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採用担当者の言葉の武器「刺さる入社動機」の語り方〜候補者をがっかりさせないために〜

曽和利光人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長
(そんなしょうもない理由で入社したんですね、がっかりです)(写真:Paylessimages/イメージマート)

■「入社動機」は採用担当者にとって最大の「武器」

当たり前の話ですが、採用担当者は応募者に対して、基本的には言葉を使ってコミュニケーションします。言葉を通じて様々な説明をし、心や思いを伝え、信頼や愛着を獲得することで、応募者の志望度を向上させます。採用担当者にとって言葉は「武器」です。

特に、応募者からの質問への回答は、彼らが「聞きたいこと」ですから重要です。その中でも最も重要な質問は「入社動機」です。応募者にとって、たくさん選択肢のうち、他のすべてを捨てて一社だけ選び取るのは勇気のいる決断です。だから、目の前にはその決断をした人がいる。そこで「どうしてその会社に入ったのか」≒「なぜ、そんな重い決断ができたのか」という質問をしたくなるのは当然です。「●●さんは、なぜ御社に入社したのですか?」と聞かれた際に、どんな風に返せば、応募者の心を動かせるでしょうか。

■しかし、多くの採用担当者は全然できていない

まず、以下を読む前に、一度「実際に応募者に言っている」ことを書きだしてみることをお勧めします。様々な会社で同様のことをやってもらうと、実は多くの採用担当者は、残念ながらきちんとした入社動機にはなっていません(もちろん、あくまで私の考え方においてということですが・・・)。

さて、以下の会話を皆さんはどう思われるでしょうか。

「●●さんは、なぜ御社に入社したのですか?」

「当社は、ビジネスパーソンの日々の業務で用いる事務機器を製造して販売することで、彼らから単純作業をできるだけ巻き取ってあげ、最も重要な創造性の高い仕事に能力を集中させることができるようにしている会社です。そこに共感して入社を決めました」

一見すると問題なさそうに見えますが、これでは及第点にも至らないと私は思います。

まず、この回答は「入社動機」ではなく「事業説明」です。よく読んでみると、そこには「自分のこと」はほとんど述べられていません。ほぼすべて「会社のこと」を語っています。しかし、そんなことは大抵ホームページに書いてあるわけで、応募者が聞きたかったことではないでしょう。「その会社の何が好きになったのか」(What≒事業(の特定部分))は語られていますが、「なぜ」(Why)は語られていません。

■応募者が聞きたいのは“What”ではなく“Why”

応募者が本当に聞きたいのは、「そういう(=What)会社」を、「なぜ、あなた(採用担当者)」が選んだのかということです。「あなたは、なぜ」その会社の事業や組織や文化に魅力を感じて、入社を決断するような人になったのかということです。自分のことを語らねばなりません。Whyを語らねばならないのです。

Whyは、けして抽象的な理屈ではいけません。抽象的な理屈はどこまで行っても「自分とは無関係」なものです。応募者からみれば「確かに一般論としては分かるが、なぜ『あなたは』そういう理屈にそこまでコミットできたのか・・・」と疑問は晴れません。

■“Why”とは「生育史」のこと

では、応募者が聞きたい、刺さる“Why”とは何なのでしょうか。それは採用担当者の皆さん自身の「生育史」です。自分が生まれて育ってきた環境や経験した出来事、出会った人、等々の「自分の歴史」(生育史)でしか、究極的には「なぜ、あなたが?」の問いには応えることができません。

「自分は、このような環境で生まれ育ち、こんな経験をして来たから、こんな考え方や価値観を持つようになって、それで、この会社のこの部分にとても共感した」から入社したのであるという説明をして初めて、応募者は採用担当者に共感もするし、その延長線上で会社やその事業や組織に対する志望度が高まっていきます。「自分にも、やや似たような経験があって、そう言えばその時に同じようなことを考えていたのを思い出しました。御社っていい会社ですね。自分も興味がわきました」というようなイメージです。

■入社動機を通じて、自分を知ってもらう

例を書くとすれば以下のようになります。

「●●さんは、なぜ御社に入社したのですか?」

「自分には3つ年上の兄がいて、デザインの仕事をしたいと勉強していた。当時は今のようにコンピュータ等のツールは整っておらず、一つの作品を描きあげたり直したりするのに、すべて普通の紙や絵具を使っていたため、とても作業に時間がかかりひどい時は毎日徹夜だった。それで身体を壊し、最終的には兄は別の道を歩むことになってしまった。その時、もしコアな創造的な作業以外のことがもっと簡単にできるツールがあったなら、兄は自分の夢を叶えられたかもしれない、と悔しかった。だから当社の『人の創造性をサポートする』という事業価値に共感して、志望するようになりました」

人は自分との共通点に共感を覚えるものです。応募者から信頼を得たければ、採用担当者自身が「自分がどんな人間か」を知ってもらうことが大切です。「入社動機」は「自分の事」を話す絶好のチャンスです。逃すことなく応募者とのリレーションを深めてください。

人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長

愛知県豊田市生まれ、関西育ち。灘高等学校、京都大学教育学部教育心理学科。在学中は関西の大手進学塾にて数学講師。卒業後、リクルート、ライフネット生命などで採用や人事の責任者を務める。その後、人事コンサルティング会社人材研究所を設立。日系大手企業から外資系企業、メガベンチャー、老舗企業、中小・スタートアップ、官公庁等、多くの組織に向けて人事や採用についてのコンサルティングや研修、講演、執筆活動を行っている。著書に「人事と採用のセオリー」「人と組織のマネジメントバイアス」「できる人事とダメ人事の習慣」「コミュ障のための面接マニュアル」「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?」他。

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