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10年来の恋人に追い出され、家なし金なし仕事なし。31歳崖っぷち女を描くカンヌ映画祭受賞作『若い女』

杉谷伸子映画ライター

女がわめき散らし、ものすごい剣幕でまくしたてる。オープニングから驚かされるレオノール・セライユ監督の『若い女』(原題:Jeune Femme/英題:Montparnasse Bienvenue)は、2017年カンヌ国際映画祭カメラドール受賞作。'86年生まれの女性監督セライユがフランス国立映画学校の卒業制作として書いた脚本がもとになっている長編デビュー作です。

主人公は、パリに暮らす31歳のポーラ(レティシア・ドッシュ)。

10年付き合った写真家の恋人ジョアキム(グレゴワール・モンサンジョン)に別れを告げられ、彼のアパルトマンから締め出された彼女は、突然、家もお金も仕事もない身に。勝手に連れだしたジョアキムの飼い猫ムチャチャを抱えて、寝る場所を求めてパリの街をさまようことになるのですが、傍若無人な態度が原因で、あてにしていた友人宅も追い出される始末。母親とは疎遠で頼れる人もなく、心が折れそうになるなか、なんとか仕事にはありつくものの…。

ポーラ役のレティシア・ドッシュ。
ポーラ役のレティシア・ドッシュ。

人生の崖っぷちに立たされたヒロインが新たな一歩を踏み出すべく悪戦苦闘する物語というと、逆境にめげずに健気に頑張るヒロインを想像しがちですが、ポーラは大違い。病院では医者に八つ当たり、安ホテルでも傍若無人な態度をとる。彼女が発散する攻撃的なエネルギーにはたじろぐばかり。そんな性格じゃ恋人に捨てられるのも当然だと思いたくなるほどです。

けれども、彼女は依存しきっていた恋人に別れを告げられた身。もともと気ままで多分に無神経なところもあるらしいとはいえ、お金も仕事もないという現実もさることながら、自分の存在自体が否定されたように感じて、怒りのエネルギーを炸裂させているに違いない。次第にそう感じるようになるのは、優しさを向けてくれる人たちとのやりとりから、彼女の繊細さが伝わってくるから。

思いがけない出会いに救われることもある。
思いがけない出会いに救われることもある。

そんな人生の崖っぷちに立たされたヒロインをリアルで憎めない存在として息づかせているのがレティシア・ドッシュ。

とにかく、ポーラはよく喋る。そもそもジョアキムは彼女を撮った写真で有名になったこと。つまり、ポーラはジョアキムのミューズだったのに、今ではいかにも芸術家がいいそうなフレーズで彼女の存在を否定することなど、2人の出会いやら来し方やらを怒りのエネルギーとともにぶちまける。かと思えば、仕事にありつくための口から出まかせや、彼女が職場で張るささやかな見栄に、その場しのぎの生き方をうかがわせもする。ドッシュは、そんなポーラがやがて自分自身と向き合っていく姿を、豊かな表情と、時にとぼけた味わいで演じて、隣にいそうな生身の存在として感じさせるのです。行きずりの人とのちょっとした会話に、袖擦りあうも他生の縁的な小さな幸福を浮かびあがらせるあたりの微笑ましいこと。

何気ないパリの風景もまた魅力。
何気ないパリの風景もまた魅力。

思えば、友人宅でも安ホテルでも、ポーラに攻撃的な物言いをさせる原因になるのはムチャチャ。ただでさえ大変な状況のなかで、猫がいればより居場所は見つかりにくくなるのは明らかなのに、それでも連れ出してしまったムチャチャは、まさにジョアキムへの未練そのもの。ポーラがまくしたてる言葉や出会う人々と交わす会話のかずかずの面白さはもちろんのこと、猫との関わり方もポーラの心の成長を映し出しているセライユの脚本もまた巧みです。

怒りも繊細さもリアルなヒロインは、人生の岐路での選択にもリアルを感じさせる。

フランス映画が撮るパリは、観光スポットも観光スポット然として捉えないものですが、今作もまた然り。英題にも使われているモンパルナス界隈を中心に、日常を感じさせるパリの街を歩くポーラの後ろ姿が幾度となく映し出されるぶん、ラストカットがより強く心に刻まれます。

(c)Blue Monday Productions

配給:サンリス

『若い女』

8月25日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開

映画ライター

映画レビューやコラム、インタビューを中心に、『anan』『25ans』はじめ、女性誌・情報誌に執筆。インタビュー対象は、ふなっしーからマーティン・スコセッシまで多岐にわたる。日本映画ペンクラブ会員。

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