笑って、ゾッとして、考える。独裁者の誕生を阻止できるのは誰なのか。

日本のドラマや映画(その原作であるマンガも含め)で現代にタイムスリップしてきたり、タイムスリップした主人公が出会う人物といえば、すぐ思い浮かぶのは坂本龍馬や織田信長。その生き様に男のロマンを感じさせる“英雄たち”です。

ところが、デヴィッド・ヴェンド(監督/脚本)の『帰ってきたヒトラー』では、現代にタイムスリップしてくるのはあのアドルフ・ヒトラーというタブーな存在。彼が1945年からやってきたのは、2014年のベルリン。テレビ局のディレクターをクビになったばかりのザヴァツキは、カメラに偶然映り込んでいたヒトラーをモノマネ芸人と勘違いし、「ヒトラーが現代のドイツを闊歩する」という企画を、復職を狙う手段にすることから始まる風刺劇です。

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ザヴァツキとともにドイツ全土を巡るヒトラーは顰蹙をかうこともあるものの、彼と自撮りする人々らによって、その存在はSNSで拡散され、ザヴァツキがアップした動画も100万回再生を記録。TVのバラエティ番組出演を機に、強い信念に基づく過激な発言で視聴者を魅了していくことに。

どこの国でも過激な発言には、賛否分かれる一方で、熱烈な支持も集まるもの。扇動者としての才能を発揮して、70年後の世界でもたちまち支持を集めていくヒトラーの姿は、そんなことを思わせずにいません。

月の裏側に潜んでいたナチス残党が地球に襲来するというフィンランド・ドイツ・オーストラリア合作の『アイアン・スカイ』という怪作SFもありましたが、ドイツで200万部を超すベストセラー小説が原作とはいえ、現代ドイツを舞台に「ヒトラーを真正面から笑い飛ばす、初めてのドイツ映画」を撮るのはかなりの冒険だったはず。

けれども、この辛辣な作品は、紋切り型にヒトラーをモンスターとして描くのではなく、彼がいかに頭脳明晰で、民衆の心を掴む才能も魅力もあった人物だというふうに描くことによって、 独裁者を生み出す危険がどこに潜んでいるのかも考えさせずにいないのです。

製作サイドがそうした人物を演じられる俳優として、体格にこだわらずに、193cmという長身のオリヴァー・マスッチを選んだことはこの作品の成功の理由の一つでしょう。その見事な総統ぶりは、彼がヒトラーとは明らかに身長が違うことにしばらくは気づかせないほど。むしろ、これがフィクションであることを観客に意識させるために、あえて長身の俳優を選んだのではないかと思わせるほどです。製作サイドがそこまで考えていたとは思えませんが、現代の人々がこのヒトラーを本人だとは思わないのも、この長身のせいでしょうし。

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噛み合わないはずがなぜか噛み合ってしまうヒトラーと現代人のやりとりや、テレビ番組の低俗さを嘆き、ネット社会の発達に驚くヒトラーの姿に風刺の効いた笑いをちりばめつつ、「1930年代を思わせる状況だ」と劇中でヒトラーが言うように社会への不満が溢れる時代への警鐘ともなっているこの作品。

繰り返しになりますが、ドキュメンタリースタイルで撮られたヒトラーと街中で出会う人々との交流がドイツの現在を切り取って見せているなか、現代に甦ったヒトラーの演説に魅了される民衆の姿に改めて思うのは、為政者を選ぶときに国民の負うべき責任と、メディが果たすべき責任。毒の効いた笑いのあとには、きっと考えずにいられなくなるはずです、独裁者を生み出すのは誰なのかと。

6月17日に初日を迎えた本作ですが、出だしは好調だそう。午前中のTOHOシネマズシャンテには40~60代の男性、そして同世代の女性が多く、金曜日ということもあってから、TOHOシネマズ六本木ヒルズの夜の回には20代後半から30代の仕事帰りらしいカップルの姿も多かったとのこと。クチコミでさらに観客層も広がるのではないかと予想しています。

『帰ってきたヒトラー』はTOHOシネマズシャンテほか全国順次ロードショー。