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GPSストーカーにGPSを

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
記事内容と直接関係はありません。(写真:ロイター/アフロ)

■はじめに

 GPS(衛星利用測位システム)を悪用して、元恋人や元妻などにつきまとうストーカー犯罪が深刻化しています。被害者が身を隠しても、GPS装置を使えば相手の位置情報を簡単に入手できるという危険があり、実際に、2014年には群馬で元交際相手が知人に依頼して被害女性の車にGPS装置を取り付けて居場所を特定し、その後女性を射殺したという事件も起こっています(犯人はその後自殺)。

 GPSストーカーについては、2007年頃から問題が表面化し、ストーカー禁止法違反で処罰される事案も報告されていますが、GPSによる位置情報の不正取得がストーカー禁止法にいう「見張り」に該当するかについては実務は必ずしも一枚岩ではありません。GPSでストーカーから追跡され続けることに対する決定的な対策もないまま不安な状態が続いています。

 このような中で、先日、夫の激しいDVから逃げていた妻の車に、知らない間にGPS装置が取り付けられており、妻の位置情報を把握した夫がストーカー行為を繰り返していたという事案で、福岡高裁は、被害者の車にGPSを取り付けて「見張る」ことは、ストーカー禁止法にいう「見張り」には当たらないとする判決を下しました(なお、第一審は有罪としました)。

<ストーカー>GPSで情報取得、規制は可能か 割れる司法判断

 この事件を手がかりに、GPSストーカーの社会的背景、法改正を含めた問題点と対策について考えてみました。

■GPSストーカーの背景

 GPSストーカーの背景には、高性能なGPS装置が通販や警備会社との契約などで手軽に入手可能だという現実があります。

 世間に報道されたGPSストーカーの最初の事案だと思いますが、2007年に長野地裁松本支部で有罪判決(懲役6月執行猶予5年)が下されたストーカー裁判では、被告人が一方的に好意を寄せた被害女性の車にGPS装置を付けて位置情報を把握し、待ち伏せなどのストーカー行為をしたと認定されていますが、ここでは、被告人が大手の警備会社が子どもの安否確認や自動車盗難対策のために開発・提供したGPSシステムが悪用されたのでした。このようなサービスは、全国で数十万件契約されており、費用も月額1000円程度から提供されています。この事件の被告人は、車の盗難防止目的で警備会社と契約し、警備会社は契約者の氏名と取り付ける車のナンバーや車種を確認していましたが、実際には、契約数も多く、契約後に申告通りに使用されているかを確認していくことは難しいといわれています。

 また、大手のネット通販でも、大きさがタバコの箱程度で、しかも強力な磁石で車底部などに簡単に装着できるものが、性能に応じて数千円から数万円程度の値段で売られています。

 このようなGPS装置を密かに使えば、相手の24時間の位置情報を取得でき、それをパソコンやスマホの画面でグーグル・マップなどに表示し、相手の行動軌跡を記録することが可能になります。

 このような装置の販売じたいを規制できないかということは当然議論にはなるでしょうが、GPS装置は、もともと子どもや老人の安否確認、自動車盗難対策など、有益な目的のための使用が想定されるものですから、悪用されるケースがあるということで規制することは難しいと思います(ナイフや包丁が人の殺傷に利用されることがあるのと同じです)。

■しかし、どう考えても法の欠陥としか思えない

 平成12年に制定されたストーカー規制法は、悪質な付きまとい行為や面会の強要、無言電話や監視していることを告げるなどのストーカー行為を取り締まることによって、ストーカ一行為による被害の未然防止や拡大防止に大きな役割を果たしてきました。

 しかし、平成23年12月、千葉県警が男女間の暴力を伴うトラブルを傷害事件として捜査中であったところ、長崎県において被害女性2名が殺害される事件が発生して、警察の都道府県を超える横の連携不備が明らかとなったり、平成24年11月には神奈川県では行為者が被害者に対して当時規制対象とされていなかった電子メールの連続送信を敢行した後に当該被害者を殺害する事案などが発生しました。

 このような事件の反省から、平成25年にストーカー禁止法は改正され、電子メールを送信する行為が規制対象へ追加され、つきまとい被害等を受けた者への警察の関与強化、婦人相談所その他適切な施設による支援の明記などが実現しました。

 しかし、GPS装置による「見張り」については、依然として法解釈の問題としてとらえられてきました。

 今回問題となっているのは、ストーカー規制法の第2条1項1号の規定です。そこには、禁止されるストーカー行為が次のように定められています。

ストーカー規制法第2条1項1号

 つきまとい、待ち伏せし、進路に立ちふさがり、住居、勤務先、学校その他その通常所在する場所(以下「住居等」という。)の付近において見張りをし、住居等に押し掛け、又は住居等の付近をみだりにうろつくこと。

 前記の福岡高裁は、ここにいう「見張り」は住居等の「付近」に実際に赴き、「視覚などの感覚器官」を使ってするものであり、GPS装置による位置情報の不正入手は、この条文における「見張り」には該当しないと判断したのでした。

 刑事法における厳格解釈という大原則からいえば、この高裁の解釈は正しいといわざるを得ません。確かに、GPS装置による位置情報の取得も、言葉の広い意味では「見張り」であることは間違いないのですが、条文では、特に場所は限定されていない「つきまとい、待ち伏せ、進路に立ちふさがり」といった行為と違って、「見張り」行為については、住居、勤務先、学校等の「付近で」という場所の限定がなされているからです。つまり、少なくともストーカー自身が被害者の住居等の「付近」に実際にいることが要件であるといわざるをえません。

 GPSストーカーの場合は、遠隔操作によって被害者の24時間の位置情報が把握されるわけですから、被害者にとってはその恐怖は言いようのないものでしょうし、危険性も他のストーカー行為に比べて決して低くはありません。早急にGPSストーカーを明確に規制できるよう、法を改正すべきだと思います。

 なお、GPS装置によって得た位置情報をもとに、被害者に対して「その行動を監視していると思わせるような事項を告げ、又はその知り得る状態に置くこと」(第2条1項2号)は、現状でもストーカー行為として禁止対象になっています。

■どのような改正が望ましいか

 ストーカー規制法は、それじたい個別に取り出すと、それらは明確に「犯罪」として把握することが難しい些細な行為だけど、その繰り返しが被害者の生活を徹底的に狂わすことになるという点に着目して、ストーカー行為を規制しています。その本質は、ストーカーが被害者に与える不安感だといえます。そして、その不安感の実体は、ストーカーと被害者がそれぞれ相手に対して持っている情報の著しい不均衡に由来しています。

 したがって、この情報の著しい不均衡を解消しながら、被害者の身体の安全を図る仕組みを作ることが重要ではないかと思います。

 たとえば、(GPSストーカーに限りませんが)ストーカー行為に対する禁止命令とともに、ストーカーにGPS装置の装着を義務付けることも状況に応じて可能にし、ただし、警察や被害者が24時間ストーカーの行動を監視するのではなく、ストーカーが被害者に対してかりに半径5キロ以内に近づいたような場合に、被害者のスマホなどに警告音が鳴り、ただちに警察に通報することも可能になるような仕組みなどは有効ではないでしょうか。(了)

【参考サイト】

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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