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部下の仕事を自分で巻き取ってやってしまう上司は、成長機会を奪っている〜任せ方のバランスが難しい〜

曽和利光人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長
「先に帰っていいよ、僕がやっておくから!」(写真:milatas/イメージマート)

■部下の負荷を減らしているのに

この「働き方改革」時代において、部下に仕事をさせすぎる上司は「無能」のレッテルを貼られてしまうリスクがあります。スケジューリングやタスクの割り振りなどのプロジェクトマネジメント能力や、部下の能力をきちんと見立てて適材適所を実現するアサイン能力などが足りないと思われてしまうかもしれません。

そのために、最近の上司たちは、そう思われないように必死です。部下の残業時間を減らすために、自分が部下の仕事を引き取ってやってしまうというケースが増えています。負荷を減らし、サポートしてくれているわけですから、感謝されてもいいようですが、どうも若手部下からの心証はよくないようです。

■任せるのか、任せないのか

パナソニック創業者の松下幸之助氏は、マネジメントの要諦は「任せて任さず」と言っていたそうです。まず、上司たるもの、部下に仕事を与えるとき、もしも経験や実績がなかったとしても、その長所を見て潜在能力を信頼して大胆に仕事を任せることで、人を育てることが上司の役目である。

加えて、任せっぱなしではダメで、ずっと部下を観察し続けて、危ういときにはすかさず助け舟を出すことが必要。これが「任せて任さず」という意味です。ただ、話はよくわかりますが、実際に行うにはどこまで任せたらいいのか、その「線引き」が難しいところです。

■「線引き」を誤るとどうなるか

部下の能力やキャパシティを見誤って、過重な仕事を任せすぎてしまうことのリスクはわかりやすいと思います。部下がオーバーヒートしてしまい、仕事が立ち行かなくなるだけです。一方、そういうことを恐れるがあまり、一度任せた仕事を早く引き上げすぎても大変なことになります。

上司としては、かわいい部下に失敗はさせたくないということかもしれませんが、仕事を途中で取り上げられた部下としては、「自分を信じてくれていないのだ」と思うことでしょう。特に最近の若者は周囲からの承認欲求が強い人が多いため、想像以上にダメージを与えてしまうかもしれません。

■誰が仕事のコントロールをするのか

このように、仕事の任せ方、引き取り方の「線引き」はとても難しいものですが、それではどうすればうまい具合にできるのでしょうか。それは、「部下自身にコントロールさせる」ということです。自分のキャパシティをいちばんよくわかっているのは自分です。

上司が推定して任せたり引き上げたりするのではなく、部下が自分自身でアラートを上げたり、もう少し頑張ると宣言したりしやすくすることができれば、それが最も適切なバランスなのではないでしょうか。

しかし、言うは易く行うは難し、です。セルフコントロールは簡単にできるものではありません。どうすればできるようになるでしょうか。

■セルフコントロールの前提は「自己認知」

まず、セルフコントロールに必要な要素は、部下が自分を理解していること、「自己認知」ができていることです。できていないのにできていると思っていては、適切に自分がこなせる仕事量やレベルがわかりません。長い時間をかければ仕事を通じて試行錯誤をしていくことで、自分の力量はわかるものですが、「働き方改革」時代ではなかなかそういう時間をかけることもできません。

そこで上司の出番です。上司が部下の見立てをきちんとフィードバックしてあげることで、部下が自己認知を高めるサポートをするのです。特に、若い部下であれば、まだまだ成長中でしょうから、弱点をきちんと告げる必要があります。

■弱点を「うまいこと」伝える力が必要

ただ、日本人は直接的なネガティブフィードバックを世界で最も嫌う民族と言われています。自己認知を高めてセルフコントロールできるよう弱点を告げているのに、嫌われて信頼を失っては元も子もありません。

ここで上司が必要なのは「受け止めやすいよう、うまいこと弱点を悟らせる」力です。

「人格否定ではなく、改善すべき行動を具体的に示す」「あなたはこうなるべきと突き放して言う(Youメッセージ)のでなく、僕はあなたにこうなって欲しい期待を込める(Iメッセージ)」「唐突に断言せず、質問を投げかけて自分で考えさせる」「問題が生じたときに、すぐフィードバックをする」などとさまざまな手法があります。

■最大の壁は上司自身の「気後れ」

このようなスキルはもちろん役に立つのですが、スキルさえあれば部下にネガティブフィードバックがうまくできるわけではありません。実は、最後の関門は上司自身がネガティブフィードバックを躊躇する気持ちです。

「部下から反論されないだろうか」「モチベーションを下げてしまわないか」「気まずい関係にならないだろうか」「自分も完璧でないのに」という気後れです。

この壁を超えずに、部下へのフィードバックを避け、挙げ句の果てに部下から仕事を取り上げて自分でやってしまう。それでは結局部下の信頼は得られないのも当然です。まさに「嫌われる勇気」ですが、部下が自律できるようにするためには、上司が勇気を持って部下にネガティブフィードバックができるかどうかにかかっているのです。

OCEANSにて、若者のマネジメントに関する連載をしています。こちらも是非ご覧ください。

人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長

愛知県豊田市生まれ、関西育ち。灘高等学校、京都大学教育学部教育心理学科。在学中は関西の大手進学塾にて数学講師。卒業後、リクルート、ライフネット生命などで採用や人事の責任者を務める。その後、人事コンサルティング会社人材研究所を設立。日系大手企業から外資系企業、メガベンチャー、老舗企業、中小・スタートアップ、官公庁等、多くの組織に向けて人事や採用についてのコンサルティングや研修、講演、執筆活動を行っている。著書に「人事と採用のセオリー」「人と組織のマネジメントバイアス」「できる人事とダメ人事の習慣」「コミュ障のための面接マニュアル」「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?」他。

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