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【解説】部活地域移行!部活はなくなるの?スポーツ庁提言のポイントとゴールはこれだ

末冨芳日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員
(写真:イメージマート)

公立中学校の運動部活動を地域に移行する改革(部活地域移行)が、話題をあつめています。

6月6日にスポーツ庁「運動部活動の地域移行に関する検討会議提言」(以下、部活地域移行提言)が公表されました。

私もこの提言を作成するための「運動部活動の地域移行に関する検討会議」の委員でした。

この提言はスタートラインです。

今回は、教育政策の研究者として、部活を楽しむ子どもを持つ保護者として、部活地域移行というけれど、どんなことが起きるのか、部活地域移行の提言についてポイントとゴールをまとめていきます。

1.部活はなくなるの?

―まずは公立中学校の休日の地域移行から

―教員は専門性のある指導者(希望者のみ)として正当な報酬を

私も、子どもから「部活はなくなるの?」と聞かれました。

大丈夫です、なくなりません。

ただし「当面は」ということです。

今回の部活地域移行の提言のポイントは以下の通りです。

・公立中学校の部活動は「休日」から地域移行していく。

・2023(令和5)年度から2025(令和7)年度までを目標時期とし実施

(平日の地域移行も視野に入れ、平日はできるところから取り組む)

部活地域移行提言(p.5)には以下のような説明がされています。

平日の運動部活動の地域移行についても視野に入れ、休日の運動部活動の地域移行とともにできるところから取り組むことが考えられ、地域の実情に応じた休日に関する地域移行の取組の進捗状況等を検証し、更なる改革を推進すべきと考える。

部活地域移行とは主に以下の3つのパターンです。

-地域スポーツクラブ等に移行するケース

-外部指導者が部活を指導するケース

-教員が「兼職兼業」として報酬を得て指導するケース

たとえば東京都下では公立中学校に外部指導者が配置されているケースが拡大しつつあります。

そうなると平日でも「外部指導者が担当する部活」があり、「教員が担当する部活もある」という状況です。

ただし教員には、現在は正当な金額の報酬が支払われておらず、少額の手当を教育委員会が払っているにすぎません。

そうではなく、休日も平日も、部活指導は「専門性のある指導者」として希望する教員が実施し、それに対し「兼職兼業」(いわゆるアルバイト)とし、正当な金額の報酬を払う仕組みに移行していくことになります。

地域や民間団体の少ない人口減少地域では、教員が部活動を担当することも、これまで通り多いでしょうが、やはり「専門性のある指導者」として希望する教員が実施するルールが導入される必要があります。

指導者資格取得の資金も、教員の自己負担ではなく、地域のスポーツ活動を支える仕組みとして、自治体が補助するなどの制度の整備も重要です。

なお部活動は教員の長時間労働を改善するため、でもありますが、やはり子どもたちにとってのメリットが意識されることが大事です。

2.そもそも部活地域移行はなんのため?

―少子化で学校で部活動ができない地域が増えていく

―地域スポーツクラブで「子どもも大人も幸せで楽しい」活動を

―1種目だけではない様々なスポーツをどの中学生も大人も楽しむ社会に

そもそも部活地域移行ってなぜ必要なの?

放課後は部活があたりまえだった人ほどそう思うことでしょう。

部活地域移行提言から、私がとくに伝えるべきだと考えるのは、以下の3つの理由です。

(1)少子化で学校で部活動ができない地域が増えていく状況があり、中学生がスポーツ活動を楽しむためには学校だけでは支えきれない

(2)学校部活・合同部活動だけでなく、地域スポーツクラブで、「子どもも大人も幸せで楽しい」活動を

(3)1種目だけではない様々なスポーツをどの子どもも楽しめる地域・社会に

(1)少子化で学校で部活動ができない地域が増えていく状況があり、中学生がスポーツ活動を楽しむためには学校だけでは支えきれない

都市部に住んでいると気がつきにくいのですが、地方の中学校では少子化の影響が部活動にもおよんでいます。

公立中学校等では、部員が集まらないことにより、大会への出場だけでなく日頃の練習すらままならない状況が見られるようになっている。

部活地域移行提言p.4

(2)学校部活・合同部活動だけでなく地域スポーツクラブで、「子どもも大人も幸せで楽しい」活動を

だからこそ複数の学校での合同部活動なども進められています。

また注目されるのは地域スポーツクラブを設置し、部活地域移行を進める動きです。

新たなスポーツ環境の整備充実を進める中においては、単に中学校等の生徒のスポーツ機会を確保するという観点だけでなく、地域住民にとっても、より良い地域スポーツ環境となることを目指す必要がある。このため、地域のスポーツクラブ等の整備、住民ニーズに応じて複数の運動種目に取り組めるプログラムの提供、質の高い指導者の確保など、地域スポーツ全体を振興する契機としていくことが必要である。

部活地域移行提言p.7

地域スポーツクラブは、就学前段階から小中高校生、若者・大人まで地域の多世代型の拠点となることや「スポーツクラブにいけばいろんなスポーツやダンス、武道も親しめる」といった、多種目型の活動が行えるなどの特徴があります、

またスポーツや運動が大好きな子どもたちが、多世代型の活動の中で、少し上の世代のお兄さんお姉さんや地域の大人たちと信頼関係をはぐくみながら、様々なスポーツを楽しめる「居場所」となるという利点もあるでしょう。

地域スポーツクラブについては、実際に20年以上も取り組みをされてきた事例は参考になると思います。

私も機会があればフィールドワークに行き、関係者や子ども・保護者のお声も聴いてみたいと思います。

※特定非営利活動法人・新町スポーツクラブ

また渋谷区では一般社団法人に部活動を委託し、家計負担も民間に比べると低額で収まっており、中学生がプロの指導も受けられるといった改革が進んでいるそうです。

※NHK首都圏ナビ「部活動 地域移行で提言案 経済的な負担や指導者確保どうする?」(2022年5月31日)

教員だけが指導する閉ざされた学校の運動部活動の中で、暴言暴力やパワハラが生じる環境的なデメリットもあります。

スポーツ嫌い、部活嫌いを少なくない中学生に発生させてきた、学校が囲い込む部活の在り方は、大きな転換点にさしかかっているのです。

今回の提言では、運動部活動や地域スポーツ活動に関わる指導者には、暴言暴力やハラスメントの禁止を含めたトレーニングを受け、専門資格を取得していく方向も示されました。

私自身は、運動部活動地域移行のゴールは「子どもも大人も幸せで楽しいスポーツ活動」だと考えています。

地域スポーツクラブは、そのためにめざすべきゴールの1つだと考えています。

(3)1種目だけではない様々なスポーツをどの子どもも楽しめる地域・社会に

室伏広治スポーツ庁長官は5月31日の部活地域移行会議の際に「体験格差をなくすこと」が重要だとおっしゃっておられました。

検討会議を振り返り、この言葉には4つの意味がこめられていると私はとらえています。

―低所得世帯であっても、どの子も気兼ねなくスポーツ活動を楽しめる地域・社会にすること。

―障害を持つ子どもでも、安心して学校や地域でスポーツ活動を楽しめる環境を充実させていくこと。

―山間地域や離島であっても、スポーツ活動の機会を保障していくこと。

―1種目だけではなく様々なスポーツを楽しむ機会をどの子にも保障していくこと。

1種目だけではない様々なスポーツをどの子どもも楽しめる地域・社会は、様々な人同士のつながりや交流が生まれる豊かなコミュニティであると言えるでしょう。

また子どもが大人たちによって1種目だけのスポーツに専念させられすぎることが、子どもたちに故障やバーンアウトなどのリスクを発生させてしまう問題も、スポーツ活動に関する実証的研究からあきらかになってきました。

様々なスポーツ(マルチスポーツ)を幼少期から楽しんできたスーパーアスリートが多いことも注目されています。

カナダでは「すべてのカナダ国民が子供から高齢に至るまで、生涯アクティブでいられること」を重視し、子ども・若者・大人がマルチスポーツを楽しめる環境を重視しています。

マルチスポーツは、子ども期から自己調整学習能力を養ったり、大人になってもマルチスポーツを楽しむことで誰もが「スポーツを生涯楽しめるハッピーなアスリート」になれる社会を目指しているそうです。

日本でもマルチスポーツに興味のある中学生が59%いるとのデータも示されています。

※日本アイスホッケー連盟「Sport for Life - カナダがマルチスポーツを推す理由(前編)・(後編)」

色々なスポーツをやってみたいと思っている子供が多くいるのに、学校や部活などのスポーツ制度上、それができていない、という課題が改めて浮き彫りになったと言えます。

マルチスポーツへの若い世代のニーズがある、とわかったことは大きいと思います。今後、子どもたちが複数のことが続けられるような環境を作っていく、ということも実現していきたいものです。

※日本アイスホッケー連盟「Sport for Life - カナダがマルチスポーツを推す理由(後編)」

私もこの考え方に共感します。

3.今後の課題

―政府の予算補助・家計負担軽減

―強制加入・生徒への暴言暴力やパワハラの禁止

―高校入試・学習指導要領改革

部活地域移行を進めるうえでの課題は大きく3つです。

(1)政府の予算補助・家計負担軽減

今後、超少子化が進む中でも、子どもたちが地域でスポーツ活動を楽しめる環境のためにはお金が必要です。

また低所得世帯であっても、子どもたちがスポーツ活動に安心して伸び伸び取り組むためには、家計負担軽減や家計補助の充実が大前提です。

部活地域移行検討会議でも、PTAや地方自治体や教育長団体、教職員組合から、政府の予算補助・家計負担軽減を求める意見が多くあがりました。

私も内閣府・子供の貧困対策に関する有識者会議委員として、お金がなくて部活をあきらめる生徒や保護者の悲痛な声を紹介し、改善を訴えてきました。

室伏長官、スポーツ庁のみなさんもいま必死に頑張っておられます。

みなさんもお住まいの自治体の知事さん・市町村長さん、国会議員さんや、県議会・市町村議会議員さんに「子どもたちの体験格差をなくすためにしっかり国も地方自治体も予算を使ってほしい」と応援していただけると、とても心強いです。

(教育委員会や学校関係者だけも必死の努力を続けてきましたが、子どもたちのための部活地域移行のためにはもっともっとたくさんの応援団が必要です。)

(2)強制加入・生徒への暴言暴力やパワハラの禁止

部活強制加入は生徒への人権侵害です。

部活地域移行提言でも以下のように、強制加入については厳しく戒める方針があらためて打ち出されました。

部活動は生徒の自主的・自発的な参加により行われるものであり、生徒の意思に反して強制的に加入させることは部活動の趣旨に合致せず不適当であること。

部活地域移行提言,p.42

また部活動で横行する暴言暴力やパワハラ、エビデンスにもとづかない長時間トレーニング(根性主義)や勝利至上主義など、全員ではないですが部活指導者(その多くは教員)のレベルが低いという課題があります。

部活地域移行に際しては、指導者の資質・能力を向上し、生徒やアスリートの人権・権利の尊重も重視する専門資格を取得していく改革も進んでいきます。

生徒にとってふさわしいスポーツ環境を整備するためには、各地域において、専門性や資質・能力を有する指導者を確保していく必要がある。特に心身の発達の途上にある生徒を指導する者には、練習が過度な負担とならないようにするとともに、生徒の安全の確保や、暴言・暴力、行き過ぎた指導、ハラスメントなどの行為の根絶が強く求められる。その際、生徒の基本的人権の保障や権利利益の擁護の観点にも留意する必要がある。

部活地域移行提言,p.19

(3)高校入試・学習指導要領改革

このような部活での生徒への人権侵害を横行させてきた要因ともなってきたのが、高校入試における調査書と中学校学習指導要領です。

部活を教育課程外の活動としながらも学校が行うべき活動であると関係者に錯覚させてしまってきた中学校学習指導要領は、見直される方向も明記されました。

そもそも高校入試において、学校の正規のカリキュラムに位置づいていない放課後の活動まで評価することは、本来であれば家庭の私権の範囲に高校側が介入する行為であり、私自身は教育学の研究者として不適切であるという批判的立場をとってきました。

高校入試で部活動を評価することで、生徒のテストスコアが上がる等のエビデンスもありません。

そもそも民主主義国家であるわが国では放課後に何をしようが、生徒の自由です(保護者はもちろん監護し養育する義務はありますが)。

いままでは学校での部活に強制加入させることで中学校教員が調査書を書くことがあたりまえ(これもまた教員の多大な負担になっていますが)とされてきました。

しかし教員は本来教育課程を司る専門職であり、放課後活動まで関与し評価することが専門職としての仕事ではありません。

たとえば広島県の高校入試改革では来年度入学者から調査書の配点を低くし生徒自身による「自己表現」が導入されます。

部活など放課後活動は教育課程外なので、高校入試では評価しないというあたりまえのルールを実現している都道府県もあります。

もちろんスポーツ推薦制度などでは、放課後等の活動歴や受賞歴は重要ですが、それは競技歴とともに競技団体からの証明書等を高校に受験生が直接送付すべきではないでしょうか。

高校入試改革、学習指導要領改革については、文部科学省が取り組むべき事項であり、引き続き注視する必要があります。

おわりに:ひとりの大人として部活地域移行に思うこと

―子どもにも自由と権利がある

―遊ぶ権利、休む権利も大切に

私自身は運動は嫌いですが、中学校・高校ともに生徒の自主性・自律性を大切にしてきた部活にめぐまれたおかげで、スポーツをすることは嫌いにならずいまも時々スポーツを楽しむ人生を送っています。

これまでスポーツを重視してきた日本大学で教鞭をとってきましたが、幼少期からの単一競技や根性主義の指導、大人の勝利至上主義による無理な大会参加で、深刻な障害を負ったり、ハラスメントに苦しんだり、基礎学力を保障してもらえず漢字も読めない学生にあたりまえのように出会うことに心を痛めてきました。

日大アメフト事件の際には、大学に提言を提出しましたが、大学としては抜本的な改善策をとらず、その後の体育会出身幹部の暴走が止まらなかったことはみなさんご存じのとおりです。

暴言暴力やハラスメントも日本大学の運動部活動でも改革に取り組んでいますが根絶には至っていません。

※朝日新聞「(私の視点)日大信頼回復のために 人権守る体制づくり必須 末冨芳」(2018年7月5日)

このような実態に深くかかわる中で、私はスポーツ観戦が楽しめなくなっています。

野球もサッカーも、ほかの競技も、アスリートの多くが暴言暴力や虐待、ハラスメントの被害者ではないか、そのような懸念を持たなくてはならない日本では、安心してスポーツ観戦ができないのです。

スポーツ毒親に苦しめられてきたアスリートもいるでしょう。

部活改革のまえに日本の大人にあらためて知ってほしいのは、子どもにも日本国憲法に定める基本的人権が保障されなければならず、自由と権利があるということです。

いよいよ国会で成立する、こども基本法にもそのことが明記され、子どもの権利の実現に国民も努力する規定が明記されています。

そもそもスポーツ活動も部活も放課後の過ごし方の1つの選択肢にすぎず、子どもたちには様々な過ごし方の自由を認めることが大切です。

とくに大人もやたらと忙しい日本だからこそ、子どもの「遊ぶ権利」、「休む権利」も大切にしていただきたいものです。

子どもやアスリートの権利が尊重され、子ども期から暴言暴力やパワハラのない、信頼できる人間関係の中で育ってきたアスリートが活躍する時代が早く到来することを願っています。

部活地域移行はそのための大事な一歩でもあるのです。

日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員

末冨 芳(すえとみ かおり)、専門は教育行政学、教育財政学。子どもの貧困対策は「すべての子ども・若者のウェルビーイング(幸せ)」がゴール、という理論的立場のもと、2014年より内閣府・子どもの貧困対策に有識者として参画。教育費問題を研究。家計教育費負担に依存しつづけ成熟期を通り過ぎた日本の教育政策を、格差・貧困の改善という視点から分析し共に改善するというアクティビスト型の研究活動も展開。多様な教育機会や教育のイノベーション、学校内居場所カフェも研究対象とする。主著に『教育費の政治経済学』(勁草書房)、『子どもの貧困対策と教育支援』(明石書店,編著)など。

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