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人はなぜ会社を辞めるのか。辞める人が多い会社とはどんな会社なのか。どうすれば人が辞めなくなるのか。

曽和利光人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長
「一身上の都合により、辞めさせていただきます」(写真:rammy2/イメージマート)

■「人がいない」から退職がより一層問題に

近年、退職が今までもより一層問題視されるようになってきた理由の1つに人手不足があります。私は1学年当たり200万人を超える50歳の団塊ジュニア世代ですが、現在の20代の若手はその半分の100万人程度しかいません。若者が採れないのは、若者がいないからです。いないのであれば、定着してもらい育てなくてはなりません。ある意味とても単純なことです。

さて、この退職の原因はどのようなものがあるでしょうか。まず、退職にも「避けられないもの」と「避けられるもの」があります。親の介護や配偶者の転勤などの致し方ないものや、処遇など現職よりもかなりよい条件を提示されてステップアップしていくようなケースは、なかなか避けられません。

■人が会社を辞める3つの理由

しかし、それらを除けば、本来なら避けられた退職原因は3つに分けられると言われています。それは①入社のストレスの問題、②人間関係(相性)の問題、③キャリア観の問題です。

①入社のストレスの問題

そもそも新しい職場に入ること自体が大変ストレスフルです。1960年代にアメリカのホームズ博士が提唱して有名な「ストレス表」というものがあります。さまざまなライフイベントのストレス度をそこから回復できる期間で数値化したものです。

1年間に起こったライフイベントの数値を合計して、200点を超えると50%が、300点を超えると80%が2年以内に心の不調を訴えると言われているのですが、就職・転職に関係しそうな「退職」「再就職」「経済状況の変化」などを足していくと、優に200点を超えてしまいます。

これに追い討ちをかけるのが「リアリティショック」で、読んで字のごとく、現実に直面して理想化したイメージが打ち砕かれるショックです。

人は大きな決断をしたとき、選んだのは「よい選択肢」だと思いたくなるものです。そして、入社する会社についての情報は、よいものは取り入れ、悪いものはスルーして、理想化してしまいがちです。そのために新入社員は、ありのままの現実に接するだけでギャップが生じてしまい、モチベーションが下がるわけです。

ギャップを少しでも和らげるには、採用過程や内定者教育時に、ネガティブなことを含めた入社後の現実を丁寧にインプットしていくしかありません。

②人間関係(相性)の問題

ある人をどこかの部署に配属するとき、人事はどんなことを考えるか。要素としては「能力」や「性格」「志向」などがありますが、多くの場合、受け入れ側には「その仕事ができるのか」という「能力」を、個人の側には「その仕事がやりたいのか」という「志向」を重視してほしいと思います。

しかしながら、いろいろな研究や事例をみると、ここで検討項目として外されがちな「性格」が結局のところ、配属されてからの居心地のよさやパフォーマンスに強い影響があることがわかってきています。にもかかわらず、「性格」は配属の際にそれほど考慮されないのが実情なのです。

たまに転職サイトなどで実施されている「真の退職理由ランキング」などをみても、退職理由は「人と合わない」ことが半分以上を占めていることが多い。つまり、考慮されなかった「性格」、もう少し丁寧に言えば、「上司や同僚との性格的な相性」が退職の大きな理由となっているのです。

「人は会社を去るのではない。嫌な上司の下を去るのだ」といった格言めいた言葉もよく聞きます。これだけ退職に影響を与える要素なのですから、これからは配属の際にもっと「性格の相性」を考慮すべきでしょう。さらに言えば、性格を認識するのは人事のカンなどではなく、適性検査などの科学的ツールで可視化したほうが正確です。

もちろん、配属をする際に「能力」や「志向」は大切です。ですから、性格の相性だけで最適化された配属をすることはできません。しかし、性格最適が無理なら無理で、「相性の悪い配属をした」という事実を認識しておくことが重要です。そうすれば、その人を「要ケア人材」として対策を打つことができます。

例えば、事前に上司に配属する社員のパーソナリティーとマネジメント上の注意事項を丁寧にインプットすることができます。また、メンターやコーチとして性格の合う先輩社員をあてがうこともできます。問題発生確率が高いから、日々モニタリングをして面談フォローしたほうがいいわけです。

③キャリア観の問題

これは、自分のキャリア観とフィットしない仕事についたことを原因とする退職を指します。

こう言うと「やはり、キャリア意識を高めるような施策を打つと、寝た子を起こして、退職につながるじゃないか」と思うかもしれません。しかし、それは違います。むしろ、さまざまな研究においては、会社側が社員のキャリア意識を高めるサポートをすることで、退職意向度が下がることがわかっています。

この時代、キャリアを意識させないことなど無理なわけですから、ここは社員が自分のキャリアについていろいろ考えることを前提に対策を考えるべきでしょう。

そこで言いたいのはマネジャーたるもの、部下のキャリア志向、将来どんなキャリアを歩んでいきたいのかを知るべしということです。「何を当たり前な」とおっしゃるかもしれませんが、私の知る限り、多くの会社でマネジャーは部下のキャリア志向を残念ながら知りません。研修やワークショップなどで書いてみてもらっても、薄い情報しか出てこないのが悲しいかな現実です。

忙しい日常の中、短期的な業務上の連絡や指導はしていても、キャリアのように中長期にわたるテーマについてじっくりと話をする機会は少ないようです。だからあえてキャリアをテーマに話す1 on 1ミーティングがはやっているのかもしれません。

■結局、人が辞めない会社とは・・・

まとめると、人が辞めずにいつく会社というのは、「入社時のストレスを十分認識して、それを軽減するために、リアリティショックを避ける情報提供をしたり、相性に合わせた配属を考えたり、キャリア志向を大切にしてその実現をサポートする」ような会社ということです。

もっと簡単に言えば、会社の中の個人が置かれている環境を想像して、それに沿ったケアをしてあげているというだけのこと。そして、これがよく言われる「人を大切にする」ということではないでしょうか。

優しく接していれば大切にしているということではありません。マネジャーが部下のために想像力を働かせることが、「人が辞めない会社」の第一歩と言えるでしょう。

人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長

愛知県豊田市生まれ、関西育ち。灘高等学校、京都大学教育学部教育心理学科。在学中は関西の大手進学塾にて数学講師。卒業後、リクルート、ライフネット生命などで採用や人事の責任者を務める。その後、人事コンサルティング会社人材研究所を設立。日系大手企業から外資系企業、メガベンチャー、老舗企業、中小・スタートアップ、官公庁等、多くの組織に向けて人事や採用についてのコンサルティングや研修、講演、執筆活動を行っている。著書に「人事と採用のセオリー」「人と組織のマネジメントバイアス」「できる人事とダメ人事の習慣」「コミュ障のための面接マニュアル」「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?」他。

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