社員は自由にさせれば、創造性を発揮するのか〜まずは型にはめてあげることが大切〜

わーい、自由にしていいんだって、と思える人は実は少ない(写真:アフロ)

■新興企業はクリエイティブでなくてはならない?

 ITベンチャーなどの新興企業は、とかく「クリエイティブ(創造的)であらねばならない」という呪縛に囚われています。実際、世の中を席巻しているリーディングカンパニー達は、すべからくクリエイティブな会社であり、社員の創造性を開花させることで、事業の卓越性や他社との差別化を実現しているように見えます。

 だから、どんな会社の経営者も口を開けば「創造的であれ」「発想が大事だ」「過去に囚われるな」「変えては行けないものは何もない」と、社員に対して発破をかけています。マネジャー達にも「メンバーにアイデアを出させろ」と無理難題を押し付けてきます。

■自由にさせれば人は自発性を持つか

 そこで、たいていのマネジャーがやろうとするのは「社員の自発性の向上」です。自分の頭でモノを考えるからこそ、もともと頭の中にあった創造性の種が発芽し、新しい発想が生まれるのだという考え方です。そして、自発性を向上させるには、社員を縛ってはいけないということで、様々なルールやマニュアルなどから解放し、とにかく自由にさせようとします。

 朝は来なくてもいい。どんな場所で働いてもいい。目的やゴールだけちゃんと示すから、そこにどのようなアプローチで到達してもいい。そのように自由にすれば、人は創造性を発揮してくれる。そう考えているのです。

■実際は「自由にさせると、足が止まる」だけ

 ところが、残念ながら、そううまくいかないことは多いようです。以前、ある会社の採用のキャッチコピーに「自由にしなさいという脅迫に負けるな」というものがあり、言い得て妙だと感じ入ったものです。多くの人にとって、「自由にしなさい」というのは「脅迫」だというのです。

 また、心理学の古典的名著であるエーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』という本がありますが、このタイトルも、自由「からの」逃走とあります。つまり、多くの人は無意識的には自由など希求していない、むしろ恐れている。だから、自分を自由から救い出してくれて、何をすればよいのかを指し示してもらえる強いリーダーに憧れ、なびくというのです。

■「型」があってこその「型崩し」

 心理学の分野に、人はいかにしてエキスパートになるのかという「熟達化の研究」というものがあります。そこで、アンダーソンは3段階学習モデルを唱えたのですが、その第1段階は、「まず、雛形通りに受け入れてみる」というものでした。

 また、日本の伝統芸能や武道などでよく言われる熟達のプロセスである「守破離」も同様に、最初は「守」(師匠の型をそのまま受け入れる)、「破」(噛み砕いて自分様に改善していく)、「離」(師匠の型から離れて、自分のオリジナルスタイルを確立する)と言われています。ここでも、最初は「まず型にはまれ」と言っています。

 つまり、逆説的に感じるかもしれませんが、自分流を最終的に作りたければ、まずは素直に今ある型を受け入れなくてはならないということなのです。

■「マニュアル化」こそ、最初にすべきこと

 いつの頃からか、日本においては「マニュアル化」と言えば、創造性の正反対、人々の創造性を押し殺す「悪」であるというイメージが浸透してしまいました。しかし、上述の通り、いきなり人は自発性や創造性を発揮することはできないようです。まずは、型にはまらなければ、いつまで経っても下手くそな我流のままであり、それを創造的であるとは呼びません。

 ですから、組織として最初にすべきことは、会社のトッププレイヤーの思考や行動を形式知化(言語化や数値化など、明確な知に変換すること)すること、「マニュアル化」することです。『知識創造企業』で有名な野中郁次郎先生のSECIモデルで言えば、「表出化」(Externalization)でしょうか。

■プロの言っていることを信じてはいけない

 その際、注意が必要なのは、トッププレイヤーの「言うこと」を整理して、形式知としてはいけないということです。プロは、自分がなぜそれができるのかを正確に話すことが不得意であることが多いからです。

 プロとは、無意識で高度なスキルを発揮できるからプロなのであり、いちいち自分のしていることを意識してはいません。それを、いきなり「意識化して言語化してください」と言ってもできるとは限りません。「できる」ことと「説明できること」とは違います。そのため、プロは「言っていること」と「やっていること」が異なる場合が散見されます。

■形式知化プロジェクトを組むべし

 では、どうすればよいのか。本当に形式知化すべきなのは、プロが「やっていること」なのですから、行動を観察すればよいのです。よく「技は見て盗め」と言われますが、この点においては大変合理的だと私は思います。話を聞いて教えてもらうと、それは「嘘」かもしれません。

 しかし、行動観察は難しいスキルです。慣れないマネジャーにこれをやれというのは至難の技ですので、私は中央集権的にプロジェクトを組んでやるべきだと思います。人事や経営企画などのスタッフやコンサルタントなどの外部の専門家によるプロジェクトを組んで、組織的に形式知化=マニュアル化を行っていくことで、現場のマネジャーの負荷を軽減できます(というより、やらせてもおそらくできません)。

■形式知化されるから創造的になる

 このようにトッププレイヤー、プロの暗黙知が形式知へと変換されれば、多くの人にその知識が共有されることになります。そして、その言葉に置き換えられた知(形式知)を組み合わせたり再配置したりして、新しい知を創造することができるようになるのです(SECI理論で言えば、「連結化」(Combination))。先の言い方で言えば、「守破離」が進むわけです。形式知を目の前に置くから「ああしよう」「こっちのほうがいいのでは」という思いが湧くのであり、何もないゼロの状態から発想せよというのは難易度が高すぎます。

■組織の創造性を高めるのはむしろ経営の仕事

 このように、組織の創造性を高めることは、マネジャーの役割ではなく、経営の役割において行うことができます。むしろ、経験の浅いマネジャー達に任せていては、このプロセスはほぼ進むことはないでしょう。また、本稿で述べたような「マニュアル化」=「形式知化」が創造性を進めるというのは、一瞬逆説的に見えるがゆえに(マニュル化はそれ自体悪いわけではなく、金科玉条のごとく扱う場合に逆効果となるだけです)、これも待っていて自然に起こることではなく、経営がコミットして進めていかなければならないでしょう。

 いずれにせよ、マネジャー達に大声で「メンバーの創造性を引き出せ!」と言っていてはいけません。そして、アイデアあふれる会社とならないからといって、それをマネジャーの力不足と嘆いていても始まりません。組織の創造性の向上はマネジャーだけの仕事ではなく、経営が組織的にやることで可能となる仕事なのです。

HRzineから転載・改訂