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日本の旅行社が「カナダ・大麻体験ツアー」を企画したらどうなるのか

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
カナダで嗜好用大麻が解禁(写真:ロイター/アフロ)

■はじめに

 大麻の使用じたいが合法化されたカナダ*。かりに日本の旅行社が「カナダ・大麻体験ツアー」のような企画を考え、客を募集して実際にツアーを実施すれば、(倫理的な問題はともかく)法律的な問題としてどうなるのかを考えてみました。

■改めて大麻取締法における「国外犯」規定の意味

 別の記事で書きましたように、大麻取締法第24条の8には、「第24条、第24条の2、第24条の4、第24条の6及び前条の罪は、刑法第2条の例に従う。」という規定があり、大麻の栽培や売買、所持や輸出入などの処罰は、刑法第2条に従うとされています。この刑法第2条というのは、「すべての者の国外犯」を規定したものであって、日本人であろうとなかろうと、国籍のいかんを問わず、内乱罪や通貨偽造罪などの日本の国益にかかわる重大犯罪を海外で犯した者を処罰するという規定です。このような犯罪は、日本の存立そのものを危うくするような重大犯罪ですので、犯人がどこの国の人間であろうと、また犯罪地がどこであろうと日本の刑法を適用して厳しく処罰するというのは当たり前のことです(このような考えは保護主義と呼ばれています)。

 ところが、大麻取締法がこの「刑法第2条の例に従う。」として、同じように大麻の栽培や販売、所持などの罪を国外で犯した者に対して大麻取締法を適用するとしている意味は、上とは少し違います。

 この規定は、日本への大麻の蔓延を防ぐという意味を持っているでしょうが、むしろ他国と協力して薬物犯罪と闘うのだという決意の表明だと考えられます。

 一般に、ヘロインやコカイン、覚せい剤などの薬物に関する犯罪は、海賊やハイジャックと同じように、世界が協力して犯人を処罰できるようになっており、これらの薬物を外国で売ったり、買ったり、輸入したり、輸出したりする犯罪は、どこでやっても処罰できるようになっています。つまり、だれであろうと、外国で麻薬を売買したりすれば、それを日本に持ち帰らなくても、日本でも処罰されることになっています(このような考えは世界主義と呼ばれています)。

 ところが、カナダが大麻を解禁したことから、大麻の栽培や売買、使用等に関しては、カナダはこの世界主義の例外になったといえます。つまり、カナダで合法的に大麻を栽培したり、販売したり、あるいは使用している人が、かりに日本に旅行や留学でやってきたとしても、日本に大麻を持ち込んでいない以上、彼らを大麻取締法で処罰することはできなくなったといえるでしょう。これは日本人の場合も同じです。カナダで大麻を使用して来日したカナダ人は処罰されず、カナダで大麻を使用して帰国した日本人は処罰するというのでは、すべての者の大麻に関する行為を処罰するという大麻取締法第24条の8の規定に反しますし、何よりも法の下の平等を定めた憲法第14条に違反する取扱いだといえます(大麻の使用を、日本国民が外国で行った犯罪を特別に処罰するとしている刑法第3条の「国民の国外犯」とするならば話は異なります)。

 このような理由から、私は、日本人がカナダに行って大麻を経験しても、その行為がカナダ国内で合法であって、しかもその行為がカナダ国内で完結しているならば、帰国後に大麻取締法によって処罰されることはないと思っています(なお、大麻取締法の解釈についてはこの記事を参照してください)。

■「カナダ・大麻体験ツアー」は違法か

 では、日本の旅行社が「カナダ・大麻体験ツアー」を企画し、実行したらどうなるのでしょうか。

 これは、一般化すれば、ある行為が日本国内では◯◯罪として刑法に該当する犯罪だけど、外国では合法とされている場合、日本でそれをあっせんしたら、あっせんした者は日本刑法の◯◯罪の共犯として処罰されるのかという問題です。

 大麻の問題にかぎらず、他にも賭博や拳銃の所持などで問題になります。

 たとえば賭博は刑法185条に該当する犯罪で、国内ではその共犯も犯罪ですが、外国で行う賭博に日本の刑法は適用されません(刑法第3条の「国民の国外犯」のリストには挙がっていません)。とくに海外の合法なカジノでギャンブルを行うことは、まったく合法です。

 また、拳銃の所持については銃刀法で処罰されますが、銃刀法第31条の14は「第31条の2第3項及び前2条の罪は、刑法第2条の例に従う。」としており、そこで対象となっているのは、拳銃等の輸入罪の未遂、予備、資金提供等の犯罪です。外国で拳銃を所持することじたいは、もっぱらそれぞれの国の法律によって違法かどうかが決まります。アメリカや韓国などでは、旅行者相手の合法な射撃場がありますが、そのようなところで射撃を行うことはまったくの合法的な行為だということになります。

 ここでは、現地で合法な行為だという点が重要です。かりに実行者の行為が国外犯として処罰の対象になっていなくとも、現地で非合法に行われる違法な行為であるならば、共犯が国内にいるかぎり、その犯罪の共犯として処罰可能だと思います。たとえば、現地で非合法な賭博を行うために日本で参加者を集めるような場合(いわゆる「賭博ツアー」)は、参加者を集めた者に賭博罪の共犯が成立すると思われます。

 その理由は、刑法第1条1項が、「この法律は、日本国内において罪を犯したすべての者に適用する。」と規定しており、国内で犯罪行為の一部が行われるか、犯罪の結果が生じれば、日本の刑法が適用可能だからです(これを属地主義といいます)。日本にいるAがBをそそのかし(教唆[きょうさ]し)、外国でCを殺させた場合、殺人事件の一部が日本国内で生じています(一般化すれば、そそのかされた犯罪が、現地で少なくとも違法であれば共犯は成立すると考えられます)。

 しかし、目的とする行為がまったく合法ならば、(倫理的な問題はともかく)違法行為を目的として人を集めたわけではありませんので、その者に共犯が成立することはないと考えるべきです。

 学説によっては、海外で行われる(合法な)ギャンブルであっても、日本法からみれば賭博そのものであり、日本からみて違法だから、国内で客を募った場合には共犯が成立すると考えるものがあります。しかし、何度もいいますが、刑法第3条の「国民の国外犯」のリストには、賭博罪は挙がっていません。違法とか合法という評価は、当然ながら法を基準に行われる評価ですから、「国民の国外犯」のリストに挙がっていないということは、日本法の評価の対象外だということを意味します。したがって、これについて(日本法から見て)違法と評価することは矛盾ではないかと思います。

■まとめ

 以上から、日本の旅行社が「カナダ・大麻体験ツアー」を企画・実行することは違法(犯罪)ではないと考えられます。その理由をまとめます。

  1. カナダでの大麻の使用が現地で合法であること
  2. したがって、大麻取締法第24条の8「すべての者の国外犯」の規定は、カナダの行為については制限を受けると考えざるをえないこと
  3. 外国で合法な行為が日本法に照らせば違法であっても、刑法第3条の「国民の国外犯」のリストに挙がっていないならば、そのような行為については日本法による評価が意味をなさず共犯は成立しない

 要するに、たとえば出張や旅行で海外にでかける人に、「時間があったら、◯◯ホテルの地下に合法なカジノがあるから、行ってみるとおもしろいよ」と勧めたり、「◯◯に合法な射撃場があるよ、一度行ってみれば」と勧めることは、日常的に普通に行われるような会話であり、相手がその勧めに応じて実際にカジノや射撃場に行ったとしても、だれもそのような行為が処罰の対象になるとは思わないのではないかということなのです。もちろん倫理的な問題は残りますが、旅行社であっても法的には同じことです。(了)

園田寿:カナダで大麻を使用して帰国した日本人旅行者や留学生は大麻取締法によって処罰されるのだろうか

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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