヴィンに向ける言葉も、観客が予想するような類型的なものではありません。まだご覧になっていない方のために、そのフレーズは伏せておきますが、息子に対してそういう言葉を口にすることは、「子供をとても大切にするインドの父親にとって、とても辛いこと」なのだそう。

ファッションデザイナーを夢見るラトナの背中を、メイド仲間が押してくれる。
ファッションデザイナーを夢見るラトナの背中を、メイド仲間が押してくれる。

とはいえ、御曹司と恋に落ちてハッピーとはならない社会で、一人の女性としての尊厳を失わず、自分の力で立とうとするラトナや、そんなラトナの力になろうとするアシュヴィンをはじめ、誠実に描かれた登場人物たちが、階級差が残るインド社会の現実を映し出しつつも、社会が少しずつ変わっていくことへの希望を抱かせてくれます。

ゲラ監督自身、住み込みメイドのいる家庭で育ったことが、階級差に違和感を抱いたきっかけ。これは、スタンフォードなどアメリカの大学で学び、映画、テレビ業界で働くなど、海外生活も長く、インド社会に対してインサイダーとアウトサイダーの両方の視点を持っているからこそ、描けたラブストーリーと言えます。

映画作家としてのベースには、母親の存在も大きいそう。

「母は私が子供の頃にインドの新聞社の編集局長をしていて、当時としてはありえないくらい進歩的な人物。父も、“なぜ、奥さんにそんな仕事をさせているんだ”と言われたりしましたが、二人ともうまくそうした状況を乗り越えてきた。それは私にすごくインスピレーションを与えてくれまたした。母の仕事のおかげで子供の頃から何が正しいのか、何が真実なのかを考えて育ちましたし、一人の女性としても結婚して夫を満足させることだけが女性のゴールじゃないんだと言われてきたのは大きかった。

そんななかで海外で学んでいる最中に帰国して、インド社会に旧態依然としてヒエラルキーが残っているのを見ると胸が痛みました。ただ、そういうプロセスを経て、人は自分が何者であるかを見つけていくものなんですよね」

このラブストーリーに観客を引きこむうえで大きな鍵を握るのが、ゲラ監督同様、海外生活の経験が長いアシュヴィンの存在。ヴィヴェーク・ゴーンバルが演じる、誠実で穏やかな御曹司は、“理想の男性”として女性客をときめかせずにいません。

「アシュヴィンは、ナイスガイにしたかったんですよね。ルックスだけではなく、何か彼が象徴するものが魅力的な人間にしたかった。“いい人間でありたい”と、アシュヴィンは葛藤している。そこにチャーミングさがある」

長編初監督作ながら、2018年のカンヌ国際映画祭批評家週間で上映された本作は、アメリカをはじめ各国の映画祭でも上映されていますが、まだインドでは公開されていません。それは、メイドと雇い主の恋が、インドの観客にとっては“ありえない恋”だから?

「そうは思いません。確かに、この作品に居心地の悪さを感じる人たちはいると思う。でも、映画祭で観てくださったインドの方たちも、公開すべきだと背中を押してくださっています。インドの観客も、もうボリウッド以外の作品を観る準備ができてると思うし、特に若い世代にはこの作品は支持してもらえるんじゃないかと。ただ、インドではストリーミング人口が増えていて、小さなインディーズ作品は配信が始まるまで待てばいいという人が増えている。映画館で観るのは、ハリウッドやボリウッドの大作になってしまっているんですよね。日本もそうだと思うんですけど、大切なのは公開最初の1週間。そうなると、公開時期はとても大事なんですよ」

日本では小品でも、口コミでじわじわと人気が広がる作品は少なくありません。インド社会を舞台にしながら、日本に生きる私たち自身の中にもある問題にも目を向けさせてくれるこの作品も、まさにそんな作品です。

『あなたの名前を呼べたなら』

Bunkamuraル・シネマほかで公開中。全国順次公開。

(c)2017 Inkpot Films Private Limited, India

提供:ニューセレクト

配給:アルバトロス・フィルム