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総理はオンラインカジノを取り締まると言うけれど

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(提供:イメージマート)

■はじめに

 4630万円の給付金誤振込み事件が思わぬ進展を見せ、とうとう国会で岸田総理がオンラインカジノを取り締まると約束しました。

 オンラインカジノは、以前からとくにお金の不透明な流れが指摘されていました。しかしこれを賭博という観点から問題にするならば、刑法の根本的な整理が必要です。

■賭博罪の具体的な内容

 まず、最初に刑法の条文を確認しておきます。

(賭博)

第185条 賭博をした者は、50万円以下の罰金又は科料に処する。ただし、一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは、この限りでない。

(常習賭博及び賭博場開張等図利)

第186条 常習として賭博をした者は、3年以下の懲役に処する。

2 賭博場を開張し、又は博徒を結合して利益を図った者は、3月以上5年以下の懲役に処する。

 これらの規定は実は100年以上も前に作られたもので、「賭博場開帳図利(とばくじょうかいちょうとり)」とか「博徒(ばくと)」といった、むかしのヤクザ映画に出てくるような古い言葉がそのまま使われています(今でも博徒なんかいるのでしょうかね?)。

 刑法185条は〈単純賭博罪〉と呼ばれ、サイコロの目とかトランプのカードや花札など偶然の事情によって金銭などを賭けた場合に成立します(ただし、少額の金銭やその場で飲み食いされるような物を賭けた場合には、賭博罪は成立しません)。

 刑法186条では、単純賭博罪の加重類型としての〈常習賭博罪〉と〈賭博場開帳等図利罪〉が規定されています。常習賭博罪とは、賭博の習癖のある者に対して刑を加重する規定であって、刑法典の中で唯一〈常習犯〉を特別に処罰する条文です。

 「賭博場開帳図利」とは、自らが賭博の主催者となり、賭博の場所を開設・提供する行為、「博徒」とは、常習的・職業的に賭博を行う者であり、「結合」とは、博徒の集団を組織して賭博の便宜を図ることをいいます。

■オンラインカジノに適用される条文は?

 まず、オンラインカジノの場合、何罪が適用されるのかが問題になります。以前、ギャンブル遊技機を設置して客に賭博させたというケースで、最高裁昭和54年10月26日決定は常習賭博罪を適用して処理していますので、オンラインカジノの主催者についても常習賭博罪が適用されます。

 しかし、ここで疑問が出てきます。オンラインカジノの主催者は、そもそも〈賭博〉をしているのでしょうか?

 オンラインカジノでは、一般にバカラやルーレット、スロットなどのゲームソフトを使って客に賭博をさせる仕組みですが、確かに個々の瞬間瞬間を見ると、客が短時間利用する限りでは、主催者側に損が生じ、客が多大の利益を得ることもあり、その限りでは双方が〈賭博を行った〉といえるでしょう。

 しかし、主催者(経営者)には、長期的には必ず多大の利益が生じ、客の側を集団で見た場合、そこに必ず多大の損害が生じるような仕組みになっています。

 つまり、彼らは賭博(ギャンブル)という営業を行っているのであって、長期的に見ると、そこに偶然の事情による財物の得喪といった可能性は存在せず、まさに経営的には安全確実な営業活動そのものなのです。

 このように考えると、絶対に負けることのない彼らの行為(営業)を、伝統的な〈賭博〉という類型で扱っても良いのかどうか大いに疑問が出てきます。だから、賭博行為ということではなく、むしろギャンブラーを集めて賭博させたという意味で〈賭博場開帳図利罪〉を適用した方が良いのではないかという疑問も出ています。

 しかし、オンラインカジノの場合、物理的な意味での賭博の〈場所〉を提供したものではありません。確かに、電話で客に連絡を取って野球賭博を行ったケースで、電話器が置かれた事務所が賭博場であるとして〈賭博場開帳図利罪〉の適用を認めた最高裁昭和48年2月28日決定があります。つまり、実務では、〈賭博場〉とは〈賭博を行う観念的な空間〉といったような意味で解釈されているわけですが、そもそも物理的な場所という観念じたいが意味のない、地球全体に広がるインターネットの場合に、そのように解釈することはあまりにも言葉の意味を広げすぎた解釈ではないかという疑問は残ります。

■〈常習賭博〉と〈営業賭博〉は違う

 また、常習犯ではその者の人格が問題となります。つまり、常習性とは、窃盗や薬物、性的犯罪のように、一定の犯罪を行う人格的な病的傾向が、個々の行為に表れたものです。確かに、違法な風俗営業のような営業犯でも、一定の犯罪行為が反復継続されますが、それは犯罪的習癖(性格)の発露とはいえません。賭博常習犯は、ギャンブル依存症によってギャンブルを繰り返す者ですが、賭博営業犯の場合は、利潤の追求に裏付けられた(違法な)経営的行動という点で大きな違いがあるのです。

 さらに営業賭博の場合は、再犯の可能性は小さく、刑罰による抑止効果は高く、行政的指導に親しみやすいといった特徴があるのに対して、常習賭博の場合は、人格的な習癖が問題であり、再犯の可能性が大きく、刑罰による抑止が難しく、治療的措置が必要であるなどの特徴があります。

 したがって、オンラインカジノの主催者に常習賭博を適用することはかなり疑問だといえます。

■まとめー賭博罪の再考と〈営業賭博〉の処罰ー

 賭博行為の処罰は、国民一般の健全な勤労道徳を守ることが目的だとされています。しかし、競馬や競輪、サッカーくじなどが公認されていることから、このような理由は妥当なのだろうかと疑問に思っています。

 他方、〈営業賭博〉については、一般の客をカモにして吸い上げた莫大な金銭が暴力団や半グレなどの反社会的勢力に流れています。つまり、暴力団等が人の射幸心に付け込んで、市民を賭博に引きずり込み、その人の生活や家庭を破綻させ、違法な活動資金源にしているわけで、その〈違法な賭博経営〉という点に着目して、賭博罪を再構成すべきだと思います。

 もちろん、賭博の客は〈犯罪者〉であるというよりも、違法な賭博経営の〈被害者〉と見るべきです。私はすでに、単純賭博を非犯罪化すべきであるという考えを述べていますので、この点については繰り返しません。〈ギャンブル=悪〉という単純な図式にとらわれている限り、オンラインカジノの取締りも中途半端に終わるのではないかと危惧します。(了)

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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