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人手不足なのになぜリストラをする会社があるのか〜頭数の問題ではなく、ポートフォリオのバランスの問題〜

曽和利光人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長
リストラはしない方がいいに決まっている。(提供:イメージマート)

■黒字リストラをする企業が出てきている

以前の世界では、企業の業績が悪化するとコスト削減のために整理解雇や希望退職のようなリストラを行うというのが一般的でした。ところが近年においては「黒字リストラ」という言葉もあるように、企業業績が順調なのにもかかわらず、リストラを断行する企業が出てきています。特に今の日本は少子化を背景とした構造的な人手不足時代です。コロナ禍においてすら、求人倍率は以前のリーマンショックほどには落ち込んでおらず、相変わらずの売り手市場です。一方で採用に苦労しているというのに、一方で人材をリストラしているというのは一見すると矛盾しているように思えます。

■背景には人材ポートフォリオのリバランスが

しかし、その理由はシンプルで、人材ポートフォリオのバランスが悪いからです。企業が人を必要としていても、それはともかく頭数だけ揃えればよいというものではありません。どんな企業でも、こんな人がこれくらい、あんな人がこれくらいというように、事業を遂行していくのに必要な人材ポートフォリオ(人の組み合わせ)があります。人数だけ合っていても、人材ポートフォリオが適正なものになっていなければNGです。そこで、ポートフォリオ上で過剰なセグメント(職種や等級など何らかの軸で切り分けた集団)の人材は減らし、不足しているセグメントの人材は増やそうということで、黒字リストラをするわけです。

■適切な人材フロー計画がないからバランスが悪くなる

このような人材ポートフォリオのバランス悪化はなぜ生じるのでしょうか。それはその企業が適切な人材フロー計画を立てられていないからです。人材フローとは、その言葉通り「人材の流れ」です。つまり、組織のどこから人を入れて(新卒採用なのか、中途採用なのか、非正規雇用からの登用なのか、等)、内部でどのように動かし(昇進・昇格・異動、等)、どうやって代謝(自主退職、リストラ、定年、等)を促すのかという計画のことです。この人材フロー計画をきちんと立てて、さらに環境の変化に合わせて修正をしていれば、リストラにしわよせがいくことはないはずです。リストラ以外の手法を計画的に実施していないため、最も悲劇的な手法であるリストラでリバランスするしかなくなるのです。

■これらは「すでに起こった未来」であり実は対処可能

かのドラッカーは「未来を予想してもあまり意味がない。だが、すでに起こり、後戻りのないことであって、10年後、20年後に影響をもたらすことについて知ることには重大な意味がある。しかもそのようなすでに起こった未来を明らかにし備えることは可能である」(『P.F.ドラッカー経営論集』)と述べています。社会にとっても企業にとっても同じで、それは人口構造の変化、企業においては、上述の通り、目指す人材ポートフォリオと人材フローの計画です。企業の事業戦略上の未来などなかなか予測できるものではありませんが、企業内の人口構造の変化は最も正確に予測できる未来です。十分対処が可能なのです。

■人事担当者がやるべきことをすればリストラは減る

もちろん、事業上の変化が目指す人材ポートフォリオも変化させるため、企業内の人口構造も完璧に予測することは不可能です。しかし、企業を取り巻くあらゆる事象の中で、それが最も予測しやすいことであることは事実でしょう。そして環境が変化するたびにその予測を修正していけばよいのです。人事担当者が人材ポートフォリオとそれを実現するための人材フローの修正を適宜行っていき、その後工程である採用や育成や配置の計画に反映していくことができれば、リストラという組織に不協和音を生み、対象となった個人に不幸をもたらす可能性のある手法を用いる必要性は減っていくはずです。

■人口推定の理屈はそれほど難しいものではない

しかし、このように計画的な人材ポートフォリオの策定と人材フロー計画を立てている企業は多くはありません。やればよいだけのことをやらずに、リストラを「仕方ない」としているのは残念なことです(もちろん前任の不作為の責任を取って、リストラの実行者になる方には責任はありませんが)。さらに言えば、企業における人口推定など、それほど難しいものではありません。例えば、組織を構成する人口ピラミッドを等級というセグメントで分けたとします。ある等級に属している人の数は、①その等級に外部から採用した人数、②その等級から外部に退職した人数、③上位等級への昇格数、④上位等級からの降格数、⑤下位等級からの昇格数、⑥下位等級への降格数、を加減すればよいだけのことです。Excelで簡単に式を作成し、シミュレーションをすることは可能です。

複雑だが難しくはない。(著者作成)
複雑だが難しくはない。(著者作成)

■総額人件費や労働生産性のシミュレーションも簡単

こうやって企業内人口の動態をシミュレーションすることができれば、他にもいろいろなことが予測できます。例えば、各グレードの予測人員数にグレード毎の平均報酬額をかけて足し合わせれば総額人件費のシミュレーションもできます。企業がリストラを行う理由の第一の理由が総額人件費の削減なわけですから、ちゃんとシミュレーションしておけば、もっと事前に採用にブレーキを踏んだり、配置を最適化したりと手を打つことができます。また、事業計画と総額人件費の比率をみれば、労働生産性のシミュレーションになります。総額人件費の予測値を売上や利益額の予測値で割れば各種生産性指標が出てきます。こうすれば人員の変動によって生産性に問題が出ないかどうかもわかります。

■黒字リストラはまだマシだが、しなくて済むのが最上

以上のように、企業内の人口動態のシミュレーションをして、実現したい人材ポートフォリオとそのための人材フローの計画とに齟齬がないかを確認すれば、リストラは最小限にすることが可能なのではないかと思います。冒頭に述べた黒字リストラは、業績が出せている分、退職者への手厚い割増退職金などが支払えるだけまだマシかもしれないのですが、どんなにお金を積んだとしても残る人にも去る人にも傷跡を残すようなリストラはしないにこしたことはありません。それが本稿で述べたように、簡単な(原理は簡単ですが、実際のシミュレーションは複雑ではありますが)計算をしておくだけで防げるのだとすれば、やらない手はないのではないでしょうか。

人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長

愛知県豊田市生まれ、関西育ち。灘高等学校、京都大学教育学部教育心理学科。在学中は関西の大手進学塾にて数学講師。卒業後、リクルート、ライフネット生命などで採用や人事の責任者を務める。その後、人事コンサルティング会社人材研究所を設立。日系大手企業から外資系企業、メガベンチャー、老舗企業、中小・スタートアップ、官公庁等、多くの組織に向けて人事や採用についてのコンサルティングや研修、講演、執筆活動を行っている。著書に「人事と採用のセオリー」「人と組織のマネジメントバイアス」「できる人事とダメ人事の習慣」「コミュ障のための面接マニュアル」「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?」他。

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