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わいせつ教師のブラックリスト共有化を考える

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(写真:アフロ)

■はじめに

 教師による学校内での児童生徒に対するわいせつ事件があとを絶ちません。優越的立場を背景に、抵抗できない弱い者に対して自己の性的欲望を暴力的に満たすのは、もっとも卑劣な行為だといえます。ところが現行の制度では、処分を受けて教員免許状を剥奪された者が、最短で3年経過すれば再び教職に返り咲くことができるようになっています。性的な不祥事を起こした教員が再び教壇に立つことができないようにするべきだとか、3年という時間はあまりにも短すぎるといった意見がありますが、もっともだと思います。そこで、この点を改善すべく、法律案が検討されています。

 法律案は、わいせつ教師のブラックリスト(データベース)を作成し、免許状の再交付にあたって全国の教育委員会、学校法人の採用担当者などが閲覧できるようにするという仕組みを提案しています。私は、この法律案の基本的な方向性に反対するものではありませんが、十分な議論が必要だと思います。本稿では、その議論の端緒を整理してみたいと思います。

 なお、2021年5月10日付で、学校における子どもの人権を考える会(共同代表:佐久間亜紀、慶應義塾大学・教師教育学)による「『教職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律』案についての論点整理」が公にされています。法案の内容については、基本的にこれに依っています。

■現行制度の確認

 現行の教員免許法では、(1)懲戒免職、(2)分限免職、(3)その他教員にふさわしくない重度の非行がある場合には、「免許状取上げ」の処分を行い、「当該処分の日から3年を経過しない者」には免許状の再交付を行わないという規定になっています(第5条1項)。

 懲戒免職とは、犯罪や重大な非行などを行ったことを理由として解雇される場合で、(「身保障の界」という意味の)分限免職は、心身の故障、勤務成績不良や懈怠(けたい)などを理由とした免職で、必ずしも犯罪や非行などを理由としたものではありません。

 問題は、このような理由によって免許状が取上げられた者であっても、最短3年が経過すれば申請によって免許状が再交付されうるという制度になっている点です。

 実際に、「福岡県で生徒へのわいせつ行為で懲戒免職を受けたことを隠し、虚偽の履歴書を提出して88~2018年に埼玉県で教員として勤務した」といったケースが報告(埼玉新聞2021年3月23日)されていますし、同様のケースは少なくありません。

■法案の内容

 今回の法案はとくに以上のような点について、制度を改めることが目的です。そして、目玉となるのがデータベースの構築ですが、それは以下のような内容になっています。

(1)次のような行為を「児童生徒性暴力等」と定義する。

a. 強制性交、わいせつ行為(刑法上の罪)

b. 児童買春のあっせん、児童ポルノ所持、製造、輸入、盗撮による製造等(児童ポルノ禁止法上の罪)。

c. 児童生徒を著しく羞恥させたり、不安をおぼえさせるような態様で、衣服の上から、あるいは直接児童生徒等の身体に触れたり、通常衣服で隠されている下着や身体を撮影し、または撮影目的でカメラ等を向けたり設置したりする行為

d. その他、性的羞恥心を害する言動であって、児童生徒等の心身に有害な影響を与える行為

(2)児童生徒性暴力行為等によって免許状が失効した場合、各教育委員会がその教員の情報を、文科省が一元的に管理するデータベースに迅速に登録し、各教委や学校法人などが採用の参考とする際に閲覧できるようにする。

(3)各教委が第三者委員会の意見を基に、再交付の可否を判断する「裁量権」を認め、その際、教員の更生状況などを勘案する。

 端的にいえば、文科省がわいせつ教師のブラックリストを作成管理し、このデータベースを各教育委員会や学校法人が参照して免許状の再交付の可否を決定するというものです。

わいせつ教師DB共有化のイメージ図 (c) sonoda
わいせつ教師DB共有化のイメージ図 (c) sonoda

 はたしてこのような制度は、今までの制度に矛盾なく溶け込むのでしょうか。以下、その点を考えたいと思います。

■一般的な問題点

国の基本的な制度からの大きな方向転換になりはしないか

 第一の論点は、ブラックリスト共有化という新しい提案が、国の従来からの制度に対する大きな方向転換になりはしないかという点です。

 現在の刑罰制度は、根底に応報という考え方(苦痛を与えることによって過去の犯罪行為を清算すること)があり、その枠内で犯罪予防(一般人の犯罪を予防し、受刑者本人の将来の犯罪を予防する)を考えるというものです。そのため、実際の刑罰執行(行刑制度)は、受刑者の再社会化(更生=人生のやり直し)を目的として組み立てられてきました。

 その一つに前科抹消制度といわれる制度があります。

 これは、刑に処せられて一定の時間が経過すると、刑の言渡しがなかったことになるという制度です。刑の言い渡しを受けて、判決が確定すると市町村役場に置かれている犯罪人名簿に登録されます。しかし、前科は更生の障害となる場合があるため、昭和22年に刑の消滅の規定(刑法34条の2)が設けられ、執行終了または免除後一定期間(禁錮以上は10年、罰金以下は5年、刑の免除は2年)を罰金以上の刑に処せられることなく経過したときに、刑が消滅し(法律上の復権)、前科人名簿からの抹消が認められました。

 わいせつ教師のブラックリスト共有化は、この前科抹消の制度と基本的に調和するのでしょうか。ブラックリストからの削除についての規定も、登載期間についての規定もないので、ブラックリストに登録することで、一度過ちを犯した者を刑法の原則を超えて社会から排除するおそれのある制度となる危険性はないのでしょうか。社会制度としてこのような仕組みを設けることは根本的に妥当なのかという点について疑問があります。

 本制度は、再び教職に就かせないということだけが狙いなので、他の職業に就くことへの制約にはならない、つまり職業選択の自由を侵すものではないといえるでしょうか。これが次の論点です。

罰則規定がないのは問題

 刑法学者としての観点からこの新提案を見た場合、もっとも気になる点は、情報漏洩や悪用についての罰則規定がないことです。

 教育委員会や学校法人がブラックリストを閲覧するわけですが、教育委員は公務員ですから、得た情報を漏洩したり悪用した場合は守秘義務違反の罪(最高1年以下の懲役)がありますが、私立学校の採用担当者は私人であって、罰則がありません。私立学校の校長などが、友人の予備校や塾の経営者、さらには一般企業などに情報を漏らすようなケースも想定することが必要でしょう。

 ブラックリストには性犯罪歴が登録されているわけですから、もしもこれが漏れたりした場合はたいへんなことになります。本人はもとより、家族や親戚へのダメージは想像以上でしょう。

 ブラックリスト共有化が教員免状の再交付を厳格にするだけの制度だから問題はない、といえるのかです。

「児童生徒性暴力等」の概念は明確なのか

 ブラックリストに登録されることは、本人にとって重大な制裁的効果があります。登録の前提条件である「児童生徒性暴力等」の概念は、明確なのでしょうか。

 この概念の中には、刑法上の性犯罪から、明確に「犯罪行為」として認識されないような行為まで、行為の性質と重さの異なるさまざまな性的行為が含まれています。それらに対する一律的な行政的制裁として免状の取上げがあるわけですが、これにさらにブラックリストへの登録という実質的な制裁処分が課されることになります。その際、なされた行為における侵害性の軽重は問題となっていません。このような仕組みは、近代法の大原則である責任主義(許されるのは責任の重さに応じた制裁)に反する疑いが濃厚です。

 また、具体的に当該行為が「児童生徒性暴力等」に該当するとの判断は、だれがどのように行うのかも問題ですし、本人の弁明の機会なども十分に保障されなければなりません。

■では、どうすればよいのか

 誤解のないようにいいますが、私も性的な問題を起こした教師がわずか3年で免許状の再取得が可能であるという現状はたいへん問題だと思います。しかし、ブラックリストに登載して排除するという方向性にも疑問があります。

 では、どうすればよいのか。

 今回の法案では、教育委員会の裁量権を認めることも提案されています。一定の法定要件が具備されれば免許状がオートマティックに再交付されるのではなく、再交付の可否について教育委員会が個別に判断することになります。この提案じたいに異論があるわけではなく、むしろ望ましい制度だと思います。しかし、ブラックリスト方式を前提に考えると、教育委員会が検索して該当者がヒットすれば、それだけで該当者についてさらに実質的個別的な審査が行われる可能性は、特別な事情がない限りきわめて小さいと思われます。

 この教育委員会の裁量権を活かすためには、再交付に際して参考とされるデータベースはブラックリスト方式ではなく、ホワイトリスト方式とされるべきです。つまり、まず全教員リストから、懲戒、分限等の処分があれば、その都度ここから該当者を削除していき、いわばホワイトリストを作成する。そして教育委員会が免許状の再交付を審査する際にはこれを参照し、申請者がこれにヒットしなければ、さらにその者について聴聞の機会も保障して個別に実質審査を行う。このような仕組みであれば、法案が目指すものと同じ効果が得られますし、官民の多くの人たちに共有されるデータベースのあり方としても望ましいのではないかと思います。

 いずれにせよ、新しい提案について十分に議論されることが必要です。(了)

【追記】

 本法律案については、2021年5月21日(金)衆議院文部科学委員会で法律案として提出することが委員全員の賛成で決まりました。

【追記】

 次のところで法案の具体的な内容を見ることができます。

【追記】(2021年5月28日)

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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