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#パラリンピック学校観戦、いま日本の大人が知り考えるべきこと #教職員の働き方改革 #子どもの尊重

末冨芳日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員
オリンピック組織委員会理事会(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

オリンピックが終わって、首都圏の医療体制は事実上崩壊の様相を示しています。

いつ終わるともしれない新型コロナウイルス感染症拡大の中で、「パラの学校観戦 政府、教育委などに協力要請」(産経新聞8月10日)という報道が行われ、保護者である私は大きな不安を感じました。

また学校関係者にも戸惑いと不安が広がっています。

1.パラリンピック学校観戦がなぜこんなに不安なのか?

首都圏医療崩壊と、保護者学校の情報不足

オリンピック学校観戦炎上

 パラリンピック学校観戦(正式には学校連携観戦プログラム)がなぜこんなに不安なのでしょうか。

 それは首都圏医療崩壊の中で、学校観戦について保護者学校があまりにも情報不足だからです。

 感染症だけではありません、体温調節機能が発達中の児童生徒たちの熱中症リスクも不安です。

 またオリンピック学校観戦では、熱中症リスクもある中で、コカ・コーラ社のペットボトル1本しか持ち込めないという報道により、実施自治体が「炎上」してしまう出来事もありました。

 しかし学校観戦の実態はあまりに知られていません。

 一部の実施自治体について以下のような報道がされているのみです。

・バスで会場まで移動

・小中学生を中心に希望者のみ観戦

・ディスタンスは確保されていた

 これ以外の情報があまりないので、スポーツ庁と五輪組織委員会に問いあわせました。

2.組織委員会の回答はオリ学校観戦校数非公表、パラ学校観戦方針未定

スポーツ庁も学校観戦対応通知は非公開

誠実に情報公開した一部の教育委員会に取材・問い合わせ負担集中では?

 保護者や国民の負担を解消するために、スポーツ庁とオリンピック組織委員会に問い合わせをしたところ、それぞれ以下の回答でした。

 スポーツ庁:オリンピック学校連携した観戦校の数や、実際の方針はチケット販売した組織委員会でしか把握していないのでは。

 また学校観戦に関する通知は、観戦校の所在する都道府県にのみ通知しており非公開。内容は、文科省、厚労省、環境省等がいままでに示した感染症・熱中症対策等の指針を共有している。

 また組織委員会より、メールにて以下の回答をいただきました。

(1)オリンピック学校連携観戦プログラムの参加校数(小中高別、自治体別)

⇒自治体数、学校数等の内訳は公表しておりません。

(2)オリンピック学校連携観戦プログラムの参加予定校数(小中高別、自治体別)

⇒パラリンピックに関しては、まだ観客の方針が決まっておりません。

(3)遵守事項、持ち込み禁止物品について、下記リンク以外、学校連携観戦用のガイドラインやルールはあるのか?

https://olympics.com/tokyo-2020/ja/spectators/prohibited-items

⇒学校連携観戦に限らず、全ての観客の皆さまにお守りいただく遵守事項として、「チケットホルダー向け新型コロナウイルス感染症対策ガイドライン」がございます。

https://olympics.com/tokyo-2020/ja/spectators/covid-restrictions

 つまりパラリンピックは無観客方針も決まっておらず、学校観戦の方針も決まっていないので、公式には何の準備もされていない状況だということです。

 このような状況で、子どもたちを学校観戦に安全・安心な状況で送り出すことができるでしょうか?

 スポーツ庁も、組織委員会もお忙しい中で、迅速で丁寧なご対応でしたが、子どもの安全・安心に責任を持つ組織に対応として考えたとき、オーサーであり学校観戦させられるかもしれない子どもの親でもある私は不安を感じました。

 また実施校数が非公表であり、学校連携観戦マニュアルすら整備されないことは、情報公開の在り方として疑問を持ちます。

 誠実にオリンピック学校連携観戦を公表した一部の自治体を守る姿勢ではないからです。

 おそらく、公表自治体に取材や問い合わせが集中しており大きな負担をかけているのではないでしょうか。

 逆にいえばオリンピック学校連携観戦をした学校や自治体の多くを萎縮させ、情報が隠蔽され、パラリンピック学校連携観戦を予定している学校や自治体も不安に陥れる対応になってしまっていないでしょうか。

 だからこそいま求められるのは、学校観戦(学校連携観戦)の冷静な実態把握なのです。

 そこでこの記事では、日本の大人が知るべきこと、として、学校観戦を実施した自治体に、実際にどのように行われたのかという実態の確認をしました。

3.実施自治体に聞きました、じっさいの学校観戦はどう実施されたか?

日本の大人が知るべきこと

 以下、実施自治体のご担当者からの情報をまとめます。

(1)自治体の感染状況

 オリンピック学校連携観戦は、自治体の感染状況次第では中止という前提でした。

 仮にまん延防止対策重点地域や、緊急事態宣言発令があれば、実施はできませんでした。

 幸いなことに、学校連携観戦の時点で、この自治体は深刻な状況にはなく、教育委員会として観戦することを決定しました。

(2)日常からのオリパラ教育への取り組みと保護者・地域の理解とサポート

 学校連携観戦の実施に際しては、日ごろからスポーツに親しむ地域であり、学校教育活動で児童生徒が学びを深めたり、アスリートとの交流を進めてきました。

 また学校連携観戦に際して、保護者・地域の理解とサポートもありました。

 学校連携観戦に際しても地域のみなさまのボランティアの協力もいただきました。

(3)希望者のみ参加の学校行事、児童生徒は休んでも欠席扱いにはならない

 学校連携観戦は、児童生徒の具合が悪くなったり、ケガや事故の可能性もあるので、公的支援制度(日本スポーツ振興共済センター)の対象となるよう学校行事としました。

 希望者のみ参加の学校行事であり、児童生徒は休んでも欠席扱いにはしないという方針を市と学校で保護者に示し、希望者を募集しました。

(4)学校観戦の引率体制はどのようなものだったか

 学校行事なので、通常の学校行事と同様に教員も現地同行と学校での対応を分担しながら実施しました。

 もちろん養護教諭も同行し、応急看護の体制と準備はしていました。

 保護者が学校まで送迎する方式だったので、スムーズな送迎のため学校でも教職員が対応の必要性があったためです。

 以上のように、もともとの自治体としての取り組みや保護者、地域の理解に支えられ、また教職員もイレギュラーな勤務体制を夏休み中にとりながらも、子どもたちが学校観戦を楽しむことができるような体制がとられていたことがわかります。

 とても親切にわかりやすく、学校連携観戦や市の取り組みについてお教えいただいたご担当者はじめ関係者のみなさま、ありがとうございました。

4.いまからの学校観戦決定は教職員の働き方改革に大逆行

組織委員会幹部の「競技が始まる前日に決めたっていい」発言の問題

学校への負担も大きく教育活動としての意義も期待できない

 実施自治体の例からは、感染状況が深刻ならば学校観戦は実施しないという方針があったことが確認できます。

 また日ごろからのオリパラ教育への取り組みや、保護者地域の理解、そして丁寧な準備があってこそ、学校観戦が実現できたのです。

 また子どもの熱中症対策にも十分な配慮がされた運営だったことをお教えいただきました。

 ある組織委員会幹部の学校観戦は「競技が始まる前日に決めたっていい」といったそうですが、それは学校教育活動や教職員の深刻な長時間労働などの深刻な実態をわきまえない傲慢な発言であると私は考えます。

 文部科学省と全国の教育委員会が進める教職員にも大逆行しています。

 いまからとってつけたように学校観戦を決定しても、子どもたちの学びは深まるでしょうか?

 急な学校観戦の準備や引率のために教職員の勤務時間がいっそう悪化してしまうことは明らかです。

 また綿密に作成されている年間指導計画が乱れ、通常の授業実施に支障も出てしまうでしょう。

 全国学力・学習状況調査の分析にも関わる研究者として指摘するならば子どもたちの学力にとってはプラスとは言えません

 オリパラ学校観戦については6月21日の記事でYahoo!オーサーの妹尾昌俊さんも4つの疑問を示しておられます。

 感染症リスク、熱中症リスク、感動の押し付け、学校が担うことなのか?

妹尾昌俊「東京五輪に学校で観戦に行く必要はあるのか? ”子どもたちに感動を”では片付けられない4つの問題

5.では学校観戦をどうするか?

緊急事態宣言地域、まん延防止等重点措置地域での実現はきわめて困難

観戦予定校でも児童生徒・保護者と考え方針決定することが重要

 学校観戦の実施自治体からの貴重な情報からは、以下のことがあきらかです。

 すなわち、緊急事態宣言地域、まん延防止等重点措置地域での実現はきわめて困難だということです。

 教職員保護者を含めた大人のワクチン接種が進まないこと、12歳未満の子どもはワクチン接種の対象とはならないこと、これらを考えると、感染状況が深刻な地域での学校観戦をしようとするのは無謀ともいえるでしょう。

 熱中症のリスクは、感染症とは別に存在します。

 学校観戦の決定権は学校長にあります。

 もしも、感染状況が深刻であるにもかかわらず学校観戦を強行しようとする学校があれば、心配な保護者は校長にこの記事を見せ、意見を伝えることも重要です。

 また感染状況が深刻でない場合にも校長や教職員は、実施自治体の例をもとに、出席を強要したりしないでください。

 最悪なのは、日常の学習活動での取り組みが浅いにもかかわらず、知事・市長・教育委員会や校長の思い付きで観戦決定をすることです。

 そのようなことは教育活動としても悪影響しかありません。

 感染状況が深刻でなく、日ごろからの学習活動に取り組んでおり、学校観戦に行きたいという判断は可能です。

 この場合には実施に際しての不安や期待も、児童生徒や保護者と考え方針を決定していくことが、感染症リスクや熱中症リスクへの現実的な対応や、子ども達のより良い学びにつながるはずです。

おわりに、日本の大人が考えるべきこと

子どもに感動を押し付ける大人になっていませんか?

 最後に、日本の大人が考えるべきことについて指摘しておきます。

 オリンピックパラリンピックは、スポーツを通じて人権を実現するための祭典でもあることをご存知でしょうか?

 日本人のメダルを喜ぶだけの表面的な楽しみ方をしていませんか?

 自分が感動するからといって、子どもたちに勝手に感動を押し付けていませんか?

 このような勝利至上主義やパターナリズム(権力をもつ大人とくに男性が、子どもや社会的弱者に価値観を押し付けること)は、オリンピックパラリンピックの基盤にある五輪精神とはかけはなれたものです。

 今回、子どもたちに学校観戦をおしつけようとする大人たちの中にはそのような人が一定数いるだろうことが残念でなりません

 スポーツは好きではないし学校観戦に興味がない子どももいれば、大好きで観戦に行きたい子どももいる。

 そのような子どもの多様性を尊重してはいただけませんか?

 子どもたちも大人と同様に個性を持ち、権利と尊厳を尊重されるべき存在です。

 東京五輪は多様性と調和を大切にするのではなかったでしょうか?

 観戦や応援を強要することは、スポーツ嫌いの子どもを増やすことにもなりかねません。

 女性蔑視発言、障害者いじめやホロコーストネタ化など、日本は人権侵害の国であるというイメージを国際社会に発信してしまったオリンピックではありましたが、もうそのような恥ずかしい日本であることはやめませんか?

 子どもたちに感動を押し付けず、子どもたちと一緒に考え行動する日本の大人が増えることを願っています。

日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員

末冨 芳(すえとみ かおり)、専門は教育行政学、教育財政学。子どもの貧困対策は「すべての子ども・若者のウェルビーイング(幸せ)」がゴール、という理論的立場のもと、2014年より内閣府・子どもの貧困対策に有識者として参画。教育費問題を研究。家計教育費負担に依存しつづけ成熟期を通り過ぎた日本の教育政策を、格差・貧困の改善という視点から分析し共に改善するというアクティビスト型の研究活動も展開。多様な教育機会や教育のイノベーション、学校内居場所カフェも研究対象とする。主著に『教育費の政治経済学』(勁草書房)、『子どもの貧困対策と教育支援』(明石書店,編著)など。

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