「イスラム原理主義」はどこに消えたのか/イスラーム主義とは何か(第4回)

トランプ氏イスラーム教徒排除論、世界各国で非難の声(写真:ロイター/アフロ)

ロンドン中心部、チャリングクロス・ロード。かつて書店街として知られたこの通りも大きく様変わりし、現在では書店も片手で数えるほどしか残っていない。

個人的な思い出話をお許しいただきたい。10年ほど前、今はもうなくなってしまった某書店のなかで、出張中だった日本人のある先生とばったりと出遭った。人類学者の大塚和夫先生であった。しばしの立ち話の後、気さくな先生は筆者を飲茶に誘ってくださり、別の日本人研究者と3人でチャイナタウンでの即席研究会が開かれることになった。

大塚先生は、中東やイスラームという「異文化」を記述する際の「言葉遣い」をとりわけ大事にされていた。観察者である私たちは、ある現象を理解したり分析したりするために、それらに名前を付ける。しかし、名付けとは一方的で暴力的な行為である。一度名付けられてしまえば、名付けられた側に抵抗することは難しい。そして、いつの間にか、その名前は独り歩きしていく。

それゆえに、観察者の側は、その名前に沈潜する自らの無意識の前提や規範を問い直し続ける必要があり、それが、「異文化」を記述する際の倫理である(その後、即席研究会では、「方法論的本質主義」の話になったが、ここでは省略する)。

消えた「イスラム原理主義」

大塚先生が特に問題視されていた用語が、「イスラム原理主義」であった。1980年代から90年代にかけて、イスラーム教徒によるテロや紛争のニュースのたびに用いられていた用語であったが、気がつけば、最近ではほとんど見かけなくなった。

『朝日新聞』のデータベースで単純に「イスラム原理主義」と検索してみると、たとえば、2001年1月1日から今日(2015年12月10日)までの期間で859件の記事がヒットする。2001年からの5年間では514件だが、直近の2010年からの今年までの5年間ではわずか70件であり、しかもそのほとんどが識者の談話や書籍などからの直接引用である。

なぜ、「イスラム原理主義」は使われなくなったのか。その用語の問題性は、かねてから多くの研究者から指摘されてきた。

第1に、明確な定義がなされないまま、一部のイスラーム教徒(ムスリム)に対して「狂信」「頑迷」「野蛮」「前近代」「保守」、そして「テロリスト」といった否定的なラベリング(レッテル貼り)に用いられる用語であったことである。要するに、蔑称であり、ムスリムのなかで自らを「イスラム原理主義」だと名乗るものは(おそらく)存在しない。

第2に、「原理主義」という言葉自体が、英語の「ファンダメンタリズム」の訳語であり、元来は20世紀初頭の米国における聖書無謬説を掲げたプロテスタント系のキリスト教徒の一派を指す用語であったことである。ゆえに、それをそのままイスラームに当てはめることは適切ではない。ムスリムは、クルアーン(コーラン)の無謬性を信じ、その教えに従って生きる。だとすれば、彼ら彼女らは皆「イスラム原理主義者」になってしまう。

加えて、「たった1つの原理に忠実である」と言った場合、それは普遍を掲げる他の世俗的なイデオロギー(例えば、マルクス主義やフェミニズム)にも同じように見られること、それから、多神教の影響が強い日本社会では否定的なニュアンスを持つことなどが指摘されてきた。

つまり、「イスラム原理主義」は、何も言っていないに等しい名付けに過ぎないのだが、にもかかわらず、いや、それゆえに、差別や偏見、誤解を生み出しかねない用語なのである(大塚和夫『イスラーム主義とは何か』岩波新書, 2004年)。

多様で変化に満ちたイスラーム主義

今日の世界において、イスラームに依拠した社会改革や国家建設を目指す政治的イデオロギーは確かに存在する。それを一般に、イスラーム主義(Islamism)と呼ぶ。その他、「政治的イスラーム(political Islam)」や「イスラーム行動主義(Islamic activism)」などの用語が用いられることもある。

むろん、イスラーム主義の用語も、「イスラム原理主義」と同様に、名付けの問題から無縁ではない。しかし、蔑称としてのニュアンスは幾分弱く、何よりも自称する者たちも少なくない。分析概念であり完全なる他称である「イスラム原理主義」に対して、イスラーム主義はより実態に即した用語として、学界やメディアでも広く使われるようになっている。

第1回で論じたように、イスラーム主義は、イスラームの教えにおける政治や社会のあり方をめぐる解釈を積極的に引き受けながら、その実現を是とする政治的イデオロギーの総称である。そのなかには、民主主義や人権、報道の自由といった現代世界の普遍的価値との接点を探る動きもあれば、頑迷固陋(ころう)な性格を持つものや、武装闘争を至上とするジハード主義(第3回参照)もある。

「イスラム原理主義」の用語は、「たった1つの原理に忠実である」というニュアンスや復古主義的な響きから、こうしたイスラーム主義が持つ多様性と動態性をかき消してしまう。実際には、イスラーム主義者たちの目指すところ、言い換えれば、イスラームの教えに基づく政治や社会のあり方は1つではなく、様々な試行錯誤が行われている。そして、地域や政治環境の違いによって異なる様相を見せ、また、時代の変化に応じて、自らを常に変化させている。

「イスラーム主義的」を探求する

大塚先生は、イスラーム主義だけではなく、イスラームそれ自体を多様性と動態性を有するものとして見ることの重要性を説かれていた。それは、「イスラーム的」という一風変わった本の題名に端的に表れている(大塚和夫『イスラーム的:世界化時代の中で』NHKブックス, 2000年, 同書は長らく絶版となっていたが、今年2015年に講談社学術文庫として復刊された。)。

イスラームは全知全能の神の意思であり、非力な人間が100%理解することは不可能である。それゆえに、ムスリムは、それに少しでも近づこうと様々な努力をする。だとすれば、観察者である私たちが分析できるのは、多様で常に変化し続ける「イスラーム的」であろうとする人びとの行為だけなのである。

多様性と動態性に満ちた複雑な現実を理解することは簡単ではなく、手間も時間もかかる。また、複雑な現実は、中東やイスラームに限ったことではなく、ありとあらゆるものに宿っている。そのため、私たちが世界を理解していく上では名付けは不可避であり、概念化や理論化を放棄する諦観や無作為が正しい姿勢ではないだろう。

しかし、ここでわざわざ複雑な現実に辛抱強く向き合うことの重要性を強調したのは、「イスラームの戦い(ジハード)」と「テロとの戦い(対テロ戦争)」の暴力の連鎖のなかで、善悪二項対立のわかりやすい構図が再び現出しているように思われるからである。善と悪との戦いにおいて、自らを善の側に置き、暴力と憎しみを悪の側に向ける。こうした構図が顕在化するきっかけとなったのは、2001年の9.11同時多発テロ事件であったが、それから15年経った今も、多くの人びとの思考に染みついているように見える。

米国の共和党大統領候補者選に出馬中の実業家ドナルド・トランプ氏が、カリフォルニア州での銃撃事件を受けて、すべてのムスリムに米国入国の禁止を呼びかけたことで物議を呼んでいる。残念なことに、イスラームと「イスラーム国(IS、ダーイシュ)」を(おそらくは意図的に)混同するような単純化された言説が、米国社会(だけではないが)において一定の訴求力を持っていることは否定できない。善悪二項対立的な世界を情熱的に語り、人びとの怒りを「悪」へと向けさせる手法は、一括りにした「西洋」を悪魔化するプロパガンダをまき散らしている「イスラーム国(IS、ダーイシュ)」のそれと本質的に変わらない。

2009年に急逝された大塚先生が今もし生きておられたら、この暗澹(あんたん)たる現状に対して何を語られただろうか。「イスラム原理主義」が消え、イスラーム主義をはじめとする他の様々な用語が使われるようになっても、イスラームや中東の現実を過度に単純化する言説は減る気配はない。

本連載では、「イスラーム的」ならぬ「イスラーム主義的」が織りなす豊かな現実とその理解のための枠組みについて、できるだけわかりやすく論じていきたいと思う。次回からは、もう少し具体的な話に入っていこう。