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殺人を犯し続けた男がアルツハイマーに。その意識の混沌が観客を撹乱する『殺人者の記憶法』 

杉谷伸子映画ライター

殺人者も生身の人間です。なるほど、アルツハイマーになることもあるでしょう。キム・ヨンハの同名小説を映画化したウォン・シニョン監督の『殺人者の記憶法』(英題:Memoir of a Murderer)は、その設定の面白さにそそられずにいられないクライムスリラー。(韓国語が表示できないため記載していませんが、原題の意味は邦題と同じ)

主人公は、かつて多くの殺人を犯しながらも、その事実を知られずに生きてきた獣医ビョンス(ソル・ギョング)。愛する娘ウンヒ(キム・ソリョン)と静かに暮らす彼は、現在ではアルツハイマーの症状が進み、徘徊中に保護されることもしばしば。それでも、するべきことを習慣としてカラダに染み込ませ、獣医を続けていましたが、その習慣を実行したことも忘れてしまうまでに。

その頃、近隣で若い女性ばかりが狙われる連続殺人事件が発生。犠牲者たちと同じ年頃のウンヒの身を案じていたビョンスは、偶然出会った男テジュ(キム・ナムギル)が犯人だと確信するものの、警察は取りあってくれない。記憶力が日々衰えていくなか、ビョンスはウンヒを連続殺人鬼から守るため、行動を起こす…。

ビョンスは自分の手でテジュを捕らえようとする。
ビョンスは自分の手でテジュを捕らえようとする。

かつての凶行を世間に気づかれていない主人公がアルツハイマーになっているという発想も斬新ですが、展開の面白さの鍵を握るのもやはり、彼がアルツハイマーであるということ。なにしろ、ビョンスは直近のことほど覚えていません。さらに最近は、かつての殺人についての記憶も薄れていっているほど。それでも、意識がはっきりする瞬間もある。

そんなふうに日々の状態が不安定なビョンスは、テジュの犯行を確信したかと思えば、一転、自分の記憶に疑念を抱いて、激しく動揺したりもします。ビョンス自身が自分の記憶を信じられないほどに、混沌としていく意識。それは、観客をも混乱させ、観客もまた自分が事実と確信したはずの出来事が、はたして事実だったのかわからなくなってしまうほど。ビョンスの断片的な記憶によって、なぜ彼が殺人を続けるようになったのかも明かされていく重層的な構成のもと、巧みな編集がまた、彼の混沌を体感させてくれる。

監督の注文に応えて、14kgも体重を増やしたキム・ナムギル。その増量が不気味さも増す。
監督の注文に応えて、14kgも体重を増やしたキム・ナムギル。その増量が不気味さも増す。

そして、2人の殺人者が繰り広げる攻防のものすごい緊張感に観客を引きずりこむソル・ギョングとキム・ナムギル。

『ソウォン/願い』『力道山』など多彩な役柄で知られる演技派ソル・ギョングは、最後の殺人から17年を経た50代後半のビョンスを演じるために10kg以上も減量。激痩せによる容貌の激変が、ビョンスの意識の混沌を感じさせる視線の変化とあいまって、なんと鬼気迫ることか。それでいて、ウンヒとの絆が胸を締めつける人間ドラマも堪能させるのがさすが。

一方、キム・ナムギルは14kgの増量。太らせると不気味さが増す顔と考えたウォン・シニョン監督のオーダーに応えたナムギルの風貌は、もちろん普段の彼とは別人の印象ですが、それでも一見したところ好青年と思わせる男前。それでいながら、どこか不穏な空気を漂わせる力量が、素敵すぎる。そんなふうに監督の要求に見事に応えたナムギルの役作りはもちろんですが、彼の顔を見て、太ると不気味さが増すことがわかるウォン・シニョンの直観力もお見事というしかありません。

悪役が魅力的な映画は面白い。本作も、その好例です。

『殺人者の記憶法』

2018年1月27日(土)よりシネマート新宿 ほか全国ロードショー

(C)2017 SHOWBOX AND W-PICTURES ALL RIGHTS RESERVED.

映画ライター

映画レビューやコラム、インタビューを中心に、『anan』『25ans』はじめ、女性誌・情報誌に執筆。インタビュー対象は、ふなっしーからマーティン・スコセッシまで多岐にわたる。日本映画ペンクラブ会員。

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