リピーター続出も納得。社会派サスペンスを一級エンタメに仕上げた手腕に興奮する『消された女』。

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正常な人間でも、精神疾患患者として病院に監禁されてしまう。聞くだに恐ろしい話ですが、韓国では精神保健法第24条に「保護者2人の同意と精神科専門医1人の診断があれば、患者本人の同意なしに"保護入院"という名のもと、強制入院を実行できる」とあったそう。そのため、親族の財産目当てに、第24条を悪用した拉致監禁事件が何件も発生していたというではありませんか。

イ・チョルハ監督の『消された女』(英題:Insane)は、そうした実際の事件をモチーフにした社会派サスペンス。白昼の街中で拉致されたカン・スア(カン・イェウォン)が、精神疾患患者として強制入院させられてしまいます。(韓国語が表示できないので記載していませんが、原題は『私に会いに来て』という意味)

自分は精神疾患ではないと訴えても、聞き入れられるはずもない。(C) 2016 OAL, ALL RIGHTS RESERVED
自分は精神疾患ではないと訴えても、聞き入れられるはずもない。(C) 2016 OAL, ALL RIGHTS RESERVED

2016年4月に公開された韓国ではリピーターも続出するほどのヒットに。前出の第24条の説明で「あったそう」と過去形にしたのは、公開後の同年9月に憲法裁で「精神疾患患者の強制入院は本人の同意がなければ憲法違反」という判決が下り、第24条が改正されたからです。これについて、イ・チョルハは、本作が直接的に法改正を後押ししたわけではないとしながらも、その大きな反響から韓国内における問題意識の高まりを感じたと言います。

1本の映画が社会に反響を与えるというのはすごいこと。けれども、この作品の本当のすごさは、そうした社会派な題材を扱っていることにあるのではありません。ショッキングな題材を、恐ろしく面白い正統派サスペンスに仕上げ、一級のエンターテインメントとして楽しませているのがすごいのです。病院に監禁されたスアを待ち受けるのは、悪夢のような日々ですが、それが延々と描かれるのかと思いきや、さにあらず。イ・チョルハは、病院でのスアの絶望を織り込みつつ、スピード感のある編集でたたみかけ、ヘビーな設定から抱く先入観とは裏腹なスタイリッシュな仕上がりで、複雑な事件の展開に興奮せずにはいられません。リピーターが続出したというのも、思わず唸らせる構成の巧みさがもたらす、エンターテインメントとしてのサスペンスの面白さを物語っています。

スアから送られてきた手帳の内容に興味を持ったナ・ナムスは、スアへの取材を試みる。(C) 2016 OAL, ALL RIGHTS RESERVED
スアから送られてきた手帳の内容に興味を持ったナ・ナムスは、スアへの取材を試みる。(C) 2016 OAL, ALL RIGHTS RESERVED

第24条の性質から、スアを強制入院させたのが身内であることは察しがつくものの、その人物がそうまでして狙っているのは何なのか。そして、スアが監禁されていた病院でいったい何が起きていたのか。

その謎と事件の真相に迫っていくのが、人気報道番組『追跡24時』の辣腕ディレクターだったナ・ナムス(イ・サンユン)。やらせ問題の責任をとらされ、番組から外されていたナムスは、スアが入院中に記録していた手帳が自分宛てに送られてきたことから、現在は殺人事件の容疑者として収監されているスアに興味を抱き、番組復帰を狙って、事件の真相や病院の恐るべき実態に迫っていくのですが…。

自分は精神疾患ではないし、殺人も犯していないと主張するスア。そんな彼女への取材には、復活を期すナムスの野心が絡んでいて、メディアの倫理を考えさせる一幕も。

誰もいない病院の廊下を映し出す映像がJホラーさながらの緊張感をもたらす一方、ナムスと職場の仲間とのやりとりで笑いを誘う。手練の演出もお見事ですが、スタイリッシュな映像センスも東方神起などのPVを手がけたと聞けば納得。一見女性向けではない印象を与えますが、サスペンス好きの女性ならきっと気にいるはず。

『消された女』

2018年1月20日(土)より、シネマート新宿・シネマート心斎橋で公開中。全国順次公開

配給:太秦