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「優秀な人から辞めていく」という都市伝説〜早熟なことが優秀さのすべてではない〜

曽和利光人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長
優秀な人は会社を見限って我先に飛び出していく?(写真:アフロ)

■「優秀な人から辞めていく」は本当か

人事コンサルティングから居酒屋での愚痴まで、いろいろな場面で「うちの会社は、優秀な人から辞めていくんだよね」という話を聞きます。本当に多いです。自分も昔いた会社では、そんなことを言っていたような気もします。

ただ、それから年月を経て、今となっては、多くの場合は誤解だったように思います。会社に残っている人は素晴らしい活躍をしており、出世してそれなりのポジションについていますし、社会的にも認められている人がどんどん増えています。最初の会社ではマネジャーでしかなかった私などより、みんなずっと偉いです。

どちらかといえば、早く辞めた人よりも、ある程度以上長く残っている人の方が結果を出しているし、成長もしているように見えます。それなのに、なぜ「優秀な人から辞めていく」という発言が多いのか、考えてみたいと思います。

■早く出ていくのは「早熟な人」

最も単純な理由は、早く会社を辞める人には、早熟で同期よりも早く一定のレベルに達している人が多いということです。落ちこぼれて出ていく人もいると思いますが、新しいステージに馴染めるかどうかわからないのに、わざわざリスクを冒して今の会社を早期に去る決断をする人は多くありません。

早熟な人は、今の自分を高く買ってくれる人や場や仕事があるから、外に出ていく。一方で、そんなに早く頭角を現すわけではない大器晩成型の人は、若いうちはまだ高く買ってくれる人がいないので、そのままそこにいます。

ところが、大器晩成型なのか、ただ単に凡庸な人なのかは、結局、後になってみないとわからない。したがって「辞めていく人の方が優秀」に見えるのでしょう。

しかし、あるレベルに早く到達するということと、最終的に高いレベルに到達するということは別のことです。「昔、神童、今、凡人」という話はよくあります。

むしろ、早熟な人は、小さくまとまることも多いようにも思えます。なぜなら、早く成熟して大人になってしまうと、自分のスタイルを守る、もしくは自分を買ってくれる人からスタイルを守らされることになり、逆にそこから先の成長が止まってしまうからです。

■早熟な人はなぜ伸び悩むのか

生物学的な考え方に、ネオテニー(幼形成熟)というものがあります。ネオテニーとは、子どもの特徴(幼形)を残したまま、ゆっくりと性的に成熟していく(大人になる=一つの形に固まっていく)ことを指します。「ヒトはサルのネオテニー」だという人もいます。

ネオテニーには進化上のメリットがあり、それは学習期間が長くなるということです。子どもの期間は「誰かに守られている環境にいる」と思っているせいか、怖いもの知らずで旺盛な好奇心のままに探索活動ができ、経験したものを取り入れる柔軟性にも富みます。

同じように、会社に残っている、すなわち早熟ではなく「まだ能力開発中で一人前ではないと思っている」人にも、似たようなことが当てはまりそうです。

一方で、早く成熟して大人になってしまうと、自分のスタイルを守る、もしくは自分を買ってくれる人から守らされることで、成長が止まる場合もあるのです。

■侮れない「残存者利益」

未熟なままその場に残ることには、別のメリットがあります。それが「残存者利益」というものです。有能な人の中には、自分が属している組織がダメだと見限ると、すぐよそに目を向けて去ろうとする人がいます。有能な人は、引く手あまただからです。

ところが、そうやって有能な人がどんどん抜けていくと、組織はどうなるでしょうか。その時点での有能さにおいては、同期よりもレベルが低かったとしても、後に残された人に、いろいろな仕事やポジションが回ってきます。

「お前しかいないから、とりあえずやってみろ」ということですが、しかしこれが侮れない。

よく「地位や役割は人を作る」といいますが、結局、人の能力差なんてそれほどのものではなく、機会を得ることができれば、後から勝手に能力はついてくるものです。

むしろ、元々のポテンシャルがあっても、開発し発揮する機会に恵まれなければ、宝の持ち腐れになることも多い。結果、長い目で見れば、残った人の方が機会に恵まれ、成果を出せるようになっているというパターンもあるでしょう。

■早く辞めたら「優秀になれない」理由

このように考えていくと、結局のところ「優秀な人から辞めていく」のではなく、正確にいうと「早く成熟した人は、早く辞めていくことが多い」ということにすぎないのではないでしょうか。

さらにいえば「早く辞めたら、もっと優秀になる可能性を失う」ともいえます。自分の未熟さとそれによる不自由さを甘んじて受け、その代わりに安心できる環境を享受し、本格的なデビューを急がず、むしろ能力の開発に重点を置きながら、今の場に残ってチャンスを待つという姿勢がもたらすメリットは、かなり大きいものです。

もう手遅れもいいところですが、私も最初の会社にもっと長くいたら(といっても結構いましたが)、ビジネスパーソンとしてさぞかし立派になれていたことでしょう(涙)。

「人生100年時代」。どうせ長い間働かねばならない時代に、生き急ぐ理由がどこにあるかです。じっくり時間をかけて自分を成熟させていく方が、時々のトレンドに乗ってそのまま使い捨てられるよりマシでしょう。

■生き急ぐ理由がなければ動かないのも良し

優秀な同僚が派手な転職をして「キャリアアップ」するのを見ると、焦る気持ちもわかります。しかし、「待てば海路の日和あり」(今は状況が悪くとも、焦らずに待っていれば幸運はそのうちにやってくる)ということもあります。

いや、むしろ、同じポテンシャルを持っている人であれば、一定以上動かずに一所懸命やっていく方が、自分の可能性を最大化できるのではとも思います。

ちょっと業績や待遇が悪いぐらいで、たまに社員同士が「一緒に辞めようぜ」みたいに、我先に辞める不可思議な空気になっている会社もあります。辞めたらどうせ別々の職場なのに、おかしいなと思うのですが。くれぐれも拙速にならぬよう、慎重な選択をしてください。

キャリコネニュースで、人と組織に関する連載をしています。こちらも是非ご覧ください。

人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長

愛知県豊田市生まれ、関西育ち。灘高等学校、京都大学教育学部教育心理学科。在学中は関西の大手進学塾にて数学講師。卒業後、リクルート、ライフネット生命などで採用や人事の責任者を務める。その後、人事コンサルティング会社人材研究所を設立。日系大手企業から外資系企業、メガベンチャー、老舗企業、中小・スタートアップ、官公庁等、多くの組織に向けて人事や採用についてのコンサルティングや研修、講演、執筆活動を行っている。著書に「人事と採用のセオリー」「人と組織のマネジメントバイアス」「できる人事とダメ人事の習慣」「コミュ障のための面接マニュアル」「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?」他。

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