日産に「財産上の損害」はなかったのか?【追記あり】

(写真:アフロ)

■はじめに

 特別背任容疑で身柄を拘束されているゴーン容疑者が、東京地裁で行われた勾留理由開示手続で、「日産に損害を与えていない。」と、無罪を主張したということです。

共同通信:ゴーン前会長、無罪主張(1/8(火) 10:08配信)

 この特別背任容疑とは、ゴーン容疑者が、

  1. S銀行と契約した私的取引で多額の損失が出たため、約18億5000万円の損失を含む契約を日産に付け替え、
  2. この契約を戻す際、信用保証に協力したサウジアラビアの知人に、日産の子会社から約16億円を送金した

というものです。

 特別背任罪は、一般の背任罪と基本的な要件は同じで、

  1. 他人のためにその事務を処理する者(取締役や監査役など)が、
  2. 自己もしくは第三者の利益を図り、または本人に損害を加える目的で、
  3. その任務に背く行為をし、
  4. 本人に財産上の損害を加えたとき

に成立しますが、彼が、「日産に損害を与えていない」と主張したのは、この背任の要件である「本人に財産上の損害」が発生していないのだという意味と解されます。

 そこで、背任罪における「財産上の損害」とはいったいどのような意味なのかということについて解説したいと思います。

■「財産上の損害」とは

 背任罪は、結果として本人の財産状態を悪化させたことが要件です。事務を任せた者の行為によって、本人の財産状態がマイナスになっても、他方でその行為によって他の財産が増加して、プラスマイナスゼロになったならば、財産の悪化、つまり「財産上の損害」はなかったことになります(ただし、未遂になる可能性は残ります)。ここから、背任罪は、(被害者の全体の財産状態が問題になるという意味で)〈全体財産に対する罪〉と呼ばれています。

 そして、「財産上の損害」があったのかどうかは、伝統的に経済的な見地から判断されます。たとえば、銀行の支店長が、返済能力のない会社に無担保で融資をしたとします。その場合、法律的には銀行は融資額に見合う債権を取得していますが、その債権は経済的には無価値か、融資額よりもはるかに経済的には価値が低いものですから、融資の実行と同時に銀行の財産的損害が生じたといえます。次の最近の判例で、この点が改めて確認されています。

 最高裁平成8年2月6日決定ですが、事案は、銀行の支店長が、手形決済能力のない会社の振り出した約束手形に手形保証をしましたが、保証と引き替えに額面金額と同額の資金が銀行に振り込まれて、当座貸越債務の返済に充てられていました。ただし、これは、一時的に貸越残高(マイナス)を減少させて、債務の弁済能力があるかのようにごまかして融資を継続するためのものであって、同支店長がその後さらに同社に対して多額の融資を行ったというものでした。

 最高裁は、一時的な入金により手形保証に見合う経済的利益が同銀行に確定的に帰属したものということはできないから財産上の損害が認められると判示しました。

 手形保証と貸越債務の弁済は、法律上は別の行為ですから、形式的にはこの二つを一体のものとして財産上の損害を判断することはできませんが、判例は、両者を一体のものとして、プラスマイナスして実質的に判断するという立場を取っていることになります。

 また、経済的観点から「財産上の損害」を判断するという考えからは、財産上の具体的な〈実害〉の発生は必要ではないということになります。この点を改めて確認したのが、次の判例です。

 最高裁昭和58年5月24日決定ですが、事案は、信用保証協会の支所長が、企業経営者Aの資金使途が倒産を一時ごまかすためのものであることを知りながら、保証条件に関する協会長の指示にも従わないで限度額を越えてAの債務の保証を専決したという事案です。

 最高裁は、Aの債務がいまだ不履行にいたっておらず、したがって、信用保証協会の財産に代位弁済(債務者に代わって弁済すること)による現実の損失がいまだ生じていなくとも、経済的見地においては信用保証協会の財産的価値は減少したと評価できるので、「本人に財産上の損害を加えたとき」にあたるとして、背任の成立を肯定しました。

 なお、かつての判例では、背任は、「実害発生の危険を生じさせた場合」にも成立すると述べており、危険性の発生だけで背任になるかのような言い回しになっていましたが、背任罪には(具体的な危険を発生させた場合を処罰する)未遂を処罰する規定がありますので、このような表現は誤解を生むものだといえます(背任は、危険犯ではなく侵害犯です)。経済的観点から「財産上の損害」を評価するという態度は、この点をも明確にするものだといえます。

■まとめ

 以上のように、背任罪における「財産上の損害」とは、経済的観点から本人の財産状態を全体的に評価し、事務処理者の任務に反する行為によって〈全体財産が悪化した場合〉に肯定されることになります。

 また、たとえば、回収の見込みのない貸付をした場合は、その時点で背任は既遂になっていますので、かりにその後に債務者の経営が予想外に好転したり、思わぬ現金が入ってきたりして、当該貸付金について弁済ができたとしても、それは犯罪後の情状にすぎません(店を出たところで万引きがバレて代金を支払っても、窃盗既遂の事実は消えません)。さらに、逆に経済的損害が生じて背任が既遂になった後で、実際に具体的な損害が生じたとしても、全体が1個の背任罪になります。

 最後に、ゴーン容疑者の主張についてコメントします。

 私的な取引から生じた多額の損失の日産への付替えは、それじたい日産の全体財産を悪化させるものだ(「財産上の損害」が発生した)といえる可能性がありますが、「財産上の損害」は、任務違反行為から直接生じたものでなければなりません。ゴーン容疑者は、多額の損失の日産への一時的な付け替えも、その後に、これを元に戻したことも、また、(ゴーン容疑者の主張によれば、正当な業務対価としての)サウジアラビアの知人への多額の送金も、すべて日産の承認の下に行われていたと主張しているようですので、もしもそうならば、これらの行為は、背任行為(任務違背行為)とはいえない可能性があり、そうであるならば、背任という犯罪の問題はすべて消えてしまうことになります(ただし、日産側に背任罪の共同正犯という可能性も出てきます)。これらの行為が取締役としての任務に背くものであったのかどうかは、ゴーン容疑者の行為がまずは日産の内規や定款などに反していないかどうかですが、彼が処理すべき事務の性質や内容、地位や権限など、行為時の具体的な状況に照らして実質的に判断されます。これらをどう評価するかが、裁判での重要な論点の一つになるでしょう。(了)

【追記】

 報道によると、ゴーン容疑者は、私的取引での損失を招いた契約の移転(日産への付替え)にあたって、(具体的内容は明かしていなかったが)取締役会の決議を得ており、また、議事録では、この投資によって損失が発生した場合は役員側が個人で負担するとされ、「日産にはノーコスト(費用なし)」との記述があったので、任務違背にはあたらず、日産にも実害を与えるおそれはなかったと主張しているようです。

 しかし、裁判所は、「財産上の損害」については、かなりシビアな考え方をしています。これについては多くの裁判例がありますが、次の3つの裁判例を紹介しておきます。

 1つ目は、名古屋高判昭和32年11月11日。農業協同組合の組合長が組合規約に違反して不良貸付をしたとの事案で、一応資力のある者が連帯保証をしていたから損害はないとの主張に対して、人的保証は物的担保ほど確実ではないとして、背任を肯定しています。

 2つ目は、仙台高判昭29年10月4日。事案は、A金庫の小切手振出の権限を有する役員である被告人が、自己のB銀行に対して負担する債務の弁済に充てる目的で、A金庫理事長振出名義のC銀行あての小切手を振り出してC銀行から金を借り、これをもってB銀行の自己の債務の弁済に充てたという事案ですが、裁判所は、借入金の利息は被告人個人が負担し、しかも被告人がA金庫に相殺可能な十分な預金を有しており、被告人がこの預金を引き出して債務の弁済に充てる代わりに、このような措置をとったのはA金庫の他の組合員に対する払込準備金の減少等を防止しようとの配慮によるものであったという事情があったことを認定しながら、手形債務を負わされたこと自体がA金庫の損害であるとして、背任罪の成立を肯定しています。

 3つ目は、福岡高判昭26年11月13日。いわゆる不正貸付の事案であり、「組合長が任務に違反して不正の貸付をなし、その結果相当の時期に貸金を回収することができないため、他の原因と相候(あいま)って組合金の枯渇を来し、組合をして組合員に対する資金貨付及び貯金の払戻をなすことができない状態に至らしめたときは借主に債務を弁済する資力があるとしても、本人たる組合に対し財産上の損害を加えたものといわなければならない」(太字は筆者)と述べて、背任を肯定しています。(2019.01.10)