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新型コロナ禍による休校で子どもたちがネットに浸る時間も増えている―改めてネットとの向き合い方を―

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

インターネットの発展を追いかける法と倫理

 私は、刑事法を専門にネットワーク犯罪や青少年有害情報規制などを主な研究対象としていますが、インターネットの進化を見てきた法律家の一人として痛感するのは、ドッグイヤー(人間の数倍とされる犬の成長速度)と形容されるインターネットの発展を法律や倫理が後から必死で追いかけているということです。

 1990年代後半ごろから目立ちはじめた青少年のネットトラブルに起因した犯罪は、2004年の佐世保小6女児同級生殺人事件によって世間の耳目を集めることとなりました。これは、加害者女児のホームページの書き込みが原因となったといわれています。現在のSNSを介した犯罪の原点の一つといってもよいでしょう。しかし、この衝撃的な事件から15年余を経てもなお、ネットトラブルの真に有効な解決策は見い出せていません。

 もちろん国も手をこまねいているわけではなく、2018年には、青少年インターネット環境整備法が改正・施行され、スマートフォンなど携帯端末の販売業者にフィルタリングが義務化されました。情報化社会においてトラブルや犯罪を完全になくす特効薬は存在しませんから、青少年の安全に役立つ法律の整備はむろん重要です。しかし、フィルタリングという受信側の規制に限界があることは、誰もが認めざるを得ない事実でもあります。このことを踏まえて私たち大人は、青少年保護のために何ができるのかを考えなければならないと思います。

デジタル情報は、現実が変形した「ごまかしの世界」

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 インターネットは、人々の意識や社会構造に劇的な変化をもたらした革新的メディアです。この流れを止めることは、もはや誰にもできません。しかし、その勢いに流されないために忘れてはならないことがあります。

 それは、デジタル情報は、(言葉は悪いですが)いわば「ごまかしの技術」だということです。そこには、私たちが生きる現実世界のみずみずしい情報、たとえば匂いや味、温度、感触、何となく感じる場の雰囲気などといった、複雑で繊細な情報は一切ありません。デジタルの技術は、現実から生き生きとしたアナログ情報をすべてそぎ落としてしまうからです。

 最近は、4Kや8Kといったスーパーハイビジョン技術によって美しく精緻な映像を楽しむことができるようになり、まるでそこに実物が存在するかのようにリアルに楽しむことができます。しかし、いかに高解像度の映像であっても、(当たり前ですが)テレビからたとえば花の香りが漂ってくることはありません。おいしそうな料理の映像が流れても、そこから料理の匂いは漂ってはきません。バーチャルリアリティは、その最たるものといえるでしょう。すべては、「幸福な錯覚」です。つまり、現実がデジタルの世界に取り込まれたとたん、現実は変形し、そこにあるのは〈ごまかしの世界〉だということです。まずはこの厳然たる事実を子どもたちに教えることこそが、私たち大人が果たすべき役割だと考えています。

 デジタル化によって〈現実〉はどのように変形されるのか。その変形のプロセスを丁寧に教えることができれば、子どもたち自らがネットトラブルや犯罪から身を守る力になるはずです。

皮肉にも、情報過多の時代が「情報の貧困化」を招く

 かつての日本では犯罪原因の多くを物質的貧しさが占めていました。しかし現代は、人間関係の貧しさが重大な犯罪原因となっています。SNSを介した青少年事件やストーカー犯罪などの根底には、情報過多の時代にありながら、人間としての行動判断の基礎となる〈情報〉そのものの貧困さがあるように思えてなりません。

 先ほどデジタルは「ごまかしの技術」だと言いましたが、コミュニケーションにおいても同じことが言えます。実際の会話では、言葉の内容とともに声や表情、ジェスチャーなど全人格的な表現を受け渡しできますが、インターネット上の文字情報では、それらはそぎ落とされてしまいます。

 みなさんもメールの文面が過度に丁寧になったり、LINEにスタンプを多用してしまった経験があるのではないでしょうか。これは、誰しも相手に思わぬ誤解を生むのではないかという潜在的な不安を感じている証拠です。

 子どものころからリアルな体験が不足したままデジタル情報にばかり触れていると行動判断の基礎となる「情報の貧困」を招きます。情報過多の時代に情報不足に陥るという皮肉な現象が、他者の心を推しはかる能力の成長を阻害し、最悪の場合には、「人間関係の貧しさ」による犯罪という悲劇を招くということを忘れてはなりません。

 そうならないために、子どもが親に絶対的な信頼を寄せる小学校中学年ころまでにアナログ情報にたっぷりと触れさせてほしいと思います。親の干渉を嫌いはじめる思春期までは、子どもの行動をしっかりと監視するとともに、この世界がいかに豊かでみずみずしい情報に満ちているかを多くの実体験を通じて教えてください。「現実」や「本物」に触れれば触れるほどデジタル世界の「ごまかし」を見抜き、スマホやインターネットを有効に使いこなす力が養われるはずです。

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過度な規制に抗い、青少年の自律性を育む社会へ

 インターネットの急激な発展に比べて法律の改廃には長い時間がかかります。しかし、現実の犯罪にすぐさま対応できないからといって法律を拡大解釈して適用する傾向には警戒が必要です。特に刑法の領域においては、最先端のところで起こる事件で、法律を踏み込んで解釈しようとする動きが顕著にみられますが、それは三権分立の原則に鑑みて非常に危険だと言わざるを得ません。人びとの処罰感情がどれだけ強くても、「現行法の範囲では無罪にするしかない。処罰するためには法改正が必要」という本来の道筋から逸脱してはならない。この点については、刑法の専門家として警鐘を鳴らし続けたいと思います。

 また、青少年を保護するためなら何でも立法化してよいという考え方にも危うい側面があります。地方自治体によっては、スマホの利用時間や利用方法を細かくルール化する動きが見られますが、これは本来、それぞれの家庭が対処すべき問題です。昔に比べて家庭や地域コミュニティの連帯感が希薄化しているため行政の介入が必要な場合もありますが、過剰な規制は、子どもたちの自律性の軽視につながりかねません。

 先ほどからお話しているようにアナログ情報に触れさせながら、スマホやネット利用に関する教育と啓発を丁寧に行うことに力点を置くべきです。

 インターネットに弊害があっても法律の拡大解釈や過度な規制によって民主主義の根幹である表現の自由や情報の流通を損なってはならない。これもまた青少年の未来を守るために、私たち大人に課せられた使命なのです。(了)

[追記]

 本稿は、甲南大学の母体である甲南学園の広報誌「KONAN TODAY」(2020 SPRING、No.57)におけるインタビュー記事に若干の加筆修正を行ったものです。転載を許可していただいた甲南大学広報部に感謝いたします。

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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