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「本音をぶつけ合えば職場の問題は解決する」という昭和世代上司たちの幻想

曽和利光人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長
「今日は腹を割って話そうぜ」「あ、はい・・・」(写真:アフロ)

■もはや「一体感」が必須な時代ではない?

昭和生まれの上司たちには、高度成長期の残り香のなか、「チームは互いに共感し一体感を持って仕事をするものである」という無意識の前提があります。向かうべき方向性や役割分担が明確であり、助け合いながら自分の持ち場を頑張っていれば、最終的に成果が得られた時代なら、それは一定の正しさがありました。

ところが今は向かうべき方向性が不確かな時代。五里霧中でみんなバラバラに試行錯誤しながら誰かが当たりを引くのを待つというアプローチのほうが成功することも多い。

一体感を持ってみんながひとつの誤ったゴールに向かえば、全滅してしまうリスクすらあります。一体感はもう必ずしも必要ではないかもしれません。

■「共感」という名の同調圧力

むしろ今の時代に必要なのは、一体感よりも多様性です。みんなが他の人と違うことをしてみることで、チーム全体としてはいろいろな可能性に賭けることができ、そこで誰かが当たれば、結果、みんなを救うことができるという状況の中で仕事をしています。

もちろんそこには「チームのために」という貢献意識は必要ですから、そこはかとない仲間意識の必要性までは否定しませんが、昔のような「同じ釜の飯を食った仲間」的な同質性を求めるような共感性は害悪ですらある場合もあります。

せっかく違う考え方をしている貴重な人を排除してしまったり、同調圧力によって同質化してしまったりしては元も子もありません。

■「本音」をさらけ出したらどうなるのか

そんななか、上司が「本音をぶつけ合おうぜ」と部下に考えをさらけ出させたとしたらどんなことが起こるでしょうか。

もし、上司の考えと部下の考えが違っていたら、一体感や共感を希求する昭和世代はきっと「すり合わせ」を行おうとすることでしょう。両者の考えのギャップを浮き彫りにして、どうすればそれを埋めることができるのかと、上司は部下を説得し始めるかもしれません。

しかし、上述のようにそんなことは不要なのです。特に新しい業界や領域においては、そもそも上司の考えが部下の考えよりも正しいかどうかさえ怪しい。「昔取った杵柄」は無用の長物かもしれないのに、「すり合わせ」されたほうはたまりません。

■むやみに「本音」などぶつけなくてもよい

では、どうすればよいのか。部下が何を考えているのか聞いてはいけないのかというと、そういうことではありません。あくまで「本音をぶつけ合う」必要がないというだけであり、上司としては部下の考えを把握しておくことは必要でしょう。

それならば、部下が気を使うことなく話せるような雰囲気づくりをして、純粋にただただ部下の考えを傾聴すればよいのです。部下の本音を引き出すために、上司が自分の本音を言うことは必要ありません。

むしろ、上司が言ったことと違う考えを部下が持っていた場合、単に本音を言いにくくなるのがオチです。上司が自分の意見をむやみに「ぶつけて」はいけないのです。

■「聞く」のではなく、じっと「見る」

さらに言えば、部下に「本音」を言わせることすら必要がなくなるのが理想かもしれません。いくら「本音」と言っても主観的な意見です。人は自分のことを完全にわかっているわけではありませんから、本人が「本音」だということが必ずしも本当の考えではないかもしれません。

言っていることとやっていることが違うということは珍しいことではありません。上司は部下の意見を聞くだけではなく、部下の行動を丁寧に観察することのほうが重要ではないでしょうか。

結局は「何をやるか」にその人の「本音」が隠れています。日々、部下をきちんと見ていれば、あえて聞かなくとも「本音」は推測できるのではないでしょうか。

■「自分のことを見てくれている」が褒め言葉

実際、若い人が自分の上司を賞賛するときの常套句が、「あの人は自分のことをきちんと見てくれている」です。会社が定めた1 on 1ミーティングや定期評価の面談などだけで形式的にこなして、その場限りの傾聴を一応きっちりと行なったとしても、日常的に自分に関心を払ってくれていないと感じる上司に心を開くでしょうか。

私はよく人事コンサルティングで評価報酬制度設計などを行なっているのですが、多くの会社で上司がいかに部下のことを見ていないのかがわかります。部下の状態を記述してもらっても、具体的なことが何も出てこないからです。ちゃんと関心を持っている上司は部下の記述が極めて具体的です。

■「君の本音はこういうことじゃないのかな」

上司は「部下の本音はこうではないか」という仮説を持っていなければならないと思います。もし、本音を聞くとしても、それは確認でありたいものです。「本音をぶつけ合おうぜ」という上司の動機は善でしょうし、本当に部下の本音がわからないなら聞くしかありません。

しかし、それはある意味「ギブアップ」であり、「答えを教えてくれ」と言っているようなものです。私も上司として人に言えた柄ではないですが、できることなら、部下に「本当はこう思っているのじゃないか」と打診してみて、「え、なぜそう考えていることがわかったのですか」と驚かせてみたい。それができたら、一流の上司なのではないかと思います。

OCEANSにてメンバーマネジメントに関する連載をしています。こちらも是非ご覧ください。

人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長

愛知県豊田市生まれ、関西育ち。灘高等学校、京都大学教育学部教育心理学科。在学中は関西の大手進学塾にて数学講師。卒業後、リクルート、ライフネット生命などで採用や人事の責任者を務める。その後、人事コンサルティング会社人材研究所を設立。日系大手企業から外資系企業、メガベンチャー、老舗企業、中小・スタートアップ、官公庁等、多くの組織に向けて人事や採用についてのコンサルティングや研修、講演、執筆活動を行っている。著書に「人事と採用のセオリー」「人と組織のマネジメントバイアス」「できる人事とダメ人事の習慣」「コミュ障のための面接マニュアル」「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?」他。

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