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わいせつ情報を海外サーバに送信する行為は、やはり理論的に処罰できないような気がしてきた

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(写真:アフロ)

■問題

Xは、日本国内から(わいせつな画像データなどの)わいせつ情報をA国に存在するサーバにアップロードして、わいせつなホームページを作成した。

なお、そのホームページは、日本語で書かれており、日本向けに作成されたものであった。

Xの行為に刑法175条わいせつ電磁的記録記録媒体公然陳列罪が成立するか。

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上のようなXの行為は、すでに刑法175条で処罰されており、学説の多くもこの結論に賛成しています。

たとえば、いわゆるFC2事件での第一審判決である京都地裁平成29年3月24日判決(公刊物未登載)では、上のような事案で被告人に対して刑法175条のわいせつ電磁的記録記録媒体(以下、「わいせつ物」と略す)公然陳列罪の成立が肯定されています。

しかし、私は、以前からこの処罰の論理には無理があるような気がしていましたので、改めてその理由を述べます。

(わいせつ物頒布等)

第175 わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、2年以下の懲役若しくは250万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は懲役及び罰金を併科する。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする。

2 有償で頒布する目的で、前項の物を所持し、又は同項の電磁的記録を保管した者も、同項と同様とする。

■論点

刑法1条1項は、刑法が適用される原則として、日本国内で生じた犯罪(国内犯)に刑法を適用するという原則(属地主義)に立っています。

(国内犯)

第1条 この法律は、日本国内において罪を犯したすべての者に適用する。

2 日本国外にある日本船舶又は日本航空機内において罪を犯した者についても、前項と同様とする。

そして、この場合、犯罪行為の一部か、犯罪結果の一部でも日本国内で生じたとすれば、それは国内犯として処罰されています。そして、これを補充するかたちで、一定の犯罪については国外で行われた場合を国外犯として処罰されていますが、刑法175条は国外犯とはされていないのです。

したがって、上のXの行為についての論点は、次の2点となります。

  1. 上図における(1)は刑法175条の結果(の一部)と言えるのか?
  2. 上図における(2)は刑法175条の行為(の一部)と言えるのか?

このいずれかが肯定されれば、Xの行為は国内犯として処罰することができるようになります。

■(1)は刑法175条の結果(の一部)と言えるのか?

本件ホームページが(a)日本語で記述され、(b)日本からも閲覧できるという事情は、Xの行為を刑法175条で処罰する根拠と言えるでしょうか?

確かに、日本語で書かれていることから、このホームページの閲覧者の大半は日本人であることが予想されます。しかし、刑法175条は、(通貨偽造罪における「行使の目的による偽造」のような)主観的な「目的」を要件とはしていません。したがって、本件ホームページが日本語で書かれているということは、日本人向けにホームページを作成したというXの主観的な意図であって、「目的」という主観的要素が犯罪の要件とされていない以上、これで犯罪が成立するということにはなりません。

次に、日本からも閲覧できるという事情はどうでしょうか?

裁判所を含め、有罪を主張する多くの見解は、〈日本からも見える〉という事情が処罰を基礎づけると考えています。つまり、刑法175条は、健全な性風俗・性秩序を侵害する危険のある行為を処罰しているので、日本国内でこのような危険が生じた以上、それを国内犯として処罰できるのだというわけです。

確かに、国内か国外かを問わず、日本国内でわいせつなホームページを見ることができるという事情は、日本の健全な性秩序・性風俗を乱す危険性があるといえます。しかし、犯罪と刑罰を法律で明確に規定しなければならないという〈罪刑法定主義〉は刑法の大原則ですし、また間違った理由で処罰することももちろん許されません。

何度も言いますが、有罪の論理は、外国で開設された日本語で書かれたわいせつなホームページが〈日本からも見える〉、ということです。〈日本からも見える〉という事情は、これを国内犯とするに十分な理由でしょうか?

たとえば、公務の廉潔(れんけつ)性、つまり、公務員の仕事が清廉潔白であることに不信感を抱かせる危険性のある行為を処罰する収賄罪は、公務員が国外でわいろを受け取った場合を特に「公務員の国外犯」(刑法4条3号)として処罰しています。

(公務員の国外犯)

第4条 この法律は、日本国外において次に掲げる罪を犯した日本国の公務員に適用する。

1~2 〈略〉

3 ・・・(収賄、受託収賄及び事前収賄、第三者供賄、加重収賄及び事後収賄、あっせん収賄)の罪・・・

しかし、公務員が世界中のどこにいようと、外国で収賄行為を行ったならば、日本国内で公務の廉潔性が侵害される危険が生じていると考えられるにもかかわらず、刑法はこれを特別に国外犯として規定しているのです。この場合、日本国内で危険な影響が生じているので、とくにこれを(公務員の)国外犯として規定しなくとも、国内犯として処罰可能なはずです。逆にいえば、このことは国内における危険な影響だけでは国内犯とはできないというのが、刑法の基本的な考えではないのかと思われるのです。

また、個人の社会的評価を下げる危険な行為を処罰する名誉毀損罪についても、日本国民が外国で行った名誉毀損行為がとくに「国民の国外犯」(刑法3条12号)として処罰されています。

(国民の国外犯)

第3条 この法律は、日本国外において次に掲げる罪を犯した日本国民に適用する。

1~11 〈略〉

12 ・・・(名誉毀損)の罪 ・・・

上の図でいえば、A国にいる日本人のYが、A国に存在するサーバに特定の日本人を誹謗中傷するようなことを書き込んだ場合は、国外犯として処罰されるのです。この場合も、日本国内で被害者の名誉が侵害される危険が発生していると考えられますが、やはり危険の発生だけでは刑法は国内犯とはしていないのです。

このような刑法の立場から考えますと、本件でも、わいせつなホームページが〈日本からも見える〉という事情は、とくにこれを国内犯として処罰する根拠とはなりえないのではないでしょうか。

■(2)は刑法175条の行為(の一部)と言えるのか?

以上から言えることは、本件では、A国に存在するサーバは、刑法175条で禁止される公然陳列の規制対象ではないということです。

ところで、刑法175条の「陳列」とは、観覧が可能な状態におくことと理解されていますので、たとえ日本国内からアメリカのサーバにわいせつ画像データをアップロードする場合であっても、言葉の一般的な意味において、Xはわいせつ画像を「陳列した」とはいえます。

ただし、この場合、判例によれば「陳列」されたのは、あくまでもアメリカに存在するサーバです。この点は、最高裁平成13年7月6日決定(わいせつな画像データをパソコンネットのホストコンピュータにアップロードし、他の会員に、ダウンロードのうえ、当該画像データを観覧させたという事案)において、「わいせつな画像データを記憶・蔵置させたホストコンピュータのハードディスク」が「陳列」されたわいせつ物であることは確認されており、このような解釈は、インターネットに対応するように電磁的記録にまで処罰を広げた、平成23年の刑法175条の改正後も変更がないということは法務省の立法担当者においても確認されています。

そうすると、Xは、言葉の一般的な意味においては、日本からインターネットを利用して海外のホームページに(わいせつ情報を)「陳列した」といえますが、上で述べたように、本件サーバは刑法175条の規制対象とは言えませんので、Xの行為は刑法175条における実行行為の一部である「陳列行為」だとすることはできません

■まとめ

以上より、次のように述べることができます。

  • 本件では、わいせつ物(サーバ)は海外のA国に存在する。
  • 本件ホームページが日本語で記述されているという事情は、行為者の主観的目的であり、犯罪性に影響を与えるものではない。
  • 本件わいせつ画像が〈日本からも見える〉という事情は、確かに日本の性秩序・性風俗を乱す危険と考えられるが、本件わいせつ物(サーバ)は刑法175条の規制対象ではないので、そのような危険を刑法175条は処罰できない。
  • したがって、本件サーバへ日本国内からわいせつ画像をアップロードする行為は、刑法175条における実行行為(の一部)ではない。

なお、かつて最高裁昭和52年12月22日判決は、海外で販売する目的で国内でわいせつ図画を所持することは、(旧)刑法175条後段のわいせつ図画販売目的所持罪にはあたらないとして、被告人を無罪にしています。本判決を前提にしても、Xの本件アップロード行為は、A国に置かれているサーバを、刑法175条の規制対象ではない(!)「わいせつ物」とする行為ですから、刑法175条の実行行為(の一部)とは解されないことになるでしょう。

最後に蛇足ながら、わいせつな情報が〈日本からも見える〉ということを国内犯とすることの根拠だと考えると、その場合には日本の刑法が世界中の他国の文化に直接介入するという、好ましくない法状況が生じることにもなり、外国で適法な画像に日本の刑法を適用するだけではなく、日本の適法な画像に外国の刑法が適用されることにもなり、法の適用に大混乱が生じることにもなりかねません。(了)

【補足】

危険犯であっても、日本で危険が「現実化」したといえるようなときは、海外からの行為であっても国内犯として処罰できるのではないかと思います。たとえば、業務妨害ですが、かりにアメリカから国内の特定の者に大量のFAXを送り付けたというような事例が考えられるのではないでしょうか。業務妨害罪は危険犯ですが、この場合はその危険が国内で現実化したといえるので、国内犯として処罰可能だと思います。また、脅迫罪も同様かと思います。

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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