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性犯罪の立件に立ちふさがる司法の壁、「同意の錯誤」

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
写真は本文と関係ありません。(写真:アフロ)

■はじめに

 先日、京都のアロマ・リラクゼーション店で、施術する男性から客の女性がわいせつな行為をされ、警察に被害を訴えるも、担当の女性検事から立件は無理だといわれるという事件がありました。

「“仰向けになってください”って言われて、この辺を施術されたとき、手がだんだん紙のブラジャーの中に入ってきてるなって。これは何なんだろって思って、“ちょっとやめてください”って言うのも、ここの密室でほかに誰もいないし、抵抗したほうが何されるかわからないかなって」 「だんだんエスカレートして胸をなめてきたりもしましたし、紙パンツも脱がされ・・・」(被害者の女性)

【ABC特集】リラクゼーション店でわいせつ行為 被害女性に立ちはだかる司法の壁(ABCニュース) - Yahoo!ニュース

 記事の中で私も少しコメントしていますが、法的に複雑な問題があって分かりにくいと思いますので改めて補足的に説明したいと思います。

■性犯罪と同意、そして「同意の錯誤」

性犯罪と同意

 刑法が性犯罪を処罰して守ろうとするものは、個人の性的自由性的尊厳です。いつ、だれと、どのような性的関係をもつのかは人としてもっとも重要な権利であり、最大限保障されなければならないという考えです。

 ただし、刑法はこのような権利をダイレクトに守るのではなく、強制わいせつ罪(刑法176条)や強制性交罪(刑法177条)ではとくに暴行脅迫を使った強制的な性行為だけを処罰しています。

 そしてその暴行脅迫には、「相手の抵抗を著しく困難にする程度」の強さが必要だとされていて、行為時の状況や場所、年齢などのほか、とくに被害者の態度がどうであったのかを参考に判断されています。

 理由は、通常の性的行為の場合であっても、相手にある程度の力が加わるので、

  1. 違法と適法の境界が流動的であいまいにならざるをえないし、
  2. 性的行為を同意している者にさらに強い暴行脅迫を加えることは普通はありえないので、

服が破れていたり、身体に傷やあざがあれば別ですが、そのような痕跡がなければ被害者が抵抗したかどうかがとくに重要な問題だと考えられているからです。

 しかし、暴行脅迫の程度の評価に被害者の態度を絡めるのは、根本的な問題を含んでいます。

 なぜなら、実際には被害者が恐怖でフリーズしてしまったとか、騒げば命の危険を感じたのであえて抵抗しなかったとか、あるいはむしろ〈早く済ませるために〉積極的に協力したというケースすらあるからです。このような場合に、抵抗しなかったことがそのまま被害者が同意したことにならないのは当然のことです。

同意の錯誤(同意誤信)

 さらに問題となるのが、同意の錯誤(同意誤信)と呼ばれるケースです。

 一般論としていえば、行為を正当化する事実を誤認していた場合、行為者は適法だと思ったわけですから、犯罪の認識、つまり故意は否定されます。

  • たとえば、友人の引っ越しの手伝いに行ったAが、荷物を整理していると前から欲しかった本があったので、「これどうする?」と友人に尋ねたところ、「ああ、それは仕舞っておいてくれ」といったのを、「始末しておいてくれ」と聞き間違えて、捨てるならばもらっておこうと思って家に持ち去ったような場合、Aは処分することについて所有者の同意があると思っているので犯罪にはなりません。(これは、50年前、当時のゼミの先生が授業で出された問題です)

 しかし、たとえば暗がりで突然出てきた見知らぬ男からいきなり「帰りの電車賃がなくなったので、あなたの財布からお金を抜いてもいいですか」と尋ねられて、危険を感じたので何もせず黙っていたら、男は財布から1万円札を抜いて立ち去ったという場合を想像してみてください。抵抗しなかったあなたの客観的な態度から、消極的同意があったということになるのでしょうか?

 このように財産犯でも被害者の態度から一般的に同意の存在を判断することは適当ではありません。まして性犯罪における同意の問題においては、被害者の態度の評価を問題解決の中心に置くことは、正しい判断を誤らせ、行為者を不当に免責するおそれがあるので、止めるべきです。

 たとえば、軽く性的行為に出たところ、相手が抵抗しなかったので、行為者は同意があったと思ってそれ以上の強い手段に出ずに性的行為をエスカレートさせていったという場合、相手の抵抗のない状態を見て、〈同意している〉〈嫌がっていない〉などと誤信した結果、彼は〈相手が同意しているので、自分は犯罪は行っていない〉と思っているわけです。このような場合、性犯罪の故意はなく無罪だと単純に考えてもよいのでしょうか?

 性的行為をされて、拒否すればよりリスクが高まるのであえて抵抗しなかったというケースなどは世の中にはめったにない稀有な事例だというならともかく、それが一般的にありうることならば、行為者が認識している客観的な事情は、そこから100パーセントの真っ白な適法性の意識が出てくる認識ではありえないということになります。その認識の中には、ひょっとすると違法かもしれないという意識を誘発する、そんな状況認識も含まれているのです。

 専門的にいえば、このような心理状態は「未必(みひつ)の故意」と呼ばれています。たとえば、中古品を買い取った者が、客の不審な態度から〈盗品かもしれない〉と思った場合と同じ意識状態です(この場合は、盗品等有償譲り受け罪[刑法256条2項]が成立)。性犯罪における行為者の軽率な同意の錯誤も同じように考えることができるのではないでしょうか。

■まとめー本件の場合ー

 本件では暴行脅迫はなかったので、準強制わいせつ罪(刑法178条1項)が問題になっています。要件は、〈人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、わいせつな行為をすること〉です。「抗拒(こうきょ)不能」とは、強制わいせつ罪の暴行脅迫と同じで、抵抗が著しく困難な状況をいい、完全に抵抗できない状態にあったことまでは必要ではありません。また、そこには意識混濁(こんだく)状態にある場合だけではなく、心理的に抵抗できない状態も含まれます。

 そこでまず判例に照らすと、半裸になった女性がマンションの密室で施術する男性と二人きりになった状態を「客観的に抗拒不能状態にあった」と評価するのは、必ずしも無理ではないと思います。

 そして記事によると、いきなりわいせつ行為がなされたのではなく、男性の手は際どい境界を微妙に行き来し、相手の気持ちを探るような動きをしていました。女性は動きの異常さを感じ取ったものの、抵抗のリスクを考え我慢したと書かれています。

 男性はこのような客観的な事実を認識していたわけです。その事実認識からは完全に真っ白な適法性の意識だけが誘発され、当時、男性の頭の中には違法性の意識が微塵もなかったというのはあまりにも不合理な評価ではないでしょうか。

 そのような状況に置かれた女性があえてリスキーな行動にでることができないということは、決して稀有なことではありません。むしろ、世の中ではよくあることかもしれません。男性は、そのような可能性のある事実、つまり完全に真っ白ではなく違法かもしれないという意識がそこから誘発されるような事実を認識していたのです。なぜ、これを故意を裏付ける事実の認識だとできないのでしょうか?

 なお、男性は客の女性を以前から盗撮していて、本件の女性の映像も確認されています。このような事情も、行為時の男性の認識を判断するにあたって参考になると思います。

 現在、京都地検では再捜査が進んでいるということですが、上のような点について改めてしっかりと判断してもらいたいと思います。(了)

【追記】

次の拙稿も参照していただければ幸いです。

同意の問題を性犯罪の中心で議論すべきではない―伊藤詩織さんのケースについての一つの見方―(園田寿) - 個人 - Yahoo!ニュース

【追記】

本件は、その後、2021年6月24日に起訴されました。裁判所の判断が注目されます。

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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