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「うちの会社はビジョンがない!」と経営者を罵る人たちへ〜それは絶対に必要なものなのか?〜

曽和利光人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長
ビジョンがあることが逆に窮屈なことだってある(写真:アフロ)

■ビジョナリー・カンパニーにみんななりたがっている

本当に多くの人が、職場でも酒場でも「うちの会社はビジョンがない! だからダメなんだ!」と罵っています。実際にこれまで何度も聞きました。経営書の古典にも「ビジョナリー・カンパニー」(邦訳は日経BP社刊)という本がありますが、「ビジョンがあること」は絶対的な善のように思われています。

ビジョンがあれば社員のやる気が出て、組織の一体感が強まるし、会社の業績が上がる……。まさに「ビジョンがあれば何でもできる」と言わんばかりです。私が昔所属したリクルートでも、結構多くの人が「うちはビジョンがない!」と不満を言っていたものです。

しかし、今そのことを思い出すと、複雑な気持ちになります。ご存知の通りリクルートは、上場も果たし、グローバル化も進み、事業は好調です。あの「ビジョンがない!」という罵りは何だったのでしょうか。本当にビジョンはなかったのでしょうか。そもそもビジョンとは会社にとって、そんなに絶対に必要なものなのでしょうか。

■人は自由になると不安になり、攻撃的になるもの

グロービス社の定義では「経営ビジョン」とは、「経営理念のもと、自社の目指す将来の具体的な姿を定め、社員や顧客、社会に対して表すもの」とあります。簡単に言えば「この組織のゴール」ということかもしれません。

こういう定義だとすると、確かにビジョンがない会社はゴールのない会社となり、不安な気持ちになるかもしれないと思います。ゴール(ビジョン)がなければ、そこに到達するために何をするべきか(ミッションという会社が多い)が分からない。何をすべきか分からなければ途方に暮れてしまう。

人は不安になると、その原因を他に求めて攻撃的になるものです。エリッヒ・フロムの「自由からの逃走」(邦訳は東京創元社刊)ではありませんが、人はどうも「自由」であることは怖くて逃げたくなるもののようです。だから、ゴールを示されないと不安になり、会社を攻撃するのかもしれません。

■ビジョンがない会社でも、社会の役に立っている

私が申し上げたいのは「ビジョンなど要らない」ということではありません。会社は社会のために何か役立つことをしなければいけません。社員が共感できるような、よいビジョンがあらかじめあれば、あるに越したことはありません。すぐさまその組織はビジョン実現のために進むことができるでしょう。

しかし、それがビジョンという形で事前に規定されていなければ、その会社は社会に役に立つことができないかと言えば、そんなことは絶対にないと思います。冒頭で述べたリクルートでも「ビジョンがない」という批判があったことに対する違和感はそこにあります。

正直に言いますと、そういう先輩などの声を聞いて「リクルートには『自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ』という立派な行動規範があるではないか? ビジョンがないということは、束縛がないということ。自ら機会を創り出して、勝手にいろいろやってしまえばよいではないか」と思いました。

■ビジョン不在が不満なら、自分たちで作ればいい

そもそも「ビジョナリー・カンパニー」の要素の中にも「最初に人を選び、その後に目標を選ぶ」というものがあります。目標を決めてからバスに乗る人を選ぶ企業よりも、人から選ぶ、つまり最初に目標のないフリーな状態の企業の方が永続するというわけです。

どこに行くか分からないバスに、それでも乗ろうとする人は、決められたレールに乗ることが嫌いな人で、そういう人だからこそいろいろ発想が沸いて、創造的な組織を作ることに貢献するのかもしれません。

ビジョンは与えられるものではなく、その組織にいる人が作ればよいものだと思います。むしろワンマン経営者に支配されている企業で働く人は、ビジョンを押し付けられ、自由を制限されているのではないでしょうか。

ただ、フロムの炯眼のように、自由を制限される=何をすればよいのか明確に規定されているという状態が心地よい人が多いので、「ビジョンがない」という不満が出るのでしょう。

■「もう自分でやるしかないか!」と覚悟を決める

昔、リクルートの新卒採用のパンフレットのキャッチコピーに「自由になりなさいという脅迫に負けるな」という言葉がありました。私はこれが大好きです。そう、「自由」とは脅迫、つまり怖いものなのです。

本稿でいろいろ書きましたが、「ビジョンがない」=「自分の方向性を規定するものがない」ことに不安を覚えて、つい会社に毒づいてしまう人をさげすんでいるわけではありません。気持ちは分かります。

だから、彼らを否定するつもりはありません。そうではなくて「負けるな」と応援したいだけです。また「ビジョンがない職場」は一概にダメな職場ではなく、もしかすると「何でもやっていい職場」なのかもしれないよ、ともお伝えしたいのです。

不安な気持ちを無益な攻撃に向けるのではなく、覚悟を決めて「もう自分でやるしかないか!」と転換してみてはどうでしょうか。

キャリコネニュースから転載・改訂

人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長

愛知県豊田市生まれ、関西育ち。灘高等学校、京都大学教育学部教育心理学科。在学中は関西の大手進学塾にて数学講師。卒業後、リクルート、ライフネット生命などで採用や人事の責任者を務める。その後、人事コンサルティング会社人材研究所を設立。日系大手企業から外資系企業、メガベンチャー、老舗企業、中小・スタートアップ、官公庁等、多くの組織に向けて人事や採用についてのコンサルティングや研修、講演、執筆活動を行っている。著書に「人事と採用のセオリー」「人と組織のマネジメントバイアス」「できる人事とダメ人事の習慣」「コミュ障のための面接マニュアル」「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?」他。

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