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それでどういじめ被害者を支援し、加害者加担社会を変えるか?4・いじめ法制改善を、小山田氏批判を越えて

末冨芳日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員
文部科学省ホームページ「いじめとは、なにか」より

文春記事「僕はなぜ“障がい者イジメ”を得意げに語ったのか」で、小山田圭吾さんへの誹謗中傷が再燃してしまっています。

重要なのは加害者を誹謗中傷することではなくいじめ加害をなくし、いじめ被害者を保護・ケアすることです。

いまの法制(いじめ防止対策推進法)や政策の改善点を考えます。

問題点1:犯罪行為としてのいじめは文科省も明確化しているが進まぬ警察・司法連携

学校の「見守る姿勢」が対応を遅らせる

文春記事による誹謗中傷の再燃の根底には、過去の出来事とはいえ加害者グループによる深刻な犯罪行為を許しがたいと思う人の感情があることは私も理解しています。

いじめとひとくくりにされますが、犯罪行為とそうでない行為に区分した対応することが重要です。

すでに文部科学省も2013(平成25)年に通知を出しています。

校内での児童生徒間の犯罪行為は警察に相談・通報する方針が示されています。

※文部科学省「平成25年5月16日 早期に警察へ相談・通報すべきいじめ事案について(通知)

いじめ防止対策推進法施行と同じタイミングで発出されており、すでに現行法制と政策には、いじめ犯罪と、そうではない悪口などの日常的ないじめとを区分した対応が設計されていることが分かります。

文部科学省「学校において生じる可能性がある犯罪行為等について」より
文部科学省「学校において生じる可能性がある犯罪行為等について」より

しかし現実には、2013年以降も旭川中学生事件や、私も過去の記事で紹介したような深刻ないじめ犯罪が後を絶たず、警察・司法との連携も進みません。

なぜでしょうか?

その理由として、小中学校でのいじめは、加害被害関係が入れ替わりやすいこと、少年司法はいじめの矯正教育に対応できていないこと等をあげる専門家もいます。

※山口直也,2013,「いじめ問題に対する少年司法の課題 : いじめ防止対策推進法の成立に寄せて─いじめ防止対策推進法の成立に寄せて─」『〈教育と社会〉研究』

確かに、悪口をいいあったり仲間外れをする関係は、被害者と加害者が入れ替わりながら繰り返される場合も多いでしょう。

この時に学校が「見守り」、児童生徒の人間関係を改善することで、対応をすることも日常的に行われています。

しかしながら、どの時点まで「見守り」を続けるのかの線引きは、いじめ防止対策推進法や関連政策・通知には示されていません。

たとえば同一児童生徒による犯罪行為が3回以上繰り返されるならば警察相談を学校にルールづけ、保護者・児童生徒にもそのルールを共有するなどの対応も必要になると思われます。

学校だけでのルール整備は難しいので、警察・教育委員会・校長・生徒指導担当教員やスクールロイヤーなどが話し合いながら、自治体単位でのルール整備も必要になるかもしれません。

根拠法となるいじめ防止対策推進法や関連規則・通知の改善による下支えが重要にもなります。

問題点2:いじめ重大事態報告が学校まかせで隠蔽されることが多い

いじめ重大調査のコストがかかりすぎて教育委員会も嫌がる

2013年いじめ防止対策推進法の当初から、同法の課題として以下のことが指摘されていました。

被害児童生徒等が重大事態に当たると考えられる旨を伝えたにもかかわらず、学校が重大事態の発生を認めず、その結果として、(いじめ防止対策推進法)法28条項が求める調査が実施されないという事案がしばしば生じている。

※永田 憲史,2020,「いじめの重大事態の判断に関する考察 : いじめ防止対策推進法の強靭化を目指して」『關西大學法學論集』第70号,p.227

いじめ防止対策推進法第28条では以下の2つの場合には学校・設置者が「事実関係を明確にするための調査を行うものとする」とされています(いわゆるいじめ)。

一 いじめにより当該学校に在籍する児童等の生命、心身又は財産に重大な被害が生じた疑いがあると認めるとき。

二 いじめにより当該学校に在籍する児童等が相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認めるとき。

しかし、現実には、いじめ犯罪被害に遭っている児童生徒や保護者が学校・教委(私立学校の場合には都道府県の私学課等)に訴えても、調査がされないケースが多いことは、私も相談を受けることがあり、心を痛めています。

この理由として、いじめ重大調査のコストがかかりすぎて教育委員会も私立学校を設置する学校法人も嫌がるという理由があります。

たとえば広島県立高校でのいじめ重大事態調査は2019年10月に開始し2021年3月までおよそ1年半かかっています。

研究者・弁護士・カウンセラー・社会福祉士や元警察官など7名の委員の1年半の調査業務に払う時間的金銭的コストは、膨大なものになります。

教育委員会ですらこの負担を避けようとするケースがあります。

ましてや財政的に体力のない学校法人は、余計に重大事態の調査をしたくないという事情で、いじめの隠蔽にはしってしまう構造的課題も無視できません。

この改善策としては、以下の指摘のように罰則や、学校・教委ではない独立機関の調査という改正も有効だろうと考えています。

今後の法改正に当たっては、重大事態の発生を認めず、調査を一定の期間以上実施しなかった教職員に対する罰則を設けるほか、学校が重大事態の発生を認めない場合に、別の機関が重大事態の発生を認め、法28条項の調査につなげていく方策を用意する必要がある

※永田 憲史,2020,「いじめの重大事態の判断に関する考察 : いじめ防止対策推進法の強靭化を目指して」『關西大學法學論集』第70号,pp.227-228

また前提として犯罪行為を含むいじめに丁寧に対応できるよう、教職員配置を手厚くすることも必要です。

スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカーの常勤化、学校内の人権侵害に対応するための専任教員(子どもの安全擁護教諭)の設置などが必要になると考えます。

問題点3:被害者・加害者へのケアやアプロ―チが具体化されていない

法治国家のルールを学ぶいじめ防止教育が必要

またいじめ防止対策推進法は、国・地方自治体や学校や設置者(教育委員会を含む)の責務を定めたものであり、被害者へのケアの体制や、加害者への矯正教育といった具体的アプローチは不足しています。

加害者がいじめを楽しんでしまう傾向も愛知県教育委員会のマニュアル(p.2)で指摘されています。

愛知県教育委員会「平成 27・28 年度県立学校生徒指導事例研究会報告書」,p,2より
愛知県教育委員会「平成 27・28 年度県立学校生徒指導事例研究会報告書」,p,2より

いじめはいけないことだと思っていない認知のゆがみや、しばしば加害者についても指摘される家庭の養育環境の課題や、発達障害等への対応も必要になります。

この点は文部科学省「いじめ対策Q&A」p.4にも専門機関(児童相談所・鑑別所等)との連携が示されていますが、学校で十分活用されているとは言えません。

道徳等でのいじめ防止教育の取り組みもありますが、いじめは犯罪に相当する場合もあり、加害者が少年司法の対象となりうるという法治国家のルールを学んでいくことも、加害防止のためには重要であると考えます。

意識の低い保護者に対するルールの周知徹底も必要になるでしょう。

何よりも犯罪被害者でもあり、未成年であり、丁寧な治療やケアを必要とされるいじめ被害者への支援は、あまりにも少ないことが課題です。

日本スポーツ振興センターの災害給付の対象にはなりますが、心理的カウンセリング等の支援を無料で受けられる仕組みも重要になります。

法改正が実現される場合には、被害者の支援とケアの体制が最優先に実現されるべきであると個人的には考えています。

問題点4:私立学校に関してはいじめ防止対策推進法はザル法

いじめアンケートすらしない学校も

隠蔽は日常茶飯事だがペナルティなし

最後の問題点は、以前の記事にも書いたように私立学校においてはいじめ防止対策推進法はザル法、という実態があります。

私立学校では、いじめを隠蔽しても、たとえば校長や教員が処分される、私学助成を減額される、募集停止とするなどのペナルティルールは法令化されていません。

※末冨芳「それでどういじめ被害者を支援し、加害者加担社会を変えるか?3・『いじめを司法に委ねる』ことの重要性」,2021年8月12日Yahoo!記事

いじめアンケートすらしない私立校の実態は以下の記事にまとめています。

※末冨芳「それでどういじめ被害者を支援し、加害者加担社会を変えるか?2 被害者家族と考える私立学校の甘い対策」2021年8月11日Yahoo!記事

もちろんいじめを早期発見し、解決したり、深刻ないじめ被害に真剣に対応する私立学校も多いことを私も知っています。

しかし教育委員会が所管しないという理由で、私立校でのいじめ隠蔽がされることは、子どもたちの命を預かる学校法人として許されることではありません。

どの学校でも子どもがいじめ犯罪に遭わず、適切なケアや調査に取り組むためにも、いじめ防止対策推進法や政府の政策には進化が求められているのではないでしょうか?

日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員

末冨 芳(すえとみ かおり)、専門は教育行政学、教育財政学。子どもの貧困対策は「すべての子ども・若者のウェルビーイング(幸せ)」がゴール、という理論的立場のもと、2014年より内閣府・子どもの貧困対策に有識者として参画。教育費問題を研究。家計教育費負担に依存しつづけ成熟期を通り過ぎた日本の教育政策を、格差・貧困の改善という視点から分析し共に改善するというアクティビスト型の研究活動も展開。多様な教育機会や教育のイノベーション、学校内居場所カフェも研究対象とする。主著に『教育費の政治経済学』(勁草書房)、『子どもの貧困対策と教育支援』(明石書店,編著)など。

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