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事件は電話の向こうで起きている。声と音だけで現場と繋がるサスペンス『THE GUILTY/ギルティ』

杉谷伸子映画ライター

緊急通報センターにかかってきた1本の電話。その電話の主がただならぬ状況にいると察したオペレーターが、電話からの音と声だけを手掛かりに事件の解決を試みる。

「電話からの声と音だけ」という設定にも興味をそそられますが、サンダンス映画祭で観客賞に輝いたデンマーク映画『THE GUILTY/ギルティ』(原題:Den skyldige/英題:The Guilty)は、とんでもない緊張感にあふれたワンシチュエーション・サスペンスです。

主人公は、ある事件をきっかけに現場を離れ、市民からの緊急ダイヤルに対処する日々を送っている警察官アスガー・ホルム(ヤコブ・セーダーグレン)。現場復帰への希望を抱きながら、いつもどおりにオペレーターとしての仕事をこなしていた彼が、1本の通報に異変を感じ取り、電話をかけてきた女性が、車で連れ去られている最中であることに気づく序盤から、緊張感が張り詰めています。

なにしろ、女性はそばに自分を連れ去った人物が隣にいる状況で電話をかけてきているのですから。緊急通報センターと通話中だと犯人に気づかれないようにしながら、女性に的確な指示を出すアスガーは、警察官としての豊富な経験と有能さをうかがわせます。そんな彼が、緊急ダイヤルのシステムを駆使して、通報者の氏名や住所のみならず、さまざまな情報を収集しながら、女性を救出すべく尽力することに。

アスガー役のヤコブ・セーダーグレン。事件解決にのめり込んでいく主人公の内面の変化も見せる
アスガー役のヤコブ・セーダーグレン。事件解決にのめり込んでいく主人公の内面の変化も見せる

とにかく、全編に張り詰める緊張感がとんでもありません。声と音だけという緊張感もさることながら、アスガーは緊急通報センターから一歩も出ない。そして、カメラも緊急通報センターから出ない。そう、ある意味、密室サスペンスと呼びたいくらいの状況なのです。

緊急通報センターのオペレーターが主人公のサスペンスといえば、誘拐された少女を救出すべく活躍する『ザ・コール[緊急通報司令室]』がありますが、あの作品ではオペレーターのみならず、誘拐された少女の状況も描かれ、アクション映画の様相も呈していきます。また、主人公が密室に閉じ込められた作品でも、逆に広大な砂漠や孤島にただ一人取り残される場合でも、メリハリをつけるために主人公の回想や、家族や関係者の状況などを交錯させて描くのが常道。ところが、これが長編監督デビュー作であるグスタフ・モーラーは、女性を救出しようとするアスガーの行動をリアルタイムで追っていくのです。それも、電話の向こうの状況が一切、目に見えないという状態で。

観る前と観終わってからでは、タイトルから受ける印象が違う。
観る前と観終わってからでは、タイトルから受ける印象が違う。

司令室にいる同僚たちの姿は映し出されますが、電話の向こうの相手も、アスガーが緊急通報センターから連絡する通信司令室の人々も、通話相手の姿は一切映し出されません。

小説という文字だけの世界が、読者の想像力を自由に羽ばたかせるように、本作はまさに電話の向こうから聞こえる息づかいや、車の走行音、さらには静寂さえもが、観客それぞれに電話の向こうの緊迫した状況を、映像で映し出されないがゆえに、よりいっそう想像力を掻きたてる。その緊迫感が、司令室という限られた空間での、リアルタイムでのやりとりによって、さらに張り詰めたものになっていく。それでいて、カメラは一歩も司令室から出ないのに、声と音だけで、電話の向こうの状況を鮮やかに転換させつづけるのです。

しかも、そうしたやりとりを通して、アスガーが警察官として抱える事情も明らかになってくる。その巧みなストーリーテリングと、息詰まる通話に聴きいらせるセーダーグレンや、声だけの出演者たちの力量に興奮するなというほうが無理。

そして、観る前と観終わってからでは、タイトルから感じるものが大きく異なることにも驚くはず。そこもまた、この作品の魅力です。

『THE GUILTY/ギルティ』

2月22日より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかで全国公開中

配給:ファントムフィルム

提供:ファントムフィルム/カルチュア・パブリッシャーズ

(c) 2018 NORDISK FILM PRODUCTION A/S

映画ライター

映画レビューやコラム、インタビューを中心に、『anan』『25ans』はじめ、女性誌・情報誌に執筆。インタビュー対象は、ふなっしーからマーティン・スコセッシまで多岐にわたる。日本映画ペンクラブ会員。

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